十二月十七日 白昼:Destruction of the King's Chair

ハルネスの執務室で勝手に持ち込んだ拳銃の点検をしていると扉をノックしてカールが入ってきた。ハルネスと俺の分のコーヒーを盆に乗せて、机の前まで来て、カップを一つずつ丁寧に置いた。そして彼女は俺と対面するように座り、コーヒーを一口啜り、報告を開始した。


「病院の包囲は着々と完了していますが、依然として内部には侵入できていません。しかし、軍部の情報も、近衛隊の情報も、全て例の少将のもとにあるとのことです」


「...やはりか。他には?」


「他には、特に。ですが、この前パースが大尉に会いたいと...一応断っておきましたが、会われますか?」


俺は少し考えることにして、カールを部屋から追い出した。そして、執務室のデスクに座ってひたすらデスクワークをこなすハルネスに向かって言った。


「例の女はどうなっている?あの、なんだったか。確かレミとかいうやつだ」


ハルネスは数枚書類をめくって、すぐに手を止めて、俺にその文書を渡した。俺にかまっている余裕もないのだろう。

一旦十の整備を中断し、文書に目を通した。


「昏睡状態、か。もう長くないんだな。せっかく俺がとどめを刺してやろうと思っていたのだが、残念だな」


銃を完成させて、宙に掲げてみた。きっとこの銃では、一人の人間だけが死ぬこととなるだろう。

近くにあった銃弾をマガジンに装填し、スライドを二回引いて、銃に不具合がないことを確認した。普通もっと違う点検があるのだろうが、これのほうが手っ取り早い。

もう一度銃弾を装填して今度はスライドを引かずにセーフティをかけて腰のホルスターに戻した。丁度ハルネスも仕事を一段落させたようで、冷めてしまったコーヒを一気に飲み干し、少し外の風に当たりに行った。


俺は一人取り残された執務室内でハルネスの書類に目を通した。どれも人種主義的かつ軍国主義的な内容だ。素晴らしいな。さすが俺が見込んだマリオネットなだけある。もう少しで俺はあの椅子に座ることができるんだ。


「王の椅子...もうすこしだ」


俺はハルネスの椅子を見下しながらそう呟いた。きっとその時の俺の顔は笑っていたに違いない。

そして、今の一言は、カールに聞かれていたようだ。彼女の顔は少し曇っていた。


「王の椅子、大尉は、やはり王家の血筋に...?」


聞かれたのならまあしょうがない。隠しておくことでもないし、今日中に伝えようと思っていたことだ。ハルネスを呼び戻して、俺は二人を前に、俺の野望を語った。


「実は、俺は王家の血筋を引いている。と言っても、もう薄くなって殆ど残ってはいないがな。今のデトライト家ではなく、俺のはパリカリス側の血筋なんだ。まあ、大昔に分裂したから今の皇帝とは遠い親戚みたいなものだ」


簡単に俺の血筋を説明し、次に俺は野望の話に移った。


「簡単に言えば今の内戦をすべて皇帝のせいにする。そして、自殺に追い込み、国内が混乱した所で近衛隊が血筋をあさりまくったという理由で俺を推薦する。名前がジル・パラサイトだとマズいからな。とりあえず、ヒンデルベイク・ガーデンと名乗ろう。過去の皇帝の名を少し捩っただけだが、問題はない。それに、すでに皇帝は絶体絶命と行ってもよいほどに苦しんでいるはずだ。なにせ、もともと俺の部隊に居て、負傷して基地に帰った最初期の人間を送り込んでおいたからな」


「少し宜しいでしょうか。大尉はそんな人がいたなんて話、聞いたことがありませんよ」


カールが不安そうに見つめる中、ハリッツは俺が何を言いたいのか分かっていたようで、俺の言葉を代弁してくれた。


「私が思うに、この計画自体は、大昔から、大尉が王家の血筋を引いていると知ったところから始まっているはずです。なら、協力者がはっきりするまで、外部に郊外はしないのが鉄則ではありませんか?」


「確かに...そうですね。大尉、失礼しました」


俺は頷いて続けた。


「そして次に病院だ。あそこにも俺の元部下が潜んでいる。たしか、名前はハリッツと言ったか。あの男は信頼できる。完全な道化を演じられるから、今頃寄生虫(パラサイト)やレミの懐にまで潜り込んでいる頃だろう。だが、少し近頃演技に熱中しすぎている節があるが、あの男が居なくなったた所で何ら問題はないし、特に気にすることでもない。あの男も問題はないだろうしな...それで、最終確認だが、お前たちはついてきてくれるんだろうな?」


二人共同時に頷いてくれた。俺は少し笑って立ち上がった。

そして二人を連れて皇帝が住まい、もうじき俺が住むことになる宮殿へと向かうことにした。

理由は、皇帝に内戦勃発を回避するために退位を迫りに行くのと、旧友に会うためだ。


近衛隊中央本部から宮殿までは近く、車で数分の距離だ。ここは久しぶりにハルネスにでも運転してもらおう。全員が乗り込み、近衛隊長官自らがハンドルを握り、アクセルを踏もうとした瞬間だった。


ワン!


と一匹の犬が車の前に飛び出してきた。カールは血相を変えて俺の腕を掴んで、車の外に一緒に飛び出た。それと同時に、ハルネスはアクセルを全開にしてその犬を跳ね飛ばした。


その瞬間、爆炎とともに、ハルネスの乗っていた車が爆発四散した。確実に死んだだろう。


少し煙が落ち着き、駆け寄ってみると、肉片とかした長官の姿があり、カールは目を背けていた。

俺の操り人形が一つ消えた。それがこんなにも腹立たしいことだとは思わなかった。


「カール!」


俺は泣きそうになっているカールに怒鳴りつけ、現実に引き戻した。


「俺が近衛隊長官に就任する。全員にはこう伝えておけ。『軍部が手を出してきた。武器の無制限使用を許可する』とな。それで、今からは俺一人で宮殿に向かう。手頃な自動小銃はあるか。先程のような兵器があるなら。拳銃の弾一発では処理しきれん。急げ」


カールは、涙を拭いて、過呼吸になりながらも各地に連絡を開始し、医療チームはハルネスの死をすぐに認め、来ジオで大々的に報道する準備を始めた。それから俺が愛用していた戦時中の軽機関銃をもらい、走りながら宮殿まで向かうことにした。


歩道を走りながら、俺は戦時中さながらの違和感を覚え、その方向に銃口を向けた。


犬。少女に散歩されている。


発砲。少女は泣き崩れ、犬からは一つも体液が溢れなかった。


そして、爆発。少女はハルネスと同じように肉片とかした。


群衆が散り散りになって逃げ惑う中、もう一度、違和感。発砲。爆発。


違和感。発砲。爆発。違和感。発砲。爆発。これを数回繰り返した後、俺は宮殿の前に居た。


近衛隊の二人の門番をする兵士から違和感を感じ、即座に発砲。胸元の手帳を見ると、明らかに偽造された近衛隊手帳。もうひとりからは何も感じられなかったので連れて行くことにした。宮殿に突入するなり、異常な違和感。メイドに発砲。スカートの中を確認すると軍部の拳銃があった。


警報装置、作動。一般の近衛兵はもう情報を獲得しており、一人たりとも出てこなかった。が、軍部のスパイはそんな情報網を獲得していないために、ワラワラと出てきた。門番を立てにして、即座に物陰に入った。門番が倒れた後、グレネードが転がってきた。


まだ息のある門番を上からかぶせて爆発を防いだ。そして、速射で応答し、一先ずは片付いた。


あの老いぼれめ...面倒なことをする。


その後も違和感の方向に銃弾を吐き出し続け、遂に皇帝の執務室の前までやってきた。


扉を蹴破ると、皇帝は逃げようと必死に窓を開けている最中だった。


ため息をついて銃弾を皇帝の右手に撃った。


うずくまる皇帝の手に、カーテンを引きちぎったものを巻き付けていると、本物の近衛隊の兵士が集まってきて、皇帝に銃を向けた。俺は静止し、皇帝に聞いた。


「退位をしてください」


皇帝は涙と恐怖で顔を汚しており、なかなか応えようとしなかったので、今度は左手に撃ち込んだ。


「退位してください」


皇帝は震えながら、何度も首を縦に振った。すると、近衛隊の兵士たちは銃をおろして皇帝を連れ去っていった。


―――その日、皇帝が退位するというニュースと、近衛隊長官の死亡がほぼ同時に発表され、新しい皇帝と、近衛隊新長官に『ヒンデルベルク・ガーデン』が就任した。しかし、軍部との内戦状態は、依然続いている。そう、かのタレット要塞病院で...




              ◆◇◆◇◆◇




移動中、俺はニュースを聞きながら、一発しか入っていない弾倉を点検していた。


これで、残るはあの寄生虫だけだ。


絶対に、この手で殺す。

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