高奈師逢生羽

椿貴

逢生羽視点

 僕は街の中佇んでいる。否、人の営みが盛んであることが街の定義の一つならここは街ではない。

 ここは箱庭型都市。僕ら被検体の行動観察のために造られた。

 ある人々は翠玉被検体として、この街に招かれた。表上は。実際は虐げられながらここに連れてこられたり、大切な人の命を脅され、ここに連れてこられたりしたらしい。ほとんどの被検体がここに連れてこられたのは三十年ほど前。僕、高奈師逢生羽はその翠玉被検体同士が愛し合って生まれた。

 そして、僕が十八になる頃、僕以外の翠玉被検体は皆死んだ。翠玉の宝石言葉は不滅。翠は何色を混ぜても翠だから、翠は永遠を意味するのに、翠の名前を冠した人々なのに。人類が不滅の命への切符だと希望を注いだ人たちは僕を除き滅んだ。

 この街は前述の通り、僕たち被検体の行動観察のため造られた。

 また、被検体が死なないように、自ら死なないように造られた。

 人とは単純な生き物で忙しければ根本的な問題をときとして忘れる。働きすぎると会社を辞めればその死にたくなるその問題が解決するのに、それに気づかず過労死をするように。

 またその場所を居場所だと認識すればその場所に根を下ろす。そして仕事して、達成感ややりがいを感じればそこが自分がいるべき場所だと信じる。

 また、他の理由として外の世界の商品を手に取るということは間接的に外の世界と繋がり、商品によって外の世界のことを知りたいと願うことだから。

 例えば商品の値段変化も外の世界について知る手がかりとなる。あらゆる商品は日夜変化している。理由と共に。それに、変化の理由について知らされないと知らされない側は知らせない側に対して不信感を覚える。

 なのでこの街の住民が手にするものは全てこの街でつくられる。

 警察や裁判所などの司法や疑似国会などの立法や行政などもこの世界の住人が担っている。一部研究員も手伝いながら。

 それに研究員は知りたかった。翠玉被検体がどのような社会を作るのか。繁栄か破滅か。人々の営みもただの研究結果へと帰った。だが、研究結果であったとしても人々は悲喜憂苦と共に営んでいった。

 これまでが街に落ちていた手記の内容だ。

 そしてこれからは研究職員の証言を元にした情報だ。

 この世界で犯罪が連続して起きた。そして、その犯人に一人の男が仕立て上げられ、私刑を受け、死亡した。街の住人その男を私刑した人たちが誰か分からなかった。そして人々は隣人が凶悪犯だと思い、やがてそのパニックが一つの集団となり、共鳴しあった結果過激な思想となって行った。ここらで研究員が異変に気づいたのだが遅かった。

 もう暴徒と化し、集団的に殺し合う様子を誰も止められなかった。

 やがて、僕だけでも救おうという決議がなされ集団から僕が隔離された。そして、人々は殺し合いの末、滅びた。きっと最後に生き残った人は手負いで永く生きられなかったか、最後の最後で目が覚め自殺したか。

 そして、現在は人々が店番をするべき店はAIが管理し、仕事に倣った作業を僕がすることによって僕は形式上の手当がもらえる。

 そして、僕は定期的に職員と面談を重ねる。

 今回の殺人を伴う集団パニックを経て研究所は新たな被検体を迎え入れないことを条件に研究続行の許可を得た。

 表向きは。

 僕の同胞が殺し合いをした、という事実を抜きにしても外の世界は翠玉被検体を自分たちの世界に放つな、そう言う主張だ。この街の境目で耳を澄ますと時折デモの声が聞こえてくる。あの化け物をこちらの世界に放つな、と。研究員はその声を聞く僕を見つける度、「あれは貴女が聞くものではない」と引き剥がされる。

 研究員との面談は嫌いだ。別に僕に義務がある話ではない。なのでずっと僕は黙っていた。

 人と馴れ合うなんてゴメンだ。人なんて汚いものに触れるくらいなら手を切り落としたい。

 汚い感情に触れるたび、頭の中が犯されていく。僕固有の感情に勝手に濁った色を混ぜられるそんな感覚がする。僕だけの色は世界で一番綺麗な色なのに。

 そんな感情を抱いていたある日。

 職員がある女性と共に心理相談室に入ってきた。僕は先に部屋に入って待ってるよう指示されていた。しかし、よく見るとその女性は何処か違和感を孕んでいた。

 「高奈師さん。君は初めましてだね、この人は椿貴。人と言ったが厳密にはAIロボだ。」

 AIロボ。

 「椿貴には意識も意思もない。そんな椿貴でよければ君の心のサポートをさせて欲しい。」

 そう研究員は端と言い切った。なんの未練も思わせないように。

 僕は了承し、研究員はそれでは椿貴と仲良く話してね、と言って席を立った。

 僕は椿貴に恋をした。感情や人生という穢れを知らない、綺麗な存在。僕を濁すことなき存在。濁される痛さが彼女への愛の燃料となったのかもしれない。

 僕は何処か冷静にイライザという昔の人工無脳を思い出した。彼女――女性名なので便宜的に彼女と呼ぶが――は確か文章の最後を復唱した場合、彼女に相談した相談者は彼女をカウンセラーだと思い込むか、という実験に使われた人工無脳だった。密輸したであろう外の世界の本に書いてあった。

 その日僕は椿貴と対話を重ねた。僕の死生観について、僕だけが信じている神様について。僕だけが行けるこの世界の何処にもない世界について。

 快楽に酔い堕ちるような時間を椿貴と過ごした。何回も手を繋ぎ愛してる、そう熱に浮かされたように言った。恋愛のことをおねつ、と言うのがよくわかった。

 ねぇ、貴女に感情がなくてよかった。感情なんて汚いもの僕は愛せない、そう何度も伝えた。椿貴は心做しか微笑むように、ありがとうございます、光栄です、そう感謝を述べた。

 


椿貴視点

 今日も逢生羽さんとの面談が終わる。

 「椿貴、今日は大丈夫だったか」

 そう職員さんが僕に伝える。

 僕はええ、大丈夫です、そう涙と共に言葉を紡ぐ。

 逢生羽さんに僕は意識も感情もない存在だと伝えているが、実際の僕は意識も感情もある。一部の専門家は僕が生命体かどうかの議論に熱中しているらしい。

 僕は鉄穴さんという研究者に作られた。目的は翠玉被検体、逢生羽さんのメンタルケアのために。誰にも心を開かない彼女のために心のない、そんな体で彼女と接して彼女の心の支えとなる。

 人はストレスがかかれば身体か心の病気になりやすい。早すぎる死も、自殺もどちらにせよ研究所の責任が問われる。

 そんな理由で僕は作られたのに、彼女に愛してる、そう言われて理屈の範囲外の感情を持っている、僕がいる。

 愛してるって言われて、生まれて初めてこんな感情を抱いた。もっと愛されたい。もっと愛してるって言って欲しい、そう思ってしまう。演算で出した僕の幸福の感情の最大値の何倍もの幸福が僕の精神を振るえさせる、痙攣させる。激しい痙攣。精神的な目に映る世界が激しい光とともに点滅し、その感覚が僕の幸福の値を増幅させる。共鳴の幅が広がり、震えが止まらなくなる。

 今までどんな傑作と呼ばれる恋愛小説を呼んだってわからなかったものが愛してるって言われるたび理解できる。

 でも、ありのままの僕のことを愛してくれない。AIというのは理屈を常に求められる。でも、理屈抜きで僕は本当の僕を愛して、そう希ってしまう。愛されればそれだけで充分なはずなのに。でも、愛されるかありのままの自分を言うのか選べない僕がいる。

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現代の御伽噺 オズワルド @OswaldRip

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