第4章4話 墓参りと結婚話
その日の夜、俺は行動を起こす。伯爵家の屋敷から出る必要があるが、俺は事前にアカンサに話をしていたので門番たちから通行の許可を貰うのは容易だった。俺は街の中を歩いて行く。以前と何も変わらない。
「懐かしいな……」
俺がこの街を出て行ったのは、もう4年くらい前のことだ。あの頃と何も変わってない街並みに懐かしさを感じる。俺は花屋に立ち寄り、彼女の好きだった花を買う。花屋の店員は知らない顔だ。逆にやりやすくてよかった。
俺は街の外れにある丘に向かうことにした。そこは俺にとって思い出深い場所だ。その場所に着くと俺は夜空を見上げる。綺麗な月が出ていて星もたくさん輝いていた。その景色を見ていると少しだけ心が落ち着く気がする……。しばらくそこでボーッとしていたところで本来の目的を思い出す。大きな樹の下には、彼女の墓がある。俺はその墓の前に立って、手を合わせる。
「先生…………帰ってきました」
墓は思ったより綺麗な状態が保たれている。おそらくあの女かアカンサの指示で使用人たちが手入れしていたのだろう。俺は持ってきた花を墓の前に置いた。そして、昔と同じように彼女が好きだった花の香りを嗅ぐ。この香りを嗅いだ彼女はいつも嬉しそうにしていたのを覚えている。
「先生は…………今の俺を見たら怒りますよね」
返事は返ってこないが、それでも構わないと思った。俺の独り言は続く。
「先生と一緒にいた時間は俺にとって宝物です」
「俺、今ルナリスの街で傭兵やってます
「そういえばこの街に仲間たちと来てるんですよ」
「ルーナって娘がさ…………」「セレナがね…………」「こないだテラが…………」
俺は自分の近状について話すことにした。本当に他愛のない無駄話……それでも、先生は何も言わずに聞いてくれているような気がしたからだ。一通り話し終えたところで俺は立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行きます、街を出る前にも来ますね先生。よければその時は俺の仲間も紹介したいです」
そう言って立ち去ろうとした時、背後から懐かしい声がした気がしたが……きっと気のせいだろうと思いそのまま立ち去った。伯爵家の屋敷に戻り、俺はしばらく門から誰かが出入りしないか見張っているとやはりメイド服を着たあの女が通る。なんとなく跡をつけられている気がしてたからな。
俺は彼女に何も言う気になれなかったが…………それでもと思い、彼女の前に立った。
「アクイラ!?」
「気付かれないと思ったのか?」
「それは……」
彼女は驚いていた。おそらく気付かれていないと思っていたのだろう。俺は構わず言葉を続けることにした。
「…………夜の一人歩きは危険だ。ついてくるなら、尾行なんてしないで普通に声をかけろ」
「…………そうね、ごめんなさい」
彼女は素直に謝ってきた。
「別に謝らなくてもいい」
俺はそれだけ言うと彼女に背を向ける。そのまま歩き出そうとすると、彼女が話しかけてきた。
「アクイラ……私ね…………もうすぐ結婚するの」
「…………それは良かったな」
俺はそれだけ言って立ち去ろうとするが、また呼び止められる。今度はなんだと思い振り返ると彼女は真剣な顔をしていた。
「アクイラ」
「なんだ?」
「貴方にも…………私の結婚式に来てほしいわ。夫に紹介したいの」
「断る」
俺は即答した。彼女は一瞬悲しそうな顔をしたがすぐに笑顔に戻る、そして再び口を開いた。
「そう……わかったわ。ごめんなさいね無理を言ってしまって」
俺は彼女の少し寂しそうな雰囲気に苛立ちを覚えながら…………それでも多少の情がある彼女につい質問をする。
「……どんな奴だ?」
「…………キャプテンオクトよ」
「は?」
キャプテンオクトとは、アスカリで有名な海賊で雷属性の魔法を扱うことから雷族のオクトとも呼ばれている男だ。
見た目は醜悪でぽっちゃり体系。海賊と言っても傭兵でギルドにも登録をしているが、良い噂を聞いたことがない。決して結婚相手に選ぶような男ではない。
なんでオクトとこの女が結婚をするんだ? 俺は疑問に思った。決して幸せな結婚ではないだろう。なのになぜ?
俺はひとまずこの場を立ち去った。だってこの女は絶対に理由を話さない。話してくれるとしたら…………アカンサお嬢さんだ。俺はアカンサの部屋に向かった。この時間なら起きているはずだし、おそらく彼女の部屋にいるだろう。彼女の部屋に真っすぐ向かい、大きな白い扉の前で立ち止まる。四年前と変わらなければ、ここがアカンサの部屋のはずだ。
彼女の部屋の扉をノックする。
「俺だ! アクイラだ! アカンサはいるか? 話がある」
俺は大きな声で呼びかけると、しばらくして扉が開いた。そこにはアカンサが立っていた。
彼女は淡緑色のシルク生地で作られた柔らかなネグリジェを身に纏っていた。そのネグリジェの袖口や裾にはゴールドの刺繍が施され、上品な雰囲気を漂わせていた。胸元にはルビーの装飾が施され、贅沢な輝きを放ち、彼女の魅力を一層引き立てていた。
彼女のネグリジェは透けていて、内側に着ている淡緑色のシルク生地で作られていたキャミソールが見えていた。それは胸元やストラップにゴールドのレースが施され、エレガントな印象を与えていた。そして、マッチングのショーツは薄緑色のシルクで作られ、レースやリボンなどの装飾が施されていた。
彼女の着こなしは優美であり、彼女自身が美しい花のように咲き誇っていた。その装いは彼女の優雅さと気品を一層際立たせ、アクイラの心を魅了した。男の前に出てくる恰好ではないが、今はそれよりもあの女の事が気になっている。
「アクイラ? こんな時間にどうされましたか?」
彼女は少し驚いたような表情を浮かべていた。まあ無理もないよな。いきなり押しかけてきたんだからさ。でも今はそんなことを考えている余裕はない。一刻も早くこの女の真意を聞き出さねばならないからだ。
「アカンサ。教えてくれ。セリカの奴はなんで結婚するんだ?」
俺の問いかけに対して彼女は少し間を置いて答える。その表情は真剣そのもので、何か重大な理由が隠されていることを物語っているようだ。俺はゴクリと唾を飲み込み彼女の言葉を待つ。そしてついに彼女が口を開いたのだ。
「ひと月前のことです。アスカリで行われるトーナメントは覚えていますね。敗者は勝者の言うことを聞かなければいけないルールの元、セリカはオクトーに負けました。なぜ、セリカが出場することになったのかはわかりませんが、オクトーから結婚を命令された為、セリカはオクトーとの結婚を避けられません」
つまり、あの女は命令したい誰かがいて出場し、まんまと負けて結婚の約束を取り付けられたって訳か。…………多分、ここまでなら彼女も俺に話してくれただろう。
俺が聞きたいのはなぜ参加したかの方に変わっていた。
「ああ、それから…………来週のトーナメントにもオクトーは参加しますよ。彼もまだ目的があるのでしょうね」
「そうか…………出場権…………まだあるか?」
「…………もちろん」
アカンサはこれ以上なく楽しそうに笑った。俺は彼女の笑顔を見て思う。この女は悪魔だ、人の不幸を喜ぶなんて最低のクズ野郎だと……しかし、こいつがあの女を大切にしていることも知っているからこそ、行動したのだろう。今回だって本当は依頼の調査もあるが、わざわざ俺を呼んだのはこの結婚話を俺に知らせる事が目的だったのかもしれない。
「もらえるか? 出場権」
「ええ、貴方があたくしに従ってくれるなら簡単にお渡しします」
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炎焔の鎧 なとな @na_and_na
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