第32話 《Last》

 隕石が地球に衝突し、世界が滅亡されるとされた日。

 テレビが突然ついて、国営放送が流れ始めた。私や珠々、みくはそれぞれ顔を見合せて首を傾げる。なにこれ、と思っている間にも慌ただしくあれこれ叫び声がテレビの向こう側から聞こえてくる。

 アナウンサーは神妙な面持ちだ。

 そしてゆっくりと口を開く。

 『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。只今より総理官邸において柏倉総理大臣より隕石に関して発表があるとのことです。繰り返します――』

 珠々とみくの視線がこちらへ向けられる。

 なにか知っているのか、とでも言いたげな様子。

 とはいえ私だって知らない。今初めて聞いた。知るわけがない。だからふるふると横に顔を振る。

 「電話してみよっか」

 どうせ出ないだろうなと思いつつ、コール。当然ながら出ない。

 と、同時にテレビの画面は切り替わった。映し出されるのは総理官邸前。奥から歩いてくるのは総理大臣であると同時に父親でもある人だった。

 『我々日本人は台風による豪雨、土砂。地震による建物の崩壊、火災、津波。活火山による噴火……と、自然の脅威に崩れ、力尽きそうになってもその度に諦めることなく、明日へと続く道を歩み続けました。そして今があります。先人が苦心しながらも、時には命を削りながら、未来を残してくれたのです。はたしてこの未来を易々と手放すことが許されるのでしょうか。我々には守ってくれたものを守り、未来へ紡ぐ義務がある。そうではありませんか。であるからして、私は内閣総理大臣として宣言致します。政治家生命……いや、柏倉伸之という一人の命を犠牲にする覚悟で、隕石の衝突を阻止することを誓います。我々日本には技術力があります。日本人が誇るべきメイドインジャパンです。これからの未来を日本が紡いでいこうじゃありませんか。三時間後から始まる新しい未来を』

 と、テレビやらネットやらで宣言したのだ。

 その父親の姿は……本年齢よりもうんとカッコ良く見えた。


◆◆◆


 「総理。電話です」

 「そうか」

 「どうされますか」

 「出ないわけにはいかないだろう」

 柏倉は裏へと戻り、秘書である妻と会話をする。淡々とした会話だ。

 電話を受け取る。

 意を決したような表情を浮かべていた柏倉であったが、その顔は徐々に歪む。唇を一の字に結び、拳を作り震わせる。一度静かに瞼を閉じ、天を見上げて、息を吐く。

 その息に続くように流暢な英語を口にした。

 日本語訳をするとこうなる。

 『止められるものなら止めてみろ。我々の勝利だ』

 柏倉は今日一番のドヤ顔を浮かべていた。


◆◆◆


 『現在日本星空開発機構敷地内と中継が繋がっております。木村さん』

 『はい、こちら木村です。現在私は日本星空開発機構敷地内に居ます。隕石の破壊を試みるということで、たくさんの人が集まっています。少し歩きますと……見えました。カメラに映っているでしょうか。あちらにある縦横十メートル越えの大砲型の機械が隕石を破壊するための機械となっているようです』

 『仕組みとしてはどのような形になっているのでしょうか』

 『はい。仕組みとしましては、機械内で小規模爆発を発生させ、威力が高まった段階でエネルギーを射出し、隕石にぶつけて粉砕するというものだそうです』

 父親の会見から三時間しか経過していないのにとても盛り上がっている。まるで一種のお祭りのようだ。これで失敗したら目も当てられない。

 「ひとすごー」

 「もう見世物みたいになってるよね」

 テレビを眺めながら珠々とみくは呟く。

 「私たちが色々動いてたってことは知らないんだろうね」

 「知ってても困るけど」

 珠々と私は顔を見合せて笑った。

 その瞬間に一筋の光が天へと伸びていく映像が流れた。鮮明な虹が一直線に宇宙へ突き刺さっているような感じ。

 窓からも見えるほどの大きさ。

 もはや芸術品である。あまりにも美しくて立ち上がって窓にぺたりと手を当てて、眺めてしまうほど。

 「みくはお父さんとはどうなったの?」

 私はふと疑問に思って尋ねた。

 みくはぎゅーっと人形を抱える。

 「わかんない。ずーっとねー、しせつにこもってて、なんにもいってこないし、ここにもきてくれないし……」

 「あ。そうなんだ」

 なんかごめん。

 三嶺博文という男はヒール役を買っていただけ、と思っていたがそういうわけでもなさそうだ。

 みくはやっぱり物としてみているのだろう。

 とか言いつつ、まぁウチも似たようなものだからねぇ。うん。

 『えー、中継の途中ですが記者会見が開始されるようです』

 慌ただしくアナウンサーは喋って、映像は会見へと変わる。

 テレビに映るのは三嶺博文ただ一人。止まることのない連続したフラッシュ。

 『これより日本星空開発機構所長、三嶺博文より説明させていただきます。説明が終わり次第、質疑応答とさせていただきます』

 カメラ外の司会が進行する。

 「あ、パパだ」

 みくはつまらなさそうにテレビを見つめている。なんとなく気持ちはわかる。私も父親がテレビで会見をしている時はそんな感じだからね。

 三嶺は椅子から立ち上がり、一瞥してから深く頭を下げた。パシャカシャと撮影音が響き渡り、それが鳴り止むのと同時に頭を上げる。真剣な表情を一切崩さずに席に着く。

 『紹介預かりました。日本星空開発機構所長三嶺博文と申します。結論から申し上げますと、隕石の破壊に関しては成功致しました。衛星カメラの映像がございますので、一度ご覧下さい』

 三嶺の後方にあったモニターに大きな隕石が映し出された。それに虹色のビームが突き刺さって隕石が粉々になる。そういう映像である。迫力満点だ。

 『このように破壊は成功しましたが、同時に新たな問題点も発生しました。今となっては些細な問題点ではありますが……魔素が消失しなかったのです』

 「みくー、くまちゃん動かしてみてー」

 「はーい」

 珠々の言葉に首肯するみく。そのまま慣れた手つきでくまもちを触って、口付けをし、動かし始める。

 くまもちはひょこっと立ち上がって、左右の手、足、を自由自在に操った。

 「おー動くねー」

 「本当だね」

 ほー、と感心するようにうんうんと複数回頷く珠々。その頷きを見てみくは破顔し、嬉しさがこちらまでじーんと伝わってくる。彼女の笑顔を受け入れて応えるように頭を撫でる。なんというか二人の間にはくっきりとした絆が通っているような感じがして、若干の疎外感を覚え、恥ずかしながら嫉妬してしまう。

 いや、誰に嫉妬してんだよって感じなんだけど。こればかりは理屈じゃない。嫉妬してしまうのはある種の生理現象だから……許して欲しいものだ。

 『――であるからして、魔素によるスキルは継続して使用することが可能であり、またこれは半永続的なものであると我々は考えています』

 つまり、スキルはもう切り離すことができないということか。

 世界を救った代償……ということなのかもしれない。

 治安が終わっている状態のスキルは脅威でしかなかったが、治安がしっかりと維持されている状態であれば私たちの生活クオリティを向上させるのに一役買ってくれる。この数週間でありがたみはひしひしと感じているわけで。

 というか、ぶっちゃけ今更スキルを取り上げられたって困る。もう無きゃ生きていけない。

 スマホやら車やらと同じ。昔の人は無くても生きていたが、現代人には欠かせないもの。新たにスキルが加わっただけ。使い方さえ間違えなければ非常に有効的なものである。

 『三嶺所長ありがとうございました。このまま質疑応答に移らさせていただきます。質問のある方は挙手の上、所属団体名と氏名をおっしゃった後に質問をお願いします』

 司会は台本を読む。棒読み。

 質疑応答はどんどんと行われていく。

 『東北南テレビの津田と申します。海外の施設の判断では不可能とされていたはずですがどのような形で今回の形に至ったのでしょうか』

 『質問ありがとうございます。詳細に関しては伏せさせていただきますが、所長である私と柏倉総理が命を投げ捨てて執り行った結果であるということだけは強調させていただければと思います。以上です』

 深くは語らない。まぁ語れないよな。上からの圧力がありました、なんて。

 『西東西京テレビの豊田です。海外の発表では隕石の破壊は不可能であるとなっていたと思いますが、発表当初は日本星空開発機構さん内においても同様の判断だったのでしょうか』

 『質問ありがとうございます。端的に答えだけ先に申し上げますと「はい、その通りです」というのが答えになります。正確に申し上げますと、微々たる可能性は残っていたが非現実的な話であったため双方で出来ないという判断で擦り合わせたというような形です』

 『回答いただきましてありがとうございます。では今一番想いを伝えたい方はいらっしゃいますか』

 『やはりまずは迷惑を散々かけてしまった家族に感謝と謝罪の言葉をかけたいと思います。私のせいで死んでしまった家族もいます。せめて成功した、と伝えたいですね』

 本当かよ、というような答えをぺらぺらと喋っている。いやまぁありのままのことを喋るわけにはいかないってのはわかるんだけど。にしても凄い。こうやってボーッと聞いているとそうなんだぁと受け入れてしまうくらい自然な口調だ。

 脚色はかなり濃いが、全て嘘ってわけじゃないから自然なんだろうな。

 もうほぼ詐欺師である。

 それはそれとして隕石の破壊に成功したという事実に一旦は嬉々とした感情を抱く。だがそれと同伴するように鬱屈とした感情もやってくる。理由は明快。このあと地獄のような毎日が待っているからだ。

 でもこれだけはしっかりと言える。

 世間が両親の敵になったとしても、私は味方でいると。

 三嶺が世界のヒーローみたいな扱いになっているのは解せないけど。

 あ、あと、もう一つあった。

 「これからどんなことがあっても珠々と居られるって気持ちに勝るものはないなー」

 きっとこれも覆ることはない。

 「お、二華ったら良いこと言ってくれるじゃん。ちなみに私もだよ。だって二華のこと大好きだもん」

 私の後ろからギュッと抱きつく。露骨なボディタッチは珍しいなと思いつつ、嫌な気持ちは一切ないのでそのまま受け入れる。

 「ねーねーわたしは! わたし」

 人形を抱えたまま、みくは私の前にやってきてぴょんぴょんと跳ねた。

 こう見るとやっぱり年相応だなぁと思ったりする。

 「みくもだよー、大好きー」

 「わー」

 平和だ。とても平和。

 きっとこの日常は世界が終わらずに死なない限り続いてくれるのだろう。

 あの虹色の光が私たちに栄えある未来と舗装されていない道ををもたらしてくれたから。だから私たちは歩き続ける。未来という道が途切れるその時まで。


 ずっと。

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「終末なら人を食べても許される」ってそこまで倫理観バグってないからね! こーぼーさつき @SirokawaYasen

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