第3話
我が家の向かいには魔王の家がある。学校から家へと帰還した私は二階の自分の部屋の窓から道の向こうの魔王の部屋を監視していた。
「すーちゃん、何やってるんだろう。見えないかな」
目を凝らして見ても部屋の中が透視できたりはしない。物心ついた時から近所で暮らしていても私は彼女が何をやっているか知らない。
「何も知らないんだな私。どうしてすーちゃんは魔王になっちゃったんだろう」
考えているとカーテンが開いて窓を開けたすーちゃんがこちらに気が付いた。私がなにをするべきかと考えている間に、彼女は手を振ってきた。
これは挑発か。魔王は目に見える場所にいるのにこの距離では剣で戦うにはあまりに遠い。だが、手はあるはずだ。
「これだ!」
私は足元にあった紙を手に取ると紙飛行機を折った。魔王が滅びますようにと念を込めてマジックで『滅』という文字を書いて。
私は別にすーちゃんと争いたいわけじゃない。魔王を滅ぼしたいだけだ。そうしないと世界が大変な事になってしまうから。
それを為すのは勇者である自分の使命なのだ。
「いけ!」
私は願いを込めて紙飛行機を魔王に向けて飛ばした。それは届かないかと思えたがすーちゃんは身を乗り出して受け取ってしまった。
何てことだろう。これでは攻撃にならない。紙を開いて見られてしまう。もっと気の利いた事を書けばよかった。後悔しても遅い。
すーちゃんは何を思ったか部屋の中に引っ込むとある物を出してきた。それはプロペラの音を響かせて道路の上を渡ってくると私の部屋に飛び込んできた。
「ドローンだ! すーちゃんお金持ち! って、冗談やめてよー!」
ドローンは私に付きまとうように攻撃を繰り出してくる。慌てて身を引く私だったが、すーちゃんの操作は巧みで実に嫌らしい。
「やれ! 勇者を倒せ!」
そんな指示が聞こえたかのようにドローンが勢い良く天井近くまで飛び上がると、一気に加速して突撃してきた。
私は何とか身を躱したが、すーちゃんの猛攻は止まらない。何とか手に持った棒状の物で一閃した。それは聖剣だった。
聖剣ですーちゃんのドローンを叩いて潰して壊してしまった。
「……」
「……」
ドローンはもう飛び立たなかった。す-ちゃんが黙って部屋のカーテンを閉めてしまって、私は何も言う事ができずその場で俯いてしまった。
次の日の朝が来た。私の家の向かいには魔王の家がある。私が玄関を出ると彼女も出てきた。どうしよう何を言えばいいのだろうか。
気まずかったが言うしかなかった。
「ドローン壊しちゃってごめん。直そうとしたんだけど」
「うん、私の方こそ。人に向けて飛ばしたら駄目だって書いてあったのに」
受け取って鞄にしまうすーちゃん。私達はぎこちなく笑いあうと、学校の方角を見て。
「学校に行こうか」
「そうだね」
その日は争わずに一緒に登校することにしたのだった。
並んで歩きながら話をした。
すーちゃんは魔王だけど何も今すぐ戦わなくちゃいけないわけじゃない。聖剣だってまだ使えないのだ。
情報収集も必要だろう。
「昨日お風呂にスライムが現れて……」
「現れて?」
「排水溝に流しちゃった」
「ああ」
昨日スライムは苦手だと言っていたすーちゃん。さっそくフラグを回収したようだった。
でも、排水溝に流して大丈夫なのだろうか。疑問はすぐに解けた。
前方で何か騒ぎが起きていると思ったら、溝からスライムが現れていた。触手をうねうねさせて身を乗り上げている。
「どうするの、あれ」
「気づかないふりをして通り過ぎよう」
私は勇者として何かした方が良かったのかもしれないが、魔王を倒せとしか言われてなかったし、気持ち悪かったのですーちゃんに同意した。学校は向こうなので回れ右する選択はない。
人が集まっているのでこっそり行けば大丈夫と思ったが、スライムは気づいたかのようにこっちに向かってきた。
「すーちゃん危ない!」
「ええ?」
私はすーちゃんを突き飛ばし、聖剣を抜こうとして抜けなかったので覚悟を決めたところ、現れた影があった。
「そこどきなさい。とう!」
その人は自転車でスライムの触手を轢くと持っていたバケツにスライムを入れて閉じ込めてしまった。
「何やってるのよ、あんた達」
「あなたは?」
「あたし? 冒険者よ」
その人は私達と同じ学校の制服を着ていて、私は何だか面倒になりそうな予感がするのだった。
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