09. 落着



 ◇ 12 ◇


 誰も彼もが七年ぶりに帰ってきた王太子に歓喜し、涙を流す。

 その人々が熱狂する姿を小拝殿から眺め、ハイレはぽつりとつぶやいた。


「父上」

「ん」

「これ、ひょっとして外に出られないんじゃない」

「……確かに」

「ねえ、どうするの。僕、もう家に帰りたい」


 ハイレはずっと捕らわれていた不安から解放された反動と疲労から、情緒不安定に取り乱す。


「父ぃ上ぇ」


 筆頭剣士はしばし眉を寄せ、頭を掻き考え込む。


「よし、任せろ」


 筆頭剣士はハイレを抱きかかえた。セラフミンとハイレが幼き頃そうしていたように、片腕をハイレのお腹に巻き付け抱え上げ、ハイレには首に腕を回させて。


 その姿勢のまま床の端へと進む。そして大音声を発し、民衆へと呼びかけた。



「皆の者。見よ、私は王の守り手、筆頭剣士である。こちらに御座おわす御方こそ、王太子殿下であらせられる。殿下より御言葉を賜る。謹んで拝聴せよ」


 筆頭剣士は急ぎハイレにささやいた。ハイレは頷き、まだ幼さの残る声を張り上げ、精いっぱいの大きな声で告げる。


「皆の者、こうして私のために集まってくれたこと、嬉しく思う。

 まずは永年の不在を詫びたい。兇徒たちにより王家が除かれ、混乱と不安が蔓延はびこり皆が苦しんだこと、心から謝罪する」


 詰めかけた民衆はハイレの言葉に涙し、口々に声を上げる。そんな王太子様、あなたはなにも悪くない、と。


 ハイレはそんな取り乱す民衆の様子にどん引きするが、気丈にも筆頭剣士に教えられた言葉を続ける。少し声が震えてしまったのは仕方がないことだろう。


「人々を煽動し、支配し、あやまちに走らせた大罪人を誅殺し、私は天との絆を取り戻した。もうこれ以上、皆が苦しむことはないと約束する」


 民衆は一斉に歓喜の声を上げた。そのあまりの喜びぶりにハイレは短く悲鳴を上げた。幸いその声は筆頭剣士にしか聞こえていない。筆頭剣士は民衆を一喝した。


「静まれ! 殿下の御言葉はまだ続いておるぞ。静聴せよ!」


 民衆は少しざわめきながらも騒ぐことをめ、耳を澄ませた。ハイレは筆頭剣士に励まされ続ける。


「旧政権にもあやまちはあったろう。新政権を経験したことで、皆にも変わった部分があるだろう。


 これからのまつりごとがどうあるべきか、私は成人までの時間を使い模索する。皆もそれぞれに考えて欲しい。これはより良い未来を創るために必要なことである。


 また、私が成人するまでの間、まつりごとは一時的に旧政権、新政権どちらをも良く知るメセレットに預ける」


 メセレットがなにか、無理ですとか、辞退させて下さいとか言っているが全部無視である。


「私は成人するまでも年に一度、天を祀る儀式を行うため、皆の前に戻る。それ以外の時は良き王となるための学びに使う。

 私はいずれ皆の前へと帰ってくる。その日を信じ、今は皆の前から姿を消すことを許して欲しい」


 悲しむ声は上がっているが、王太子の言葉に同意する意見が大半を占める。


「それでは皆、また会おう」


 ハイレを背負った筆頭剣士が屋根から屋根へと跳び移り、立ち去った。人々は拝跪し、その姿を見送った。


 筆頭剣士とハイレは近郊の村でセラフミンと落ち合い、無事を喜んだ。

 セラフミンは泣き、笑い、そして怒った。


「この大馬鹿者。兄を助けるために自分の身を危険に晒す弟があるか。この兄はそんなにも頼りないと言うのか」

「兄上ぇ。ごめんなさい」


「もう二度とするな」

「はい、兄上」


 セラフミンはここで急にひざまずいた。


「どうか、御身大切にしてください、殿下」

「兄ぃ上ぇ」


 セラフミンは一度、ぎゅっと唇を引き結び、泣き笑いながら立ち上がった。


「ハイレ、私を兄と呼んでくれること心から感謝する。ありがとう」


 二人はしっかと抱き合った。筆頭剣士は告げる。


「さあ、私たちの家に帰ろう」


 二人は声を揃え、応える。


「はい、父上」





 ハイレは成人するまで、それまでと変わらず筆頭剣士とセラフミンと共に山中の集落で暮らした。成人したハイレは人々に乞われ、テレス・ダク国第三百七十二代目の王として即位する。


 ハイレは新しい国の仕組みを整えた後、まつりごとを民衆の手に委ねた。充分な準備と教育の下行われた政権の移行は成功し、テレス・ダク国は王を持たぬ国となる。


 王権を手放したハイレとその子孫は、国と人々のために天を祀る一族としていつまでも敬われ続けたと云う。


    〈了〉

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筆頭剣士と最後の王 墨屋瑣吉 @sumiya_sakiti

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