一ノ瀬陽菜@マジカル✩サンライズ(完)
「恵美、ねえ恵美ってば!」
「う……ううん……あれ、陽菜……どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。大事な話があるからって来てみたら、寝てるんだもん」
「え……私、なんでこんなところで寝てたの?」
「いやこっちが聞きたいわよ」
先程までの騒動の後片付けを終え、マジカル✩サンライズとしての役目を終えた陽菜は変身を解き、あたかも今やって来たかのように恵美に声をかけた。
彼女が眠っていたのはサンライズの魔法によるものだ。傷つけられた心も体も全て元通りとなり、これまでの記憶も消し去られた恵美は、どうして陽菜をこんなところへ呼び出したのかと不思議そうな顔をしている。
「大事な話って何?」
「あれ……? 何だっけ? 何か大事なことを忘れているような……思い出せない」
「あはは……何よそれ」
「ホントごめん。本気で思い出せないわ」
「いいわよ。思い出せないってことはそんな深刻な話でもなかったってことでしょ」
「そうかも……」
「ほら、早く帰ろう。あんまり遅くまで残ってると、先生に怒られちゃうよ」
「ああ! 待ってよ陽菜」
こうして、陽菜と恵美は何事もなかったかのように家路に就いた……
「陽菜、怒ってるでプか?」
「別に……」
その夜、自室のベッドの上で体育座りになる陽菜に、パラップが呼びかけるものの彼女は何も答えない。
そして何度目かの声かけにようやく反応したかと思えば、その顔は明らかに不機嫌さを隠していなかった。
「今日の陽菜、いつになく怖かったでプ……」
「それはそうでしょ」
「貧乳って言われたことを怒ってるでプ……(ムギュ!)」
全てを言い終わるよりも早く、陽菜はその顔をアイアンクローで鷲掴みにすると、宙に浮いた状態のパラップが手足をバタバタさせてもがいている。
「やんのかクソ妖精、今の私はとてつもなく機嫌が悪いの。ケンカ売るなら喜んで買うわよ」
「プ、プ……痛いでプ! 陽菜、痛いでプ!」
あのとき、男子生徒たちが言っていたとおり、陽菜は中学校でも一二を争う美少女だ。だが、女性らしい体型という点ではまだまだ大人には及ばない。
そのあたりは成長途上の年齢なので致し方ないが、中学2年生くらいになると人によって見た目の差が大きく出てくる。陽菜はみんなよりちょっと成長が遅いだけなのだが、当の本人にすれば気になるお年頃ではある。
ちなみに、親友の恵美は名前の通り既にたわわだったりするので余計に気になる。
「だーれが貧乳だって? 私のおムネちゃんはこれから大きく成長する途中なのよ」
「す、ストップだプ。そ、そうでプそうでプ。陽菜は成長途中のつるペタストレートボディなだけでプ」
「言語化するなぁーーーー!」
「やめるだプーーー!」
フォローになっていないフォローの言葉に、陽菜さんはさらにお怒りのようで、鷲掴みにしたままパラップを下に向けて投げつけると、マットレスに激突したその身はクルクルと宙を舞い、やがて掛け布団の上にポトンと墜落した。
「クソ妖精、私が怒ってるのはそこじゃない」
陽菜は布団の上で目を回しているパラップに近付くと、再びその顔をアイアンクローで鷲掴みにしながら言葉を続けた。
「お前はアイツらがジャアークエナジーに蝕まれていたのを知っていて……そのせいで恵美が襲われていたのを知りながら黙っていたわよね?」
「な……何のことだプ……」
(ペチン!)
「痛っ!」
「惚けるな」
プリティ☆マジカルの仕事はジャアークを倒すことにある。
しかし、怪物は1対1でも厄介な相手。それが4体も5体も同時に現れれば苦戦は必至だから、あらかじめジャアークに発展しそうなエナジーを持つ人間を探しだし、怪物として芽吹く前に次々と消し去っていくのも大事な任務なのだ。
そして今回、パラップはジャアークの元を断ち切るため、恵美の身に何が起こっていたかを知っていながら、陽菜に伝えることなくエナジーが溜まっていくのを放置していた。
たまたまあのタイミングでジャアークエナジーが発生したのを察知したかのように装っていたが、陽菜も既に何度もジャアークを葬り去ってきた身であるから、それが偶然では無いことに気づいたのだ。
「陽菜に言ったら怒ると思って……」
「あのさ、私をサンライズにしたのも、ジャアークと戦うようにしたのも、全部アナタなのよ。今更中途半端に罪悪感を植え付けるようなことしないで」
ジャアークを倒せば、依り代となった人間は正気を取り戻して元の姿に戻る……なんてのは所詮ファンタジー、夢物語でしかない。現実は残酷なもので、悪意に蝕まれた人間は命を落とすか、良くて廃人となるだけ。
これを放置しておけば、それがどんな悪人だったとしてもその死を悲しむ者が現れ、そこから再び負の連鎖が始まる。
だから……ひと思いにその存在ごと消し去ってあげるのもまた、プリティ☆マジカルの仕事であり慈悲でもある……と言いたいが、元々普通の少女だった陽菜にそれをやれというのは中々にエグい話だ。
それでも、戦っていくうちに被害を全部食い止めるなんて無理な話であることは身をもって感じているし、話し合いで平和に解決できる相手ではないのだから、100の被害が出る前に1の段階で芽を摘み取るのが最善だということも良く理解している。
そして、今回はたまたまその1が自分の身の回りで起きた。ただそれだけと割り切ろうとしていた。それなのに相棒であるはずのパラップが肝心なことを隠してジャアークの発生を助長していたというのに、自分の心情を察して……みたいな言い方で罪悪感に苛まれることを言うものだから、陽菜は虫の居所を余計に悪くさせたのだ。
「誰が好き好んで魔法少女なんかやってると思ってんだ、命を刈り取っていると思ってんだ、あ゛? みんなを守る正義の味方って、ふざけんじゃないわよ。魔法少女なんて可愛い呼び方でいるけど、要は若い魔女ってことでしょ。白雪姫に毒リンゴを食わせるあの婆さんと本質は何も変わらないのよ」
「違う! 世界を救う大事な存在だプ。みんな感謝しているだプ!」
「だけどさ、それってプリティ☆マジカルとしてよね? 一ノ瀬陽菜個人は誰からも感謝されるわけじゃないわよね?」
家族にも友人にも、陽菜がマジカル☆サンライズであることは知られてはいけない。そんな中で戦い、どれほど賞賛されようとも、命を賭けて戦う本体である陽菜が賞賛されるわけではない。
「プリティ☆マジカルの任務はジャアークを倒すこと。任務ってことは仕事なのよね? ならお給料は? 今の今まで1円たりとも貰ったことのない、完全なボランティアなんですけど? やってらんないわよね」
命がけで魔物と戦わせておいて、それはないんじゃないのかなと陽菜は言う。
たしかに正論だ……
「にもかかわらず、一生懸命に頑張っている陽菜ちゃんに、その言い方はないんじゃないのかな、パラップさんや」
「陽菜は……もうマジカル☆サンライズにはなりたくないでプか……」
「やらなくていいならやりたくなんかないわよ」
「陽菜……」
「だけどね……契約しちゃった以上はやるしかないんでしょ。私が言いたいのは変にウソをついて隠さずに、今何が起こっているのかを正確に教えろってことよ」
たとえそれが、今回のようにどれほど辛いことであろうと、ジャアークを倒すには戦うしかない。だからこそ相棒として真摯であれと言いたいようだ。
「次にふざけたことをしたら、お前の存在を……消す」
「ご、ゴメンだプ。謝るから、謝るから……って、パラップのことを消しちゃったらサンライズには変身できなくなるでプよ?」
「大丈夫、消すのはその自我だけ。余計なお口はチャックして、物言わぬただの変身アイテムに変えちゃうよ♪」
「……怖っ」
こうして、今日もまた人知れず街の平和は守られたのである……
(一ノ瀬陽菜@マジカル☆サンライズ・完)
◆ ◆ あとがき ◆ ◆
お読みいただきありがとうございました。
オムニバス形式で他にも何人か魔法少女のお話を書く構想はあるのですが、取り急ぎ思いつきでササッと書いたのはここまでなので、一旦完結とさせていただきます。
後のお話は筆が進んだら投稿する日が来るかもしれませんが、絶対書くともお約束出来ないので、あまり期待しないで気長にお待ちください。
魔法少女も楽じゃない 公社 @kousya-2007
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