第7話
その日から遥輝くんは、私の前に現れなくなった。
私の心にはずっと、君から最後に言われた言葉が刺さったまま。同じ病気だから難なく理解し合えるなんて、安易な考えだった。君の悔しさを突きつけられた私は恥ずかしくて、情けなくて、とても恋しかった。
君が、恋しかった。
君と一緒に見上げた雨は、今までのどの雨よりも透明で、きれいだったから。
「ずぶ濡れくん、発見した」
梅雨明け目前、今朝も私と歩いていた真奈が声を上げる。傘を傾けて目を凝らせば、今日も君はそこにいる。
夏の予感を湛えた蒸し暑い雨の中、公園にひとりきり。その姿に、何かがぷつんと切れた。
君とこのままでいいのか、ひとりの君を見て見ぬふりしていいのか。
ぐるぐる巡り始めた私の思考。立ち止まった私を、真奈が不思議そうに振り返る。それでも今の私には君しか見えていない。遥輝くんと過ごした時間、交わした言葉が次々と頭をよぎっていく。
一緒に見上げた空、それを映した瞳、びしょ濡れの背中。君から滴る雨、雨、雨。
それから、そうだ。君は、私は。私たちは。
人の目を気にしていたら、私たち自身を見失う。
本当の自分、本当の気持ちを。
「え、ちょ、恵実?何してんの!」
次の瞬間、私は君に向かって駆け出していた。
差していた傘を、閉じながら。
走って、走って。
息が切れて濡れた髪の毛がひたひたと顔に当たる。それでも、君をわかりたい一心で。
「遥輝くん」
目を閉じて空を仰いでいた君の目の前、その名前を呼ぶ。君は驚いたように瞼を開き、こちらを振り向いた。
「は、恵実、なんで傘…」
「私は遥輝くんと縁切らない」
「え?」
「縁切らない、一緒にいる、遥輝くんのことわかりたい」
「………」
「私たちは違うけど同じだよ。分かち合いたいよ、遥輝くんをひとりにしたくない」
目を見開く君、周りでは他の生徒たちが私たちを見てヒソヒソ何かを言っている。でもそれももう関係ない。雨が私の肌に染み込んでいく。呼吸が整うような不思議な感覚に陥る。
私たちは結局、雨と共存しなければ生きられない。
「……風邪ひくよ」
「……そんなの遥輝くんもだよ」
「俺は慣れてんの。恵実はそうじゃないでしょ」
「うん、でも雨、なんか気持ちいい」
君の瞳が穏やかに煌めく。そっと近付くその頬には、雨に混じった一雫。遥輝くんは静かに、うん、と頷いた。
「雨もなかなか、悪くないっしょ」
ずぶ濡れの君が笑う。
君とふたり、初めて雨に濡れた朝。
ずぶ濡れの君 汐野ちより @treasurestories
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