第一章 ススキ

「いらっしゃいませ。あっ、ススキさん。またお会いしましたね!先週の土曜以来ですよね、いつも朝早くからお仕事お疲れ様です。ご注文はいつものトールサイズとハニーワッフルでよろしいでしょうか?」

 「はい。それでお願いします」

 畏まりました!少々お待ちくださいっ‼元気一杯で向日葵のような明るい笑顔を振りまく彼女を見て、鬱屈とした出社途中の憂鬱を吹き飛ばし、一日乗り切るための勇気を貰う。


 彼女の手から商品を受け取ると今日も一日頑張って下さいっ!と、とびきりの笑顔で送り出され後ろ髪を引かれる思いで店を後にする。最寄り駅に着いて改札を潜り、電車が来る前にホームのベンチに腰掛け、コーヒーとワッフルを胃に流し込んだ。彼女から渡されたオリジナルコーヒーとワッフルはいつもより美味しく感じる。


 気だるい体を引き摺りながら会社が入っている雑居ビルのエントランスまで辿り着き、勤務している3Fテナントまでエレベーターで上がり、小さな広告代理店に出社した。

 

 擦れ違う社員達の挨拶を適当に返しながら、自分の席に着いて部下達が各々持ってきた仕事の進捗と、既に出来上がった広告デザインに不備が有るかの確認作業を退勤時間になるまで、ずるずると惰性的に全うし定時になるとそそくさと帰宅する。それが僕が社会人になってからずっと送っている日常だ。


「はぁ~。ナンバさん今日も可愛かったなぁ」

 先々月から行きつけの珈琲ショップでバイトに来た彼女は、化粧っ気がなくいつもニコニコと笑顔を絶やさず僕ら客の接客を熟し、どんな面倒な客の対応でも嫌な顔をせずに卒なく対応し事態を収束させた実績と、常連達の顔と名前を覚えるだけでは無くその人が良く買う商品を記憶しそれぞれに合った接客をする彼女に、絶大な人気を得るのにそう時間は掛らなかった。そして、僕も彼女に憧れを抱く中の一人だ。



 あぁ、出来るものなら彼女を独り占めにしたい。この面白みのない灰色の人生の中で彼女と一緒に生きられたらと切望するあまりに、いつの間にかネットショップで買い揃えた拘束具が増えていった......。


 きっと、それらが活躍する場面が、これからもやって来ない事を自分自身が一番理解しているくせに、このゴミを処分出来ずに収納ベッドの奥底に仕舞い込んでいる僕自身の欲求が恐ろしい。



 誰にも知られてはいけない恋心を押し殺し、自堕落で変わり映えのない日常を送り、いつもと変わらない勤務を終えた僕を係長が呑みに誘った。何軒かはしごし既に出来上がった上司の「最後もう一軒だけ呑むぞぉ」とほぼ呂律の回らない号令で入った呑み屋で、一人で黙々と酒を煽る彼女と目が合ってしまった瞬間から僕の人生は音を立てて崩れ始めた……。

 


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ナンバンギセル 黄昏 彼岸 @tasogarehegan

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