魔法の絵

 彼の言葉で私のフリーズは解除された。

「終わりました」

 トランポリンから跳ね上がるみたく、ふわり。長時間の拘束から開放された瞬間だった。

 同時に下らない話からも開放された。

 集中力を使い切った私は椅子から崩れ落ち、床に倒れ込んでしまう。床の冷たさを感じながら目を瞑る。床の冷たさが心地良い

 それにしても、モデルというのは、こうも苦痛なのだろうか。一つの体勢に自らを固定するだけでも大変なのに、彼は聞きたくもない話を延々と聞かせてくる。

 最初の方はこれも儀式の延長みたいなものだと思って聞こうとしたが、やはり下らない。何度も聞いた話だし、そもそもが支離滅裂で奇怪な妄言なのだ。下らないどころか聞いてて吐き気がする。

 だというのに吐かずにモデルに徹した私。がんばった。せめて自分で褒めてやる。

 気がつくと隣には彼が倒れていて「なんであんたが倒れてるの?」と聞くと、「描く方が疲れんのよ」と彼は答えた。


 私は意を決して起き上がり、手のひらを床に着けた。そして、腕を支えにしてその場で膝立ちする。

 次に両腕で彼のはらを掴み、助けを乞う。彼の肩を借りて、私は立つことができた。

 やっぱり魔法だ。彼は魔法使いで足を直して貰った私は人魚姫。初めて砂浜に上がった彼女の気持ちを想像した。

 これが魔法だとすると、あの下らない話は呪文みたいなものなのだろう。

 ビビデバビデブーみたいな一見馬鹿みたいな空想でしか有り得ないような言葉。でも、その超常的な空想を現実で起こすには、このくらいの長さが必要なのだと思う。

 せっかくだから彼を抱き締めてやる。これも毎年の話だ。十分に彼をハグしてから彼の肩にもたれかかって、描かれた絵を眺める。

 やはり青い絵具で描かれた青い私と青い蛇の絵。ただし、今回も治してもらった老いた足の部分だけは私の肌の色。私には絵を見る才能が無いのだけれど、陰影のはっきりした彼の絵は素人目に見てももちろん綺麗な絵だった。

「上手く描けてんじゃん」私が褒めると、

「毎回言ってるけど上手いとかじゃないけどね、別に」彼は諭すように言った。

「へえ。じゃあ、あの話は何なの?この絵に関係あるの?」

「毎回言ってるけど関係ないよ別に」

「いやあ、あるでしょう」

「本当に関係ないって言ってるだろ!?」

 そう言って不貞腐れるふうに唸った彼に、芸術家らしい変わり者加減を撫でるように感じつつも──やはり芸術は分からないな。その思いが私の心中で募った。


 それから、私達は協力して部屋を片付け、干からびてしまった蛇を庭に埋めた。この後は、リビングに写って彼の用意してくれているであろう酒を二人で堪能するつもりだ。



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