『願望』

苺香

第1話 『願望』

1表参道・カフェ(朝)

暖かな日差し。

開店前、店の前面に「OPEN」の看板を出す池永祐樹(26)。

祐樹に向かって、一歩一歩踏みしめるように、闊歩しながら「カフェアンビティ             オ」に向かって来る女性。ウェーブがかかった長い髪が女性の視界を遮る。前髪を掻き揚げながら。 

     

女A「ちょっと、ダビデどこにいるのよ」


けたたましい声とともに、女性は祐樹の目の前に立ちはだかる。


祐樹「社長は現在、店舗には不在です。何か要件はございますか」


冷静に、かつ礼儀正しく対応する祐樹。


女A「はあ。要件!?とにかくダビデの居場所を教えなさいよ」


仁王立ち。


祐樹「申し訳ございませんが、社長の個人的な所在はお教え致しかねます」

女A「悠長なこと言ってんんじゃないわよ。連絡が取れないのよ。全くもう、使えないわねっ」


女性はやってきた方向に戻ろうと祐樹に背を向ける。


祐樹「お客さまぁ~。お名前を…」

慌てて、引き止める祐樹。


女A「うるさいわね」


2カフェ・バックヤード(夜)

  閉店後の店内、疲れた表情の祐樹は、短髪に揃えられたブロンドの髪が整った、精悍な顔立ちのゴールドマン・ダビデ(37)の顔をを遠慮がちに覗き込む。


祐樹「社長、朝の9時から、夜遅くまでの勤務、正直、キツいです」

ダビ「それ、説明した。僕、最初に言った。祐樹、”わかった”言った。まだ、お店、はじめたばかっかり」

祐樹「入社した時は、お店も軌道に乗っていませんでした。ですが、今は売り上げも順調です。スタッフ達も頑張ってくれています。何とか改善をお考え頂けませんでしょうか」


まっすぐにダビデの方を向き、訴えかける。少しこちらを向いたダビデであるが、直ぐに手元の資料に目を落とす。横目で見つめながら低い声でダビデが語る。


ダビ「祐樹、修行ね。祐樹、バリスタなるでしょ。バリスタなるのに修行いるね」

祐樹「…」


じっとダビデを見つめるが、その目に力はない。


ダビ「ほかに報告」

祐樹「今日、女性の方が社長を訪ねて店舗に来られました」

ダビ「誰?」

祐樹「わかりません。お名前をお伺いしたのですが、大変、お怒りで…」

ダビ「ふ~ん。どんな?」

祐樹「派手な方です」


ダビデはにやっとしながら、携帯電話を取り出し、ダビデと女の人が映った、2ショットの写真を何枚もめくった。


ダビ「どれ?胸おっきい?」

祐樹「…」

ダビ「おっぱい!」

祐樹「わかりません」

ダビ「祐樹、みてない?」

祐樹「…」


ニヤニヤとしたダビデの一方、祐樹は無表情。


3表参道・事務所(朝)

井上茜(34)が考えながらパソコンを睨みつけている。

ダビ「どうした?井上さん」

茜 「社長、数字に整合性がありません。これだけ売上があるのに、今月の現金残高が少な過ぎる」

ダビ(英語)「ちょっと、みせて」

ダビデは茜が握るマウスの上 から手を被せ、エクセルのシートに数字を打ち込んだ。

ダビ「もう、大丈夫」


茜は不思議そうに首を傾げるが、不審な目つきがダビデに見つからないようにそっと目を瞑る。 


茜 「どうゆうことでしょう?」

ダビ(英語)「心配しないで」


茜はもう一度画面をのぞき込んだ。

ダビデが去った後、茜はマウスと自分の手の甲を掃除用のウエットティッシュで丁寧に拭った。


4茜の回想(事務所・社長室)

スーツ姿の初々しい茜。真面目な表情でダビデと向かい合う。


ダビ「井上さん。今日から僕の会社で働いて貰います」


ウインクをするダビデ。茜は目を丸くしながらそれを眺め、俯く。


茜 「よろしくお願いします」


5同・表参道・事務所(朝)

考え込む。


茜 「完全に、勘違い…」


忌々し気に、ぽつりと呟く。

 

6ダビデ自宅・タワマン(夜)

社員・アルバイト達は着飾っている。ケータリングの豪華な料理。茜は淡い水色のワンピース姿。ダビデは満足げ。


ダビ「今日はサンクスギビングデイです。日頃は僕の会社のために、頑張ってくれてありがとう。今日はめいっぱい楽しんでください。妻は私の実家のパーティに子ども達を連れていっているので留守です」


スタッフ達、それぞれ、手にグラスを持ちダビデの方を見る。

祐樹、前に出る。

祐樹「では、みなさん。乾杯」


スタッフ達は、祐樹の音頭に従い、グラスを持ち上げ乾杯する。

ダビデは茜の方に歩み寄る。


ダビデ「小川さん、素敵ですね」  


茜、静かに微笑む。

スタッフたちはそれぞれ、料理に舌鼓を打ちながら、お喋りに興じる。


7同・ダビデ自宅(夜)

お皿の料理は食べ尽くされて、パセリだけが残っている。、

スタッフ達は、それぞれ二、三人ずつ扉を開け帰っていく。残るは茜と祐樹。


祐樹「社長、今度の新メニュー、ホットチョコチョコレートですが、大変、評判がいいです」

ダビ「僕、アメリカ出張で見つけてきたね。大ヒットでしょ」

茜 「祐樹君のデコレーションが素敵でしたよね」


ダビデは不満げに祐樹をチラリとみる。


祐樹「茜さん、ありがとうございます」 


祐樹の携帯電話が鳴る。


祐樹「はい。池永です。はい、明日までですか。わかりました」


祐樹は、携帯電話を鞄に仕舞い、ダビデと茜の方に向きなおす。


祐樹「お客さんのところで、ラム酒が欠品です。朝一番に届けなきゃいけないので倉庫に寄って帰ります」

ダビ「ラム酒、なかったらエッグノッグ出来ないね」

祐樹「電車があるうちに行ってきます」


祐樹は鞄を肩に下げ、マンション直結のメトロの駅に向かう。


6同・ダビデ自宅(夜)

ダビデと茜ソファに向き合って掛けている。ダビデが立ち上がる。


ダビ(英語)「井上さん?ドリンク、何か作るよ。好きなものリクエストして」

ダビデは慣れた手つきでシエーカーを取り出す。

茜 「ありがとうございます。ですが、娘をお友達の家に預けているので、私も帰らなくっちゃいけません」


しずかに時が流れる。ダビデは考える姿。茜、困った顔。

ダビデは茜に近づくと、まるで駄々をこねる子どものように、悲しそうな顔をし、膝をつく。自分の両手を握りしめて茜の前に差し出した。


茜 (英語)「えーっと…」


とまどいながら、茜はその両手を自分の小さな手で包み込んだ。

ダビデはせがんだ玩具が手に入った子どもような笑顔で茜を見上げた。


7表参道・事務所(朝)

茜、立ちながらパソコンを操作し、キャビネットまで小走りで向かう。


祐樹「茜さん、なんだか今日は綺麗ですね。それに、とても乘っちゃってません?」

  キャビネットを閉めながら、答える。

茜 「いつもは、綺麗じゃないんだ」


茜、いじわるそうな表情。


祐樹「その返答、捻くれていますね」

茜 「それより、お店大丈夫?」

祐樹「バイトの子たちが、キツいみたいです。最近、食料品の値上げもすごくって」

「みんな、一生懸命、働いてしてくれているけど」

「何人かはバイトの掛け持ちを始めたみたいで。ピリピリしちゃって、僕にも反発してきて。ホントに無力で何にもしてあげられない…」

茜 「祐樹くん、もっと会社を大きくして、みんなの待遇改善しよ。社長だって、人の子なんだもん。わかってくれるはず。今は、仕方がない。あと暫くの我慢。我慢。きっといいことあるって。売上だって、右肩上がりなんだから」


8タワーマンション・リビング

テレビに映しだされているのはイスラエル攻撃のニュース。


ダビ(英語)「…っつたく」


ダビデは忌々しそうに、テレビのスイッチを切る。


9表参道・事務所(昼)

電話が鳴る。


茜 「はい。トレジャーインポートです」

ダビ「井上さん。ダビデです。今度の金曜日、表参道のレストランに来るね。大切な話があります」

茜 「わかりました」


⒑表参道・フレンチレストラン(夜)

レストランの入り口に立つ茜

自分の服装を整える。

扉の中にクロークが見える。

ふう~。と深呼吸。

恐る恐る扉を開ける。


店員「いらっしゃいませ」

茜 「あのう。ゴールドマンさんの予約は…」

店員「お連れ様でございますね。ご案内いたします」


⒒同・フレンチレストラン(夜)

ダビデ・茜・祐樹、三人が席についている。


ダビ「ここ。僕の特別なお店。日本に来て、ワイフのバースディ、ここ来た。会社はじめてすぐ。お金、大丈夫か心配した」

  「僕の夢、かなったね。お金気にならない。今、大丈夫」


ダビデのたどたどしい日本語の話に茜と祐樹は神妙な面持ちで耳を傾ける。


ダビ「乾杯するでしょ。大事な話ある」


  茜・祐樹はホッとした表情。


三人の目の前のグラスに、丁寧に運ばれてき、芳醇なワインが注がれる。


ダビ「3月から、銀座に、お店だすね。井上さん、池永さん、協力、お願い」


満足げに笑うダビデ。

茜と祐樹は目くばせしながら、肩を落とした。


祐樹「銀座に次の店を出すということですか」

ダビ「池永さん、応援して。今度のお店は若くてきれいなスタッフ揃える。池永さん、表参道の店、お願いするね」

祐樹「社長。新店舗に今のベテランのスタッフは必要ないという事ですかっ」

ダビ「銀座はすっごくお洒落なお店」


茜、静かに顔をあげる。


茜 「社長、銀座の店長は池永さんじゃないんですか」

ダビ「店長、決まったからね。ベリーベリー綺麗、みんな好きになる」

ダビ「じゃあ、乾杯」  


祐樹と茜はグラスだ持ち上げない。


ダビ「さあ」


前のめりに身体を乗り出すダビデ。茜と祐樹は椅子に腰かけたまま身動きをしない。

不思議そうなダビデ。


ダビ「井上さんも、池永さんも僕と一緒にいる。これから先、成功するね」


茜の足先が小刻みに揺れる。

茜、突然、テーブルに両手を着き立ち上がる。

騒動にまわりの食事客は振り向く。

構わず茜は、腕に体重をかけるように、身を乗り出し、ダビデの真正面に顎を突き出す。

 グラスのワインはテーブルの揺れで倒れ、白いテーブルクロスに沁み込んでゆく。


茜 「違います!!社長の仰る成功と、私たちの成功は違います。あなたの思う成功が社会的地位やお金だったとしたら、私は、もっとも非効率な人間です」


ダビデは椅子ごと後ろずさり。


茜 「私は、自分たちだけがいい生活をするために頑張っているのではありません。

仕事はみんなが幸せになるためのものでしょう。社長の虚栄心を満たすために会社が存在するわけではないんです」


祐樹、茜を見上げる。

ダビデは顔を真っ赤にしてたちあがる。


アビ「ジャーインポートは僕の会社だ。僕のやり方が、気にいらないなら出て行ってくれ」


⒓同・イタリアレストラン・(夜)

ダビデは一人残される。


⒔明治神宮前(夜)

カジュアルな服装の若者たち数人、胸にプラカードをぶら下げている。反ユダヤ主義のヘイトスピーチの集団。


若者「パレスチナ自治区ガサ地区への、イスラエル軍の攻撃は止む気配がありません。イスラムテロ組織ハマスの存在をみなさんはご存じですか。非人道的なことが世界で起こっています。それは、誰の責任でしょうか、私たちと考えましょう」


ダビデ、耳を抑えながら、横目で見、通り過ぎようとする。両手は強く握りしめている

 突然、ダビデがその若者の中のリーダーらしき方へかけて行く


ダビ(英語)「何がわかる!!僕はそこに生まれた。その家に、その民族に生まれただけで、歴史から背負わされた我々の気持ちが君たちにわかるのか」

「やめろ。黙れ。。ここは、日本だろ。アメリカじゃない。日本だ。僕は日本で成功するのだ。人気者になるのだ。違う。ティーンエイジャーの頃の僕とは違うだ。邪魔するな」


最後の言葉はとぎれとぎれになり、ダビデはその場に座り込む。


(英語)「もう追いかけないでくれ…」

  

    

⒕表参道・事務所前(夕方)

憔悴しきった表情のダビデ、目の下には黒いクマ。呼吸を整え、両手で頬を叩く。

勢いよく、事務所のドアを開く。


⒖同・事務所中(夕方)

ダビ「井上さん、会社で会うのは最後です。僕はすぐ、出かけます」

茜 「お世話になりました」


真っすぐに茜の方を向いていたダビデは、茜の挨拶を聞くと、帽子で顔を隠すように深く被った。


⒗赤羽・茜自宅(夜)

茜 「加奈、お知らせするね。ママね、お仕事、辞めちゃった」

加奈「えっ?」

茜 「そう。もう、明日からね、お仕事行かないの」

加奈「じゃあ、加奈も保育園行かないの」

茜 「ううん。ママね、違うお仕事するの」

  「お仕事ってね、いろんなお仕事があるの」

  「そしてね、世の中には、いろんな人がいるの。加奈にはね、お利口な大人になって欲しいな。ずるい大人にはなって欲しくないの。ママもね、優しい人でいたいから、違うお仕事するの」

「あのね、社会にはね、四つの種類の人がいるの。”賢くて優しい人”と””賢くていじわるな人””賢くないけれど優しい人””賢くなくていじわるな人”」


加奈のお人形ごっこの人形をひとつずつ並べる。

茜「それでね、どの子がいちばんダメだと思う?」

加奈「賢くなくていじわるな子」

茜 「それがね。違うの。”賢くていじわるな子”なんだなあ」


17.赤羽・茜自宅

茜と加奈は畳の部屋に布団を並べて天井を眺める。


加奈「お星さま見えるね」

茜 「なに?見えないよ。家の中だもん」

加奈「ううん。お星さまからビームがでているよ」

茜 「ビーム?」

加奈「うん。屋根の向こうのお星さまに、おじいちゃんとおばあちゃんとパパ」

茜 「おじいちゃんとおばあちゃんととパパ?」

加奈「うん。にっこり笑っているの。それでね、”ビーム”って加奈とママにお空から送っているの。それがお部屋に届いて、加奈とママのここらへんに届くの。それはね、賢くて優しい子だけに届くの」


加奈は自分の胸のあたりを両手て優しく包む。

茜は加奈をまじまじと見つめると、納得したように、加奈を引き寄せ抱きしめる。


茜 「そっか。加奈が言うならそうだね。信じちゃう」

加奈「おやすみ。ママ」

茜 「おやすみ。いい夢みてね」


18.タワーマンション・寝室

(早朝)(夢)

ダビデは幼少期のように穏やかに眠っている


Mom(英語)「ダヴィ、貴方はいい子ね。私の大切な宝物」

  「愛するためにも、愛されるためにも信じる力が必要なの」


ダビデは、突然、身を起こす。

シーツを握りしめたまま、ひと筋の涙が頬を伝う。


潤んだダビデの瞳を、カーテンの隙間から漏れる朝の光がキラリと照らした。

             

                                  完

                                   

              了


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『願望』 苺香 @mochabooks

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