揺蕩う私達

「猛虎弁でボクっ娘白髪少女ってめちゃ属性ありますね。大好きです。それはもう好きな属性発表ドラゴンになるぐらいには。」

「ぞくせい発表ドラゴン?何やそれ。お前この状況でよくふざけられるな。」

「ふざけて現実逃避するのが得意技ですから。」

 自信満々に私は回答し、少女は「はぁ」とため息をついている。元来私の性格自体そんなはっちゃけた性格ではない。


 私の醜い心を道化が隠している。かの太宰のように。私もそれが人間に対する最後の求愛だったから。でも、私と道化は相容れない存在だった。私の肥大化した承認欲求は道化を持ってしても隠しきることなど無理難題だった。道化から得られる承認欲求など結局は側の評価が上がるだけ、私が褒められてるなどひとつたりとも思えなかった。もう私の顔に引っ付いた道化は剥がれないがいつか自分の全てを認めてくれる存在が現れるのを夢見ていた。だから自分を隠しふざける。

「あんたの名前は?僕はたちばな莉春りはる。現実では高校1年だった。」

「私は片桐七瀬かたぎりななせ。私も高校1年!いぇーい!同い年!」

「良くそのテンション続けられるね。残念やけど僕はここで二年過ごしてるから僕のが先輩やぞ。」

 莉春はここに二年いるらしい。莉春のことで頭いっぱいになっていたがここが何なのか今になって気になってきた。ここに二年、なんだか想像できない。ただ現実よりかは随分楽しそうだ。


「話変わりますけどここって何なんですか?莉春さんさっき狭間なんて言ってましたけど。」

「ここは霊界と現実世界の狭間。きさらぎ駅だよ。七瀬はネット得意そうやし知ってるんとちゃう?2chのきさらぎ駅の話。」

「あっ、きさらぎ駅ってはすみさんのやつ。あれってデマじゃないんですか?」

 きさらぎ駅。2chのオカルト板で貼られた怪談話で異界がどうとか生存報告がどうとかごちゃごちゃしてよく分からなくなってたやつ。私でも知ってるくらいには有名な怪談だ。

「ありゃ半分嘘や。まずこのきさらぎ駅は何も無人の廃れた駅って訳やない。しっかりと霊界の会社が運用してるれっきとした鉄道会社なんや。戦前は利用者も多いから羽振りも良かったんやが、段々日本からの死者が来なくて管轄も日本全国やから経営が上手くいってないんだとよ。だからこんなボロっちく。」

「急に現実的な話しますね。霊界とか非現実的でもっと理想みたいな場所だと思ってました。」

 なんだか現実なんてそんなもんだと突きつけられた感じがした。結局霊界も働いて、その対価で生活してあんまり現実と変わらない。

「事実は小説よりも奇なりなんて有り得んからな。小説の転生物やとかは無理がありすぎる。現実の限界なんてこんなもんさ。」

 そりゃそうか。どう頑張ったって理想には辿り着けない。理想や夢は辿り着けないからこそ存在している。小説なんて言う作者の妄想劇なんてもってのほか、もちろんこれも。きさらぎ駅の話を聞きながら歩いていると駅が見えてきた。誰もいない何も無い伽藍としたこの駅。


「この駅には基本的に死者が集まる。死者は七瀬が乗っとったあの電車で終電まで行って晴れて成仏や。ただ...中には死者でも未練が残って電車内か構内で佇んでいる奴らがおる。でもな」

「えっ!じゃあ私はもう死んじゃったんですか?」

 驚嘆の声は少しばかり喜びの感情が孕んでいた。

「最後まで話を聞け!僕達は'特異'なんや。僕達は所謂植物人間死に損ない。生と死、現実と霊界をさまよってるん。だからここにおる。特異になるんは大体自殺した奴らなんやが、七瀬は特異中の特異やな。死者誰かに魅入られとる。」

「こんな私を?ありえないですよ。現実でもモテなかったのに死者にモテるなんてたまったもんじゃないです。」

 私は一切モテなかったし恋愛なんて経験した事がない。それどころじゃないし、かまけてる暇すらなかった。

「魅入られる理由はいっぱいあるんや。七瀬が死にたいって思っとったり未練残しの奴らで七瀬と関係が深い奴がいたりとか。」

「...」

 痛いところを突かれた。私と関係の深い死者はいないと思うが死にたいというのは大当たりだ。最近は特に酷く、学校から飛び降りたくなることも、線路に入っていきたいとも思うようになっていた。まあそんな度胸もないし、迷惑という言葉が常に脳にチラついて、私の承認欲求という私が私であるための最終防衛線によって自段という行為を阻む。

「自殺し損ねた奴は帰る意思さえあれば駅を出て歩けばすぐ帰れる。ただ七瀬みたいな特異だと原因を叩かないとここに一生佇むか死者に引き込まれる。」

「じゃあ私はここに一生居ます!ここの方が現実よりもずっと楽しいし。」

「んな事言っちゃダメだよ。七瀬にも帰りを待ってくれる奴おるやろ?さっさと原因究明して帰さんと。」

 私を待ってくれる人なんていない。どうせ私が居なくても何も変わらない。自分が何よりもわかる。嫌になるほど自覚してきた。

「...嫌です。もう...帰りたくないです。せっかく狭間に来たんだもん。もうあんなとこ...」

 私は柄にもなく涙を零してしまった。現実には帰りたくない。もう見たくない、辛い現実を。そう思っていたらなんだか言葉も詰まってどんどん声はか細くなった。

「あぁ、その、なんだ。ちょっと構内に行こうや。積もる話は座ってしよ。私も七瀬に帰れなんて綺麗事言えんから。すまんな辛いこと言って。」

 私は莉春に宥められながら駅に入っていった。私のことを見てくれて、理解してくれて、共感してくれた。親とは違う、とても暖かかった。

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きさらぎに揺蕩う希死念慮 師走 先負 @Shiwasu-sembu

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