第2話 頭いいのに時々脳筋
一方、万桜の部屋へ入った千雨は妹の交友関係を知るべく、彼女のパソコンを勝手に起動させていた。
「うふふ、あの子の考える暗証番号なんてお見通しよ」
と、一発でロックを解除し、現れたホーム画面にざっと目を走らせる。最初にクリックしたのはSNSアプリの青いアイコンだ。
「わーお、万桜ちゃんのプライベート丸分かり」
うきうきしながら椅子へ腰を下ろし、妹がネット上でどのようなやり取りをしていたか確認していく。
万桜が投稿しているのは何気ない日常や、大好きな特撮ヒーローに関するものが多かった。時にはアニメやゲームの話なども綴っており、なかなかSNSに依存している様子だ。
「やりすぎはダメよって言わないと。ただでさえ夢見がちな子なんだから」
万桜は幼い頃からアニメや漫画といったものが好きで、千晴の影響でゲームにも詳しかった。高校生の頃から特撮にハマり、大学二年生になった今では立派なオタクである。
「へぇ、今の推しってこの子なんだ。覚えときましょ」
と、事件とは関係のない情報までついでに入手しながら、千雨は調査を続けた。
千雨が戻ってきたのは十二時前のことだった。
「万桜ちゃんがネット上で交流のある人物は全員、地方在住だった。大学の友人たちともネットでやり取りをしてたけど、たったの五人しかいなかった。それとスマホと同期してたおかげでつかんだアドレス帳、コンビニでスクリーンショットを印刷してきたわ」
渡されたコピー用紙は八枚しかなかった。一枚につき一人の情報が書かれているが、そのうちの四人は自分たち家族のものである。
「あいかわらず狭いなぁ」
「そっちはどう?」
千晴はすぐに紙を机へ置いて、パソコンへ向き直った。
「候補が全部で六十四箇所もあってね。動画の解析を再開したんだけど、それでも絞れなかった」
「交友関係は狭いのに、やたらと広いのね」
「追って連絡するっていうし、犯人からの連絡を待つしかないかも」
「ああ、面倒くさい。それより、万桜ちゃんの今の推し、知ってる?」
と、千雨は自分の椅子を引いて横へ持ってきた。
「見てこれ、二十歳のイケメン俳優ですって」
千雨が見せたのは自分のスマートフォンの画面だった。わざわざ検索して開いた情報を見せられて、千晴は神妙に返す。
「同い年なのが気になるよね」
「でしょ? 変に入れ込まないか心配だわ」
「これまでとは若干系統も違うんだよね。前に万桜ちゃんが推してたのはクール系だったのに、今年は可愛い系だ」
「ええ。少し調べてみたんだけど、可愛いキャラらしいわね。とうとうあの子にも母性が芽生えたのかしら」
「さすがにそういうわけではないと思うけど……」
と、千晴が返したところで父親の咳払いが聞こえた。二人してびくっとし、千雨はすぐにスマートフォンを閉じる。
「もう少し緊張感を持って臨みなさい」
「は、はい」
「ごめんなさい」
ごまかすようにそれぞれ自分のデスクへ戻ったところで、千晴のパソコンに新着メールがあった。
「千雨」
すぐにメールを開けば犯人からだ。
夜八時に戸越公園内山北の石のそばに
現金を入れた紙袋を置いて立ち去れ
メールにはまた動画が添付されていた。先ほどとあまり変わらない、万桜が映っているばかりの短いものだ。
「戸越ってことは品川区か」
「そんなに離れてないわね」
「うん、車なら余裕だね」
「犯人は戸越公園の近くにいるのかしら?」
「そう考えるのが妥当かな」
話し合いが済むと千雨はリストアップした中から品川区に住んでいる者を探し、千晴もまた候補を品川区内に絞った。
しかし千雨ががっかりした声を出す。
「いないわ。その周辺に住んでいるらしき人はいない」
「こっちはだいぶ絞れたけど、困ったな」
千晴が振り返ったところで千雨がはっと顔を上げる。
「ここの人、っていう可能性を忘れていたわ。父さん、
父親は何も言わずにうなずいた。
双子は目を見合せるとお互いに椅子を近付け、小声で推理を開始する。
「うちで働いているのは事務の溝田さんと経理の
「それはメタじゃないかな」
と、千晴が苦い顔をするが、千雨はおかまいなしだった。
「この際、どうだっていいでしょ。で、こんなくだらないことに付き合ってくれるのは優しい溝田さんに決まってる。万桜ちゃんとも仲が良いし、車にもすぐ乗せられたはずよ」
「確かに。けど、溝田さんって免許持ってたっけ?」
「あっ、持ってなかったかも。じゃあ、明川さんってこと? 経理なんだから身代金なんて求めないで、勝手に横領でもすればいいじゃない」
「すぐに足がつくよ」
「そうね。となると明川さんじゃない。じゃあ、犯人は誰?」
千雨が首をひねり、千晴は自分のパソコンを操作して最初のメールに添付された動画を再生した。
「考えたんだけど、この部屋、すごく殺風景だよね。レンタルルームっていう可能性はないかな?」
すぐにブラウザを開いて戸越駅周辺のレンタルルームを検索する。
「ほら、あった。近くに学校があるのは……」
候補が一気に減って絞られる。
「さっすが千晴! 素晴らしいわ!!」
「うーん、でもこれだとまだ決め手に欠けるな。絶対にここだっていうのを見つけないと」
「一軒一軒たずねればいいんじゃないの?」
「千雨って頭いいのに時々脳筋だよね」
「アナログなだけよ」
言い返す千雨に苦笑を返す。幼い頃からシャーロキアンな彼女は、デジタルよりもアナログな方法を取りたがる。それを悪いとは言わないが、今回の場合は合理的ではないと千晴は思う。
「それより動画の解析をする方がいいよ」
と、二つ目の動画を先ほどと同じように音量を大きくして再生する。
耳障りな雑音、万桜の呼吸、車の走行音――に混じって、妙な音がした。
「今の、どこかで聞き覚えがない? プシューって」
「ああ、おそらくバスが停車する時の音だね」
「それだわ! エアブレーキのエアーが抜ける時の音!」
「ということは、近くにバス停がある!」
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