魔王が蘇って世界は終わりだ 勇者の私がさせません

けろよん

第1話

 ついにこの日が来てしまった。この現代の日本に魔王が蘇る。そんな嘘みたいな真の日が。

 だが、事実だ。夢に現れた綺麗な女神がそう告げたのだから。

 一万年前に倒された魔王が蘇る。倒せるのは勇者の力を受け継いだ自分だけだと。

 朝起きた私は緊張の面持ちで物置から古ぼけた剣を取り出した。


「これが……聖剣」


 お告げにあった通りだ。かつて勇者はこの剣で魔王を倒した。

 私もこの剣を、魔王を倒すために振るおう。今の私には抜けないが、きっといつか光り輝いて扱える日が来るだろう。


「でも……本当に私で大丈夫なのだろうか?」


 私は剣を手にしながら不安を呟いた。


「だって私、普通の女の子だし……」


 そう、私は普通の女の子だ。どこにでもいる女子中学生だ。

 こんな私に魔王が倒せるのだろうか?


「……ううん、やるしかないんだ!」


 そう、やるしかないのだ。私がやらなければ世界が滅んでしまうのだから。

  ……とは言ったものの、やっぱり不安だ。


「魔王ってどこにいるんだろう。どんな恐ろしい姿をしているんだろうか。心配だけど、でも……やるしかないんだ! よしっ! やるぞ!」


 そう決意しているとお母さんが声を掛けてきた。


「照美何やってるの。早く朝ごはん食べないと学校に遅れるわよ」

「あ、うん! すぐ行く!」


 何も知らない庶民は呑気な物だ。この平和を守れるのはこの私、相坂照美しかいない。

 私は急いでリビングへと向かった。そして朝食を食べながらニュースを見た。

 テレビでは昨日山にゴブリンが出たと話題になっていた。


「ゴブリンが出るなんて物騒よね。駆除されるといいんだけど」

「そうだね。じゃあ行ってくるね!」


 私は身支度を整えて鞄を持つとお母さんにそう言って家を出た。


「行ってらっしゃーい」


 そんなお母さんの声を背中で聞いて、私は通学路を歩き始めた。何とのどかな景色だろうか。昨日までと何も変わらない。

 でも、魔王の復活は確実に近づいているのだ。


「この日本にゴブリンが現れるなんて信じられない。これも魔王の仕業なんだよね。私が何とかしないと……」


 そう考えていると後ろから不意に誰かが私の肩を叩いた。振り向くとそこには友達の夜鷹菫(よだか すみれ)ちゃんがいた。


「おはよう、てるみんー。先に行くなんて水臭いじゃないかー」

「すーちゃん、今日はちょっと考える事があって……」


 菫ちゃんことすーちゃんは向かいの家に住んでいて同じ中学に通う同級生だ。物心付いた頃から一緒に遊んでいるが、頭と運動神経が良くて人を振り回しがちな彼女の事が私は少し苦手だ。

 今も悩んでる私の事を気にせず自分の事を話してくる。


「てるみん聞いてくれよ。私はついに目覚めてしまったんだ」

「目覚めてしまった?」


 何か新しい趣味でも出来たのだろうか。そう思って気楽に訊いた私はすぐにその事を後悔した。

 知らなければ今まで通り普通に暮らしていけたのに。すーちゃんは私から離れると自信満々にポーズを取って言い放った。


「魔王の力に目覚めてしまったのさ!」

「え……? まお……」

「そう、魔王だ!」


 私は驚きのあまり鞄を落としてしまったが、すーちゃんは何も気にしていない様子だった。

 この子は馬鹿なんだろうか。いや、頭のいいすーちゃんが何も考えていないはずがない。

 私は震えたが自分の使命を忘れたりはしなかった。聖剣を抜こうとして私のレベルではまだ抜けなかったので鞘ごと殴り掛かった。


「魔王討伐ーーー!」

「おおっと! 危ない」


 さすがすーちゃんは運動神経が良いし私の事をよく知っている。巧みにかわすと私達はお互いに両手で組み合ってにらみ合った。


「それは聖剣か! まさかてるみんが勇者だったとはね!」

「すーちゃんが魔王だったなんて残念だよ。でも、この戦いをここで終わらせてみせる!」


 私が踏もうとする足をすーちゃんは後ろに引いて躱し、逆に踏もうとする足を私も躱す。


「やるなてるみん! だが、私に勝てるか!」

「勝てるかじゃない! 勝たなくちゃいけないんだ。世界の平和の為に!」


 私達はしばらく組んずほぐれつの攻防を繰り広げていたが、その勝負は唐突に終わりを告げた。通学路でこんな事をやっていたせいで大人たちに見つかってしまったのだ。


「君達、何やってるんだ? 喧嘩は止めなさい!」

「いえ、これはですね……」


 私は何とか事情を説明しようとしたのだが、すーちゃんはさっさと踵を返してしまった。


「学校に行かないと」

「ああ、すーちゃんずるい!」


 私は慌てて追いかけてこれ以上声を掛けられないように仲良く喧嘩してない風を装って道を歩いていくのだった。

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