第2話
魔王が教室にいる。そんなことが知られたら学校はパニックになってしまうだろう。最悪休校になってしまうかもしれない。
これは私が決着をつけなければならない戦いだ。
中学校の休み時間、私は教室の自分の席からずっとすーちゃんを見張っていた。魔王に目覚めたという彼女は何もするつもりがないらしく、いつものようにクラスメイト達と仲良く談笑していた。
「これじゃ聖剣を持ってやる気を出していた私が馬鹿みたいじゃないか」
そう思うのだが油断はできない。これは魔王の罠かもしれないからだ。向こうから来ないならこっちから行くしかない。
私は思い切って席を立ちあがると、すーちゃんの腕を掴んで引っ張った。
「すーちゃん、ちょっと来て」
「え? なに?」
「いいからちょっと」
「ああ、うん」
私はすーちゃんを教室から連れ出して人気のない場所まで来ると壁ドンした。
「すーちゃん、何やってんの?」
「何って……。クラスのみんなと話してたんだけど」
「とぼけないで! すーちゃんは魔王なんでしょ! なんでみんなと仲良くやってんの!」
私がそう言ってすーちゃんを睨むと、彼女は呆れたように息を吐いた。
「てるみん、私は確かに魔王の力に目覚めたけど覚醒したばかりでまだうまく扱えないんだ」
「え? そうなの?」
うまく使えないのは私も同じだ。今の私には聖剣を抜くことができない。
私は焦っていたが、すーちゃんは落ち着いたものだった。
「ああ。今の私が不用意に力を使えば校舎が爆発してしまうかもしれないな。だから、慣れるまで抑えるつもりでいたが、てるみんがどうしても見たいならこの力の一端を見せてやってもいいよ」
「え? やらなくていいよ。校舎が爆発するかもしれないんでしょ?」
「もう遅い。闇の発現はすでに始まった」
私は嫌な予感がしたが時すでに遅し。すーちゃんに腕を掴まれると逆に壁に押し付けられてしまった。
何て力なんだろう。これが魔王の力なのだろうか。
「やばい、そうだ聖剣! ああ、教室に置いてきちゃった!」
「愚かな勇者。聖剣も持たずにこの魔王に挑もうとは。闇の息吹を食らえ!」
「ふいいい!」
すーちゃんが迫ってきて息を吹きかけてくる。生暖かい風にゾクゾクする。私はこのまま魔王に敗れてしまうのだろうか。そう思った時、廊下を人が通り過ぎていった。
「あの子たち何やってるのかしら」
「不純よねえ」
「……」
「……」
私達はお互いに何だか恥ずかしくなって離れた。そして、そのタイミングを計ったかのようにチャイムが鳴った。
「あ、教室に戻らないと」
「待ってよ、私も行くー!」
廊下を競うように走った私達が怒られたのは言うまでもない。
結局、その日は世界は闇に包まれなかった。クラスメイト達と挨拶をかわして一人で教室を出ていくすーちゃんの後を私はついていく。
昇降口で靴を履いて校門を抜けたところで私は声を掛けた。
「すーちゃん、一人でどこに行くの?」
「部下を探そうと思ってな」
「部下を探す?」
私の疑問にすーちゃんは隠そうともせずに気さくに答えてくれた。
「山にゴブリンが現れたとニュースになっていただろう? これは魔王の力に引かれて現れたに違いない」
「だから山にゴブリンを探しに行こうって? 危ないって……えー」
私は途中で言葉を滑らせてしまう。棍棒を持った小鬼。ゴブリンが山に行くまでもなく目の前に現れたのだ。
私はすーちゃんにしがみついてしまう。
「ご、ご、ゴブリンだよ。どうするのよ、すーちゃん!」
「待て、落ち着け、武器があるだろう!」
余裕があるように思えた私達だがニュースで危険と言われている魔物が現れて混乱してしまう。すーちゃんが私の鞄から聖剣を取ろうとして落としてしまった。
「あっつっ!」
「ちょ、魔王なのに人の聖剣を使おうとしないで。気を付けてよ!」
「魔王?」
すると気が付いたのかゴブリンがこっちに向かってきた。私達はパニックになってお互いに抱き合ってしまう。
こういう時はもう息と気配を消して立ち去ってもらうのを祈るしかない。
ゴブリンは威嚇して襲い掛かってくるかと思ったが、丁寧に名刺を出して挨拶してきた。
「私こういうものですが、あなた方は魔王様をご存じでしょうか?」
「ご、ゴブリンが喋った……」
「襲ってこないんだ……」
「そういう時代もありましたが、今はどこもコンプラが厳しいのです」
「はあ」
それから少し話をして別れた。何事も無くて良かったがなんだか疲れてしまった。
「すーちゃんは自分が魔王だって言わなくて良かったの?」
「ああいう真面目そうな部下はいらない……」
そう言うすーちゃんも何だか疲れた顔をしていて、その日は部下を探しに行くのは止めて真っすぐ家に帰ることにした。
「あ、そこにスライムが」
「ひっ」
「水が流れているだけだった」
「溶かす奴は駄目。濡れる奴や透けてる奴もいらない」
何でも出来そうなすーちゃんだけど、どうやら何でもいいわけではないらしかった。
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