最終話

 息子の彼女、妹でもある。俺と生物学的に血の繋がった親子でもあるが、彼女の父親は紛れもなく戸鞠幸太郎だ。

 智里……君の娘は逞しく、幸せな日々を過ごしている。


「透夜君、写真撮りましょう」

「え、うん。いいけどこれ、マジで作ったんだ……」


 学園文化祭。

 さすが戸鞠常務のお嬢さん、通ってるこの私立学園は育ちの良さそうな子たちばかりいて、文化祭というイベントなのに、騒ぎ方まで上品に思えてきた。


「ふふん、力作だね」


 ちゃんと指定のブレザー制服を着ている八百原さんが得意げに呟く。


「これ、みんなで作ったの?」

「そうだよー美術部と連携してね」

「はぁーすげぇな、いい感じだな」


 小さな家は、本当に家というわけじゃなく、屋根のついたピクニックテーブルだ。

 作りはシンプルだが、ペンキで塗りたくった虹色がよく目立つ。

 戸鞠さんの彼氏、という話題に集まる生徒がちらほら。


「本当に戸鞠さん彼氏いたんだ……」

「マジか」

「そんなぁ」


 主に男子生徒が。わざわざ砕けに来るとは、無謀というか、勇気があるというか……。


「みんなに見られるの恥ずかしいから早く撮ってよ、父さん」

「あぁ撮るよ」


 透夜のスマホを預かり、レンズを向けた。

 画面に映る2人は紛れもないカップルで、兄妹だ。

 消えることのない罪悪感を抱えたまま、シャッターを押す。

 スマホを透夜に返すと、遠くから声が聞こえた。


「あーいたわね! パ」

「ストップ、清花ちゃん。社会的に危険、主に与志也さんが」


 萩野間さんに口をそっと塞がれた斎藤さん。

 ナイスフォローだ。


「どうも久しぶり、堂野前さんは?」

「舞乙はバイトよ。基本学園行事には参加しないの」

「あー……なるほどなんとなく分かった」


 常務なりに保護してるわけか。


「そういや常務はいつ頃来るの?」

「お昼には来られるそうです」


 嬉しそう。最初の頃は緊張ばかりしていたが、戸鞠さんなりに色々吹っ切れたようだ。


「じゃあ昼まで時間あるし、2人で色々回っておいで」

「はい! 屋台とか結構本格的なものばかりなんですよ、あと美術委員会で他にも体育館に装飾したものが」

「はしゃぐなってば、迷子になるから」


 透夜も、すっかり元気になった。

 手綱のようにしっかり手を握る。

 2人の背中を見送る……やっぱり、後悔ばかりがずっと残ってしまう。

 戸鞠さんを通して、いろんなことが起きた。

 

 彼女は、本当に特別な子だ。

 良いことも悪いことも、全てを引き寄せた。

 悪いことは全て、俺の身勝手が生んだものだって分かってるけど、どうしてまた透夜と出会うなんてな、本当に酷だ。


「こんにちは、みなさん」

「うぉっ!」


 突然の渋い声に体が跳ねてしまう。


「あら、おじさま」

「こんにちは、幸太郎さん」

「ちわー」

「ど、ども……お昼から来るんじゃなかったんですか」


 背が高く男前なうえ、スタイルもよくオーダーメイドのスーツがよく似合う。

 隣には、堂野前さんもいる。

 行事にやってきた堂野前さんと手をタッチしあう八百原さん。


「妻の見送りが思っていたより早く済みましてね」

「見送り? 帰ってきてたんですか」

「えぇ、2週間ほどでしたが、りー、いえ、怜奈はニューヨークに戻りました」


 今なんか言いかけたな……。


「忙しいんですね、奥さんと離れて暮らすの、寂しくないですか?」

「えぇ、彼女はとても強い方ですから。かなえの成長を見られて、喜んでいましたよ」


 お前は寂しくないかって訊いてるのに、奥さん目線で話す。

 呆れていると、名刺サイズのカードを俺に見せてきた。


「なんです、これ」


 淡いピンク色で、可愛らしい筆跡で、「いつも遅くまでお仕事お疲れ様です。ゆっくり休んでください、おやすみなさい」と書いてある。


「メッセージカード、ですよ。五十嵐さんが後押ししたんでしょう?」

「あ、あぁー」


 なんか懐かしいような気がするけど、つい最近の話なんだよな。


「最初は、てっきり家政婦が書いたのかと思いましたよ。書斎に入るなんて思いませんでしたから、かなえは何も言いませんでしたし、でも思い出の品です。私を父と思って書いてくれたのですから……」

「今もですよ。常務はずっとかなえさんの父親です」


 常務は、寂し気に微笑む。


「アタシ達も回りましょ! おじさまと、ぱ、五十嵐さんもよ」

「たこ焼き、イカ焼き、焼き鳥、クレープ、フランクフルト、喫茶店」

「そんなに食べられますか?」

「わたしも食べたい」


 斎藤さんたちに腕を組まれ、引っ張られる。


「ちゃんとかなえをエスコートできてるか、調査しなくちゃ! かなえのパパなんだから、ちゃんと見守ってあげなさい。五十嵐さんは、透夜ね」


 驚いたあと、常務はゆっくり、柔和に笑った。

 透夜と戸鞠さんを追うように、みんなで校舎に向かった……。 

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息子の彼女 空き缶文学 @OBkan

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