恐怖! 二宮金次郎は何をした?

無月弟(無月蒼)

恐怖! 二宮金次郎は何をした?

「ハァッ、ハアッ……どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」


 日が落ちて真っ暗になった中学校の中庭を走りながら、私は後悔していた。

 学校が終わって家に帰った後、宿題を忘れてきたことに気がついて中学校まで戻ったんだけど。こんなことなら宿題なんて、忘れたままでよかった。


 うちの学校には、七不思議と呼ばれる怪談があるんだけど、夜の学校を訪れた私は、そこで出会ってしまったの。

 その七不思議の一つに数えられる怪異に。


 校舎の中に入ろうとしたときにソイツと遭遇して、一目散に逃げ出したんだけど。

 奴は私を追ってきて、追いかけっこが続いている。

 早く……早く逃げなきゃ。

 だけど体力はもう限界。グラウンドまで逃げてきた私は足がもつれて、転んでしまった。


「キャッ! 痛たた……」


 転んだ際に地面にぶつけた膝が痛むけど、早く立たないと。

 だけど、もう遅かった。

 私を追っていたソイツはついに追いついて、前へと回り込んできた。


「もう逃げられんぞ」

「あっ、ああ……」


 私を冷たく見下ろすソイツを前に、ガタガタと体が震える。

 月明かりが照らすそれは、黒くてカチカチに固い体をしていて、背中には薪を背負い、手には本を持った子供の姿をしている。

 おそらく、知らない人はいないだろう。それは石でできた、二宮金次郎の像だった。


 な、七不思議のウワサは本当だったんだ。

 うちの学校に限らず、夜になると二宮金次郎の像が動くのは学校の怪談の定番。

 最近は二宮金次郎の像が置かれてない学校も増えてるみたいだけど、有名な怪談であることに変わりはない。


 ただうちの学校に伝わる二宮金次郎像のウワサは、他と少し違うの。

 校舎の前にある二宮金次郎の像が夜になると動いて、見た人を追いかけてくる。ここまでは一緒なんだけど、捕まると二宮金次郎は、ある問題を出してくるの。

 そしてその問いに正しく答えられないと、恐ろしい目にあうのだという。


 私はまんまと捕まってしまったわけだけど、いったいどんな問題を出されるの?

 そして答えられなかったら、どうなっちゃうの?

 底知れぬ恐怖に、ガタガタ震えていると……。


「お前、オレの質問に答えろ」


 き、きたー!

 石でできた顔を近づけてくる二宮金次郎を前に、覚悟を決める。

 どんな問題だろうと、絶対に答えてやる!

 すると二宮金次郎の口が、ゆっくりと動いた。


「オレ、二宮金次郎は生前何をした人でしょうか!」

「……へ?」


 クイズ番組みたいなノリの問題に、恐怖を忘れて変な声が出てしまった。

 に、二宮金次郎が生前何をしたって? そりゃあもちろん……。


「お仕事をしながら、勉強した人?」

「違う!」


 ええ、そんなはずないよ!

 だってそこまでするくらい勉強熱心な人だったから、全国の学校に銅像が立てられたって、聞いたことあるもん。

 すると二宮金次郎は、深くため息をつく。


「たしかにそれもやったけどさ、そうじゃないんだ。ちょっと変わった勉強をしただけで、歴史に名が残ると思うか? 俺が何で有名になったか、それを答えろ!」

「えーと、銅像になって夜動いたから?」

「それは死んだ後のことだ! そうじゃなくてほら、教科書とか伝記とかに書いてある、俺が歴史に名を残す理由になった功績を言え!」

「それは……ごめんなさい、分かりません!」

「なにぃ!?」


 二宮金次郎は睨んできたけど、だって本当に知らないんだもーん!


「お前、ちょっとそこに座れ。正座しろ正座!」

「え? でもここグラウンドで、正座したらスカート汚れちゃうんですけど」

「いいから座れー!」

「は、はいぃ!」


 スカート汚したら、お母さんに怒られちゃうのに。

 しぶしぶ正座すると二宮金次郎は、不機嫌そうに言ってくる。


「いいか。オレは生前、日本の協同組合運動の先駆けとして江戸時代後期に道徳と経済の両立を説いた報徳思想を唱え武家から信頼を得ることで農民でありながら領地の再興を任され報徳仕法と呼ばれる荒れた農村を復興させる政策を指導しその功績が讃えられ歴史に名を残した農政家なんだよ!」

「え、何ですって? もう少し分かりやすくお願いします」

「だーかーらー! 簡単に言うと農業の発展に貢献した、えらーい人だ。知らんのか!」

「はい、初耳です」


 農業関係の人って話はかろうじて聞いたような気がするけど、正直さっぱり。

 というか二宮金次郎がどんな人かよりも、正座している足が痛いこと方が気になってるんだけど。


「ああ、情けない。どうしてオレはこう、知名度の割に何をやったかが知られていないんだ? 勉強したことだけが有名になってるけど、勉強してどうなったかをちゃんと教えろよな日本教育!」

「そんなこと私に言われても」

「だいたい、日本中の学校に像を作るくらいなら、何やったかを教えるべきだろう! 薪背負って勉強したことや、夜な夜な像が動くことばかり有名になりやがって! 重要なのはそこじゃないだろ!」


 まあそれはそうかも。

 小学校のころ担任の先生が、二宮金次郎を見習って勉強しろって言ってたけど、そのとき二宮金次郎が何をした人かなんて、一言も話してなかったしなあ。


「それどころか最近では、本を読みながら歩くのは危ないからって、座って勉強してる二宮金次郎像や、タブレットを持ってる二宮金次郎像、挙げ句のはてに何故か背中にロケットを背負ってジェット噴射で空飛んでる二宮金次郎像なんてふざけたもんが作られてるんだぞ」

「あ、それネットの実在する面白画像で見ました。学校でみんなで見たんですけど、メッチャウケでしたよ」

「笑ってる場合か! そんなトンチキな像を作ってる暇があったら、オレの功績を子供に教えんかい!」


 だから私に言われても~。


「こっちはあの世で友達の金太郎と酒を飲みながら、悩んでるんだぞ。オレたち知名度の割に、どうしてストーリーが知られてないんだろうなって」


 え、二宮金次郎って金太郎と友達だったの?

 そして言われてみれば、金太郎も名前は知ってるけどお話のストーリーは答えられないかも。


「名前に『金』が入ってる歴史上の偉人は、知名度は上がっても何した人か覚えてもらえない呪いにでもかかってるのかチクショー!」

「それはただの偶然だと思うけどなあ。二宮金次郎さんも大変なんですねえ。それはそうと、私はもうこの辺で……」


 もうそろそろ正座するのも限界だし。

 けど痺れる足で立ち上がろうとした瞬間、私の腕を二宮金次郎が掴んだ。


「帰さん! オレが生前何をしてどう生きたか、一晩かけてじっくり教えてやる」

「ええー! 一晩ーっ!?」


 私の声が、夜のグラウンドに響く。

 というわけで私は夜通し二宮金次郎の話に付き合う羽目になってしまった。

 七不思議で言われていた、二宮金次郎の出す問題に正しく答えられなかったら恐ろしい目にあうって、こういうことだったんだね。


 みんなはこんな目にあわないように、二宮金次郎が何した人か、ちゃんと予習しておこうね。



 おしまい♪


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恐怖! 二宮金次郎は何をした? 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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