旅に出よう、オールで漕いで。

 でも、ふと思った。

『自分探し』って、何するんだろう? って。


 だから、分かんないから調べることにしたけど、どこか小難しかった。言ってることは別に難しくないけど、書いてあることを考えようとするとこう……ムズムズしてくる。



 そんなもんで結局、僕は友達のタクヤに聞くことになった。




「ねえ」

『はい?』


 流石はタクヤだ。2秒ほどで既読が付く。

 早すぎると思ったけど、これが彼の普通なのだ。


「自分探しの旅って、どんなものか知ってる?」

『は?』

『きらね』

『しらね』


《メッセージが取り消されました》


「笑」

「誤字ってんじゃん笑笑」

『うるせ』

『大体なんなん?』

『めずらひ』


 そうだなあ。珍しい。こんなこと、聞くことなんてなかった。


「まあなんか」

「知ってるなら」

「教えてほしいなって」

『とりあえず空見れば?』

「は?」


 は? だ。

 何言ってんだ、と。


『悩みあんの?』

「あるけど」

『どんな?』

「はなすとめんどい」

『じゃあ空見たら』

『いいじゃん』

「は?」


 は? である。

 やっぱりどこか意味が分からなかった。


『ほけ』

『保険の教科書で言ってた』

『空を見れば、その宇宙の大きさに、ちっぽけな悩みでも忘れてしまうでしょうつって』

「なわけ笑笑」

『だよな笑笑』

『まーなんか試してみるのもありじゃね?』

「はあ」


 空を見る、か……

 今はそうだな、夜だ。

 今夜は快晴だ。雲一つない快晴。だから、よく星が見えるだろうって。


 そう思うと、それも悪くないなと思えてしまう。


「やってみるわ」

『ま?』

「お前から言ってきたんだろ笑笑」

『そだな笑笑』

『おやすー』

「はいはいおやすみ」


 案外呆気なく、その会話は終わった。


 しかし、その会話に感化された僕は、裏にあるベランダから体を出し、ふと上を見上げる。


「……大三角だ」


 小学校の理科で習ったな。アルタイル、ベガ、デネブ。あの星座のこじつけ感ある命名、面白かったなぁ。


 そう言えば、小学校の頃そんなこともあったっけ、と。

 思い出した瞬間、やっぱり悲しくなるというか。


 ……むしろコレ、空を見上げることは逆効果じゃないか?



「あー、天の川」


 織姫と彦星だかなんだかで、アレも習った。七夕というけれど、願いが叶ったことは一度もなかった。


 もし今何か願うとするなら……なんだろう。

 僕が何者なのか、そろそろ教えてくださいってことかな。


 いいや、それは僕自身の手で見つけるべきことかもしれない。だから『自分探し』なのか。いや、自分探しってなんなんだ?



「はーーーーーーーっ」


 大きなため息を1つ。ベッドに吸い込まれていったそれとともに、僕は思いっきし体を沈める。


 耳まで沈んだので、どこかモゴモゴ言っていて、なんだか水の中にいるような感覚がした。


 どころか、このまま顔をうずめていると窒息する。そういう意味でも、まるで海中だ。


 そうだ、海中。


 ———自分探し。

 旅。



 海中はそこにある。ならば、浮いた先には海原が広がっている。


 それはどこまで広がっているか分からない。あの天の川のように、果てしなく広いかもしれないし、この部屋のように、すぐに終点が来る閉塞し切ったものかもしれない。


 でも、海はそこにある。

 僕が手を伸ばすべきところだって、そこにあるのかもしれない。


 そうだ、そうじゃないか。

『旅』は、僕がここにいるだけでも……できるんだ。


「んっ」


 勢いよくベッドから飛び上がり、僕は自分のスマホにしがみつく。



 本来しなきゃいけないはずの進路関係の書類。明日の準備。まだ実はやっていない課題の数々。


 そんなものをどうでもいいと一蹴して、僕はただスマホで何かを検索する。


 何を検索するわけでもない。そこに答えはないのかもしれないし、それは馬鹿馬鹿しいことなのかもしれない。


 でも、なんか……それでもいいなって。

 いちいち何か考えて、これは無駄だって、これはやるべきことだって、定められたレールの中を行くだけじゃなくって。


 たまには……いや、いつもそうなのはそうなんだけど、無秩序に、無意味に、何かを貪るように、ただ考え尽くして、思い浮かんだものを調べて。


 そうしていくのが、僕にとっての『自分探し』なのかもしれない。何もないなら、何でも調べればいい。


 そうさ、何でもだ。これからだってそうだ。


 20年後ぐらい、どうせ僕はやらなかったことで後悔してるはずだ。アレしときゃよかった、まだ若い時ならできただの。そう言って。



 それにまだまだ人生は終わらない。やるべきことも、やりたいことも、別にやりたくはないことも、興味がないこともいっぱいある。


 だから、それら全てに耳を傾けよう。


 まるでそう、この広く広く待ち構える海原を、オールで一回ずつ漕いで、どんな島だろうと一度は上陸するように。


 気分は大航海時代……とはいかない。けれど、まだ僕には、何かの閉塞感に苛まれる理由も必要も、意味もないということは分かる。


 

 そう、まだこんなに海は広がっているのだから。あの天の川を見ても、そう思えてしまうのだから。






 だからそう、今夜はオールだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分探しの旅 月影 弧夜見 @bananasm3444

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る