第24話 衰退記①
結果から言えば、俺は無事に一通りの説明を終えることができた。
山場であったのはやはりプリムと俺の経緯の話。俺は地雷を踏み抜くことがないよう、慎重に話を進めた。
当然ミルの機嫌は悪く、最近知り合ったミリスもなぜか不機嫌だったため、俺は終始肝を冷やすこととなった。その甲斐あって、なんとか俺は一同を納得させることができ、満を持してある衝撃的な提案をする。
「それで、これからのことなんですけど」
「……はい?」
俺の話がひと段落し、自分の話を始めようとしたウェルドが出鼻をくじかれ、舌を巻いた。
もう、後戻りはしない。
全身に力が入り、呼吸が震える。
自分の存在を激しく主張する心臓を感じながら、俺は声の震えを隠すように、堂々と宣言した。
「俺、勇者やめようと思います」
それは、俺が此度の戦いの中で考えていたことだった。
俺はもう、魔族を殺したくない。少なくとも、自分の考えが綺麗にまとまり、ウェルドのような信念が出来上がるまではもう戦いたくない。
そうするためには、勇者という立場はあまりに矛盾している。勇者である以上、魔族との交戦を受け入れていることになるからだ。
かつて勇者になろうと決めたとき、俺は魔族という種族全体へ及ぶほどの憎しみがあった。大切な仲間を魔族に殺され、増大して収まりがつかなくなった憎悪を、合法的にぶつけるために俺は勇者となった。であれば、魔族への憎悪が燃え尽き、疑念を抱きだした今、勇者としての立場を降りるのは自然なことだ。もっと早くこのことに気付いていれば、俺は自分を殺しうる呪いを受けずに済んだのかもしれない。
そして当然、俺の決断が万人に受け入れられないことは理解している。至高の九人のうち、七人を葬り去った実績は大きい。王国は、なんとしても俺を勇者か、それに近しい立場に留めようとしてくると思う。
そしてそれは、この場にいる人間も同じである。だから、この提案は試金石だ。どの程度反対があるのか調べるためのはかり。
俺は、緊張しつつもそれぞれの反応を待つ。
「それは素晴らしいですね!」
「私は勇者様の意志を尊重します」
意外にも、ミルは嬉々として、ミリスは淡々と俺の宣言を支持した。
想像とはかけ離れた反応に、俺は面食らった。
「え?」
「もしかして、引き留めて欲しかったんですか? 私は、あなたの立場なんて気にしません。むしろ、自由な時間が増えることで、昔みたいな関係に戻れたら嬉し――」
「勇者様! 私は勇者の立場とか政治的なことには疎いのですが……自分のやりたいようにやればよいと思います」
ミルに被せるようにして、ミリスは言い放った。思いもよらない嬉しい反応に、俺は頬を緩めそうになって――
「なりません!」
突然の怒号に、光源が揺られ、一同に緊張が走る。
これこそが本来想定していた反応であったが、予想外の好感触があっただけに俺の気は沈んだ。
声の主であるウェルドは小さく咳払いしてから謝罪し、言葉を続ける。
「そのお考えは、プリム殿と関係があるのでしょうか?」
「まぁ、それもありますが……大きいのはイグリムから受けた呪いと、やはり一番は自分の意志というか、信念というか……」
あの呪いが俺の体に何をもたらしているのかはまだわからない。だが、連日の不調に先ほどの血。俺の体が蝕まれていることはやはり疑いようがなかった。
「自分の意志というのは、以前おっしゃっていた魔族を殺すことへの是非の話でしょうか?」
「そうです。俺はもう、魔族を殺したくないと考えています」
嘘偽りなく、俺は考えていることをそのまま話す。
「そうですか……そういえば、いつも腰に装備されている聖剣が見当たりませんが」
ウェルドが初めて異変に気付いたきっかけである聖剣。勇者の代名詞でもあるそれが見当たらないことに気付いて、ウェルドはその所在を問いかけた。
「どうせ使わないので、袋のほうにしまっちゃいました。どうせ勇者は降りますし、今返しておきましょうか?」
「いえ、その必要はありません……勇者を辞退なさるということについては、王国に戻ってからもう一度話し合いましょう」
怪我による引退というのは騎士でもごく一般的なことだ。しかし、それでも納得できないウェルドは話し合いの場を持ち越そうとした。
確かに今この場で決めても仕方のないことなので、俺もその提案に頷き、会議はそこでお開きになる。
王都に対しての説明があるとのことだったので、俺は捜索部隊の一団から離れ、プリムとライザに合流した。
「お待たせしました」
「遅いよ、お兄さん」
ベンチに腰掛けたプリムは唇を曲げてしまっている。もうすっかり沈んでしまった日が、俺たちの話し合いが長丁場であることを示していた。
すぐ戻ると告げたのに、ずいぶん時間をかけてしまった。
「悪かったって、プリム。それから、ライザさん、すみません。危ない役押し付けちゃって。まさか、ウェルドさんとぶつかることになるなんて考えてもなくて」
「そういうイレギュラーは依頼じゃぁよくあることだし気にすんな。それより、怪我のほうは大丈夫なのか?」
先ほど俺のローブを真っ赤に染めていた血を、ライザも目撃していたのだろう。
「今は大丈夫です。攻撃を受けた訳じゃないですし、あまり原因はわかってないんですが」
「怪我じゃねぇなら、魔力欠乏なんじゃねぇのか? 俺も若ぇ時に一遍だけなったことがあるけどよ。尽きた魔力を無理矢理使おうとすりゃぁ、血ぃぐらい吐くわな」
「魔力……欠乏」
それは俺だったからこそ、誰も辿りつけなかった結論――圧倒的な魔力量を誇る勇者が、魔力欠乏なんて起こすはずがないという先入観。
もし、魔力欠乏だとすれば、呪いの正体は……。
「すみません。少し確かめたいことができたので行ってきます」
「おう、気ぃ付けな。もう遅いし、今日はうちに泊まると良い」
「ありがとうございます。プリムも、ちょっと待っててくれ。今度こそすぐ戻るから」
「うん、待ってるね、アル」
名前を呼ばれる気恥ずかしさを誤魔化しながら、俺は二人と一旦別れる。店へと歩く二人の姿を尻目に、俺は出戻りした。先ほどまで会議が行われていた広場には複数名の姿があり、ウェルドが残って王都の人間らしき人物と話をしている。
ウェルドは接近する俺の姿に気付くと、一度話を切り上げてこちらへ歩み寄ってくる。
「バーンロード殿、どうしましたか?」
「すみません、少し確かめたいことがあって――誰か、俺の能力値を確認できませんか?」
俺は周囲を見渡しながら呼びかけるが、反応はない。
普段使う機会のない珍しい魔法なのだから、それこそギルド職員やそれに似た職業の人間ぐらいしか習得していないだろう。
やっぱり、今確かめるのは無理か。
そう、諦めかけた俺の肩へ手が置かれた。
「私、できます」
「ミリスさん?」
爛々と目を輝かせ、自信たっぷりに名乗り出したミリス。
写し用の適当な紙を見繕ってから、彼女は詠唱してみせた。
「
彼女の構えた掌から淡い青光が発生し、夜の街を彩る。その光は俺の体を透かしてからミリスの持つ紙へと動き、その光が通過した後には木版で刷ったような黒い文字が浮かび上がる。
「お疲れ様です。これが結果ですが――」
ミリスが見せる紙に目を通していく。以前に見た数値と若干異なるものはあるが、その程度の変化はおかしくない。手入れされない鉄がさび付いていくように、使わない力は衰えて当然だ。
だからこそ、維持ないしむしろ成長しているはずの項目が大きくその数値を落とし、それらの総合力で評価されるレベルにも多大なる影響を与えていることに俺は目を見開いた。
前回測った際には142だったはずのレベル。それが110にまで下がっており、魔力は50281――実に半分ほどまでその数値を落としている。
「そういうことか……」
納得半分、落胆半分。俺は力なく声を漏らした。
そもそも呪術の類が稀である中、魔力を蝕む呪いなど聞いたことがない。しかし、こうして目の当たりにすれば、受け入れる他ないのだ。
「失礼ですが、拝見しても?」
「えぇ、どうぞ」
ウェルドとミリスが結果を確認し、その顔が驚きに染まる。
「そんな……」
「バーンロード殿、これは――」
「多分、ウェルドさんが考えてる通りです。俺が勇者としてやっていくのは、本格的に無理そうっすね」
喪失感があるのは間違いない。今まで積み上げてきたものが根元から崩されている。しかし今は、現実感がないというのが俺の率直な感想だった。
「バーンロード殿。色々と考えることはあるかと思いますが、今は解呪の方法を探しましょう。ともかく、早急に王国へ――」
「それより後任を育てた方が良いです。多分、見つからないと思いますし」
呪術というのは、魔法の中でも残酷で凶悪なものの集合である。自身も大きな危険を背負う場合がほとんどであるが、それと引き換えに対象に致命的な何かを与える。
解呪するためには、術者本人か、解呪を専門とする人間が必要だ。
術者本人はもうこの世に存在しないため、専門家しか選択肢はないが、自身を超える術者による呪いを解呪することはできない。
つまるところ、イグリムに呪いをかけられた時点で詰みという訳だ。俺はもう、あの時点で相討ちになっていたに等しい。
「なんで、こんな……どうして……」
何かの見間違いだというかのように、ミリスはその紙を何度も見返している。親指の爪が白くなっており、かなり力が入っていることが見て取れた。
会ったばかりなはずなのに、これだけ相手の立場になって理不尽を嘆いているミリスは、本当に心優しい人物なのだろう。
「すみません。やらかしちゃったみたいで」
俺のおどけた謝罪にミリスが目を上げて――感情が今にも溢れだしそうな双眸が俺を捉えた。呆気にとられる俺の両腕を掴んで、ミリスは目を離さない。
「勇者様、すぐ……今すぐ王国へ戻りましょう。」
「そうですね……でも、その前にやらなきゃいけないことがあるんです」
「そう、ですか……」
ミリスは拳を握りしめ、下を向いたまま動かなくなってしまった。
「すみません。王国の方にはすぐに戻ります」
ミリスに一言声をかけてから、俺はウェルドの方に向き直る。
「毎度のことで申し訳ないですが、後の処理は任せても大丈夫ですか?」
自分が破壊した街並みを思い出すと、頭が痛くなる。俺が駆け付けた時点で避難は完了していたため、ラプラス王国の人的被害は皆無だと考えられるが、俺の捜索部隊からは何人もの死者を出している。
「えぇ、構いません」
「すみません。よろしくお願いします」
俺は頭を下げ、ミルへよろしく伝えてもらうようお願いしてから、ライザとプリムが待つ店へと向かうのだった。
ひとまずは色々な問題が落着したことへの安堵感を、深く噛みしめながら。
それは風の強い日だった。
飛行魔法で空を翔るには、少し気が重くなる。
厚い雲で覆われた空を見ると、更に気が重くなる。
これから向かう場所を考えると、もっと気が重くなる。
「なんか、めんどくさくなってきたな」
「今更? 私は別に、アルとここでずっと一緒にいてもいいんだけどな」
「冗談だ。また失踪騒ぎになったらどうするんだ」
俺とプリムの軽口は、眼下に広がる丘陵へと吸い込まれていく。
あの一件の後、俺はプリムと共に彼女の故郷であるリアレス村へと訪れていた。
そこで一旦別れ、ローレイン王国へ向かうつもりだったが、プリムが俺に同行したいと言い出したのであった。断る理由はあったが、俺は彼女の勢いに押されて二人で王国へ向かうこととなった。
「それじゃ、準備は良いか?」
「うん、いつでも!」
俺はプリムを両腕で抱きかかえてから、周囲に魔力障壁を張り、一歩。
ふわりと、体を宙に浮かせ、水を流れるように大空を進む。
「鳥のお兄さんだけあって、さすがの魔法だね! 全然浮いてる感じしないもん」
「まぁ、そうだな……」
腕の中ではしゃぎ、俺を見上げてくるプリム。真っすぐに視線を合わせようとするプリムに気恥ずかしくなり、俺は自然に目を逸らしつつ前方に広がる空を見た。
「あれ、なんか照れてる? ねぇ、照れてるの?」
「照れてねぇ。それより、長旅になるから寝ててくれ」
「えー、私はずっと話し続けるつもりだったんだけど、それじゃダメなの?」
最近、プリムは俺との距離が妙に近くなった。そのせいで、こうして主導権を握られそうになることも多い。年上の威厳がなくなりつつあるので、今後対策していくつもりだ。
「ダメだ。早く寝てくれ」
「ほんと、つれないなぁ」
腕の中でむすっとしていた少女は、その言葉とは裏腹に10分ほどで眠ってしまった。すやすや眠る可憐な顔を時折一瞥しながら、俺は王国向けて更に加速する。
どんよりと曇った空からは、いつの間にか晴れ間がのぞいていた。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
第一章はこれで終了となります。いくらかプロットを脱線してしまったところもありましたが、なんとか書ききることができました。
第二章は、プロットが組み終わり次第書いていく予定です。
途中で別作品に浮気したりスランプに陥ったりすることはあるかもしれませんが、今後ともお楽しみいただければ幸いです。
最強勇者の衰退記 ヤギ執事 @yagishitsuji
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