第3話 犯人は誰
すぐに千晴は絞られた候補地を見ていき、近くにバス停があるのを探した。
「あったけどまだ三つだ。一つに絞れない」
「うーん、なかなか厄介ね。バス停の名前教えて、時刻表を調べてみる」
千晴が読み上げた三つのバス停を千雨は順に検索した。動画が今さっき撮られたものであれば、バスが停まる時刻と一致するのではないかと思われたがダメだった。
「近いので今から八分も前だわ。動画がメールを送る直前に撮られたかどうか、確証がないから手がかりにならなかったわね」
「最初の動画と見比べてみよう」
一つ目の動画と二つ目の動画が順番に流れるように設定し、再生してみる。
二人は食い入るように画面を見つめ、気付いたことを口にする。
「こうして見ると、最初の方が部屋が明るいわね」
「万桜ちゃんの顔も二つ目の方ははっきりしないね」
「今の時間は……十二時十五分。太陽は南にあるわ」
「仮にこの部屋が東向きだとしたら、光が入らなくなって薄暗くなったのかもしれない」
「それなら、東向きの部屋で一つに絞れない?」
「やってみよう」
先ほど絞り込んだ三件の窓の向きを調べると、東向きなのは一件だけだった。
「ついに見つけた!」
「早く万桜ちゃんを迎えに行くわよ!」
千晴は手早く建物の住所とレンタルルームの名前をスマートフォンへ送った。いつもデスクに置いてある伊達眼鏡を手にし、先に行ってしまった千雨を急いで追う。
当然、父も二人の後をついて行った。
「でも、犯人は誰なんだろう?」
車内で千晴がつぶやき、助手席にいた千雨は考え込んだ。
「それがいまいち分からないのよね。さっきからメールの内容を吟味しているけど、ちっとも手がかりがつかめない」
「最初のメールは『娘を返してほしければ現金三千万円用意しろ/今夜八時までに用意できなければ娘の命はない/受け渡し場所は追って連絡する』でしょ? 不思議な点があるとすれば、現金三千万円よね。万桜ちゃんの命を低く見積もりすぎてるわ」
「めちゃくちゃ同意するけど、犯人に結びつく情報ではないと思うよ」
「そうね。次のメールは『夜八時に戸越公園内山北の石のそばに/現金を入れた紙袋を置いて立ち去れ』。わざわざ紙袋って指示してきたのは、おそらく目印としてってことよね。でも立ち去れってことは、絶対に近くで見てるはずだわ。そこを捕まえるのが現実的ではあるけれど」
「あくまでも父さんが作った問題だからね。期限は六時までだし」
「それにお金と引き換えに万桜ちゃんが返されるとするなら、その時に万桜ちゃんも公園にいるはずなのよ。何かこの辺りが引っかかるのよね」
交差点に差し掛かり、赤信号のため停止した。
「確かに犯人像がいまいち見えてこないね。今回は犯人を突き止める必要はないわけだけど、もやもやするよ」
「……そういえば、千晴」
「何?」
千雨が首を動かして千晴を見る。
「万桜ちゃん、あたしたちのことブログに書いてるの知ってた?」
「えっ」
びっくりした顔をする千晴へ、千雨がため息をつく。
「とある探偵事務所の一幕っていう名前でね、いかにも創作っぽくしてるけど、中身はあたしや父さんの解決した事件だったのよ」
「マジか。父さん、知ってた?」
信号が青へ変わり、千晴はゆっくりと車を走らせ始める。
父は平然とうなずいた。
「ああ、知っていたよ。名前を伏せるという約束で、公開するのを許可した」
「いつの間に……お姉ちゃんには教えてくれたっていいじゃない」
「お兄ちゃんにも教えてほしかったな。まあ、僕はほとんど運転手か事務で、事件は解決してないけどさ」
二人してむすっとした顔をするが、すぐに千雨が言う。
「それでね、そのブログっていうのがなかなか人気らしいのよ」
「へえ、万桜ちゃんにそんな才能が」
「読んでみたらすごくよく書けてたわ。実にいいバランスで脚色してあったのよ。元々あの子、想像力が豊かで夢見がちでしょう? だからね、あたし、思ったんだけど……」
レンタルルームの扉を開けると、奥の部屋から万桜が顔を覗かせた。
「あっ、もう分かっちゃったんだ。早かったね」
にこにこと笑う彼女の手にはコーラのペットボトル。
千雨が我先にと妹へ駆け寄り叫んだ。
「やっぱり犯人なんていないじゃない!」
「えへへ」
万桜がごまかしと照れの混ざったような顔をし、千雨は彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
室内にいたのは万桜だけだった。設置された大型テレビで過去の特撮番組を見ていたらしく、テーブルの上にはお菓子の袋が広げられている。
ソファの隅には縄の入ったトートバッグがあり、カーテンのそばに椅子が一脚、置かれたままになっている。
千晴はそれらを冷静に見てから、姉に抱きしめられたままの万桜へ言う。
「そもそも、動画に万桜ちゃんしか映ってないのが変だったんだ。犯人らしき姿も声もなくて、呼吸音も一つだけだった。犯人が動画を撮っているなら、近くにいるはずなんだ。そうであれば、鼻息とかの音が動画に収められているはずなんだよ」
「それと椅子の後ろに回された両手! 正面からの映像だから、てっきり両手も縛られているものと思い込んだけど、実際はそう見せていただけだったのね」
「うん、そうだよ。全部自分でやったの」
万桜が自白し、千雨はやっと彼女を解放した。
「ここへはタクシーで来た。それから両足だけきっちり縛って、胴体を縛られているように見せて、その両端を後ろに回した手で持ってたの。猿ぐつわは自分でもできるし、動画は長回しにしておいて、前後を切り取って送ればいい。で、わたしは三千万円ゲット」
「現金を取りに来るのが万桜ちゃんなら、確かにそうなっただろうね。一時間後にでも解放されたことにして、何食わぬ顔で帰ってくればいいんだ。もちろんお金はどこかに隠しておいてね」
「ずる賢いわねぇ、万桜ちゃん。あたし、見直しちゃった!」
「うん、僕もよく考えたと思うよ。すっかり騙された」
姉たちに褒められて、万桜はいよいよ恥ずかしくなったようだ。頬をほんのりと赤くしながら言った。
「でも、考えたのは父さんだけどね」
はっとして双子が後ろを振り返り、父はにこりと笑う。
「こんなに早く解決するとは思わなかった。クリア、おめでとう」
二人は呆然としてから何事もなかったように父を無視して、再び妹を褒め始めるのだった。
第二回 高津万桜誘拐事件 〜探偵の後継者争い〜 晴坂しずか @a-noiz
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