エピローグ

 三ケ月後。


 竜門が完成した。

 高さ五〇〇メートルを優に超す、九層構造の壮麗な超高層建築物。

 それは戦後復興の象徴であり、竜人による世界支配の象徴でもある。


 そして予定通り、竜門のオープニングイベントとして闘技大会〈ドラゴンゲート〉が開催された。


 竜門はイベントの開始前から異様な熱狂に包まれている。

 会場を埋め尽くすどの顔も明るく、興奮にやや上気していた。

 そうやって人々は戦後を――竜人による新しい時代を、受け入れていくのだ。


 そして俺は、〈ドラゴンゲート〉参加者のひとりとして竜門の一画にいた。


 控室として用意されたのは、まるでホテルのスイートルームのような広く快適な個室だった。リビングとベッドルーム、バスルームからバーカウンターまで揃っているので、本来ならゲストルームとして使われる予定の部屋に違いない。


 数多くいる参加者全員にこのような部屋が用意されているはずがないので、恐らくは俺のサポーターになってくれたアクシアの手配によるものだろう。


 俺は車椅子状態の竜骨を動かしてベッドルームに向かった。

 キングサイズのベッドの中央で、ククが寝ている。


 俺に竜玉を託した直後の彼女は戦闘によってすっかり汚れてしまっていたが、今は髪も肌も綺麗に整えられている。


 痛んだ衣服も新調された。

 だが相変わらずのメイド服なので、仕事をさぼったメイドが雇い主のメインベッドで眠りこけているような図に見えなくもない。


 俺は腕を伸ばし、身体の前で組まれたククの両手に自分の手を重ねた。

「……呑気な顔して眠ってやがるもんだ……」

 寝顔もさすがに見飽きたが、それも〈ドラゴンゲート〉が終わるまでのことだ。


 入り口の開く音がして、イゴールがベッドルームに顔を覗かせた。

「ユーリ、そろそろ時間だぜ。僕は先に行って準備しておく」

 彼は大会中も俺のメカニック兼セコンドとして同行する予定だ。


「ああ――」

 イゴールがとって返して部屋を出て行く音を背に、俺はククの手を何度か軽く叩いた。

「じゃあクク……行って来る」


 車椅子を回転させて、俺は出口に向かった。

 自動扉を通って廊下に出たところで、俺は車椅子を止める。

 部屋の正面にひとり佇む姿があった。

 イゴールではない。


 長い髪に、異質なほどに美麗な面差し。

 竜人だ。

 スリットの入った細身の長衣のような、身体の線に沿う独特な衣装を着ている。


「……!」

 しかもその顔を、俺はよく知っていた。

 毎日のように見る、戦争の夢に出て来る竜人と同じ顔だった。

 忘れるはずもない。


 俺が配属された基地を竜骨の熱線砲によって破壊した、あの竜人だ。

 俺の両脚を奪ったあの竜人が、目の前にいる。


 竜人の顔を凝視したまま、俺は凍りついたようにその場を動けずにいた。


 相手はしばらく俺の姿を眺め、やおら口を開いた。

「竜骨をまといし人間とは、うぬのことだな」


「……」

 咄嗟に答えられない俺をよそに、竜人は続けた。

「そればかりか、同じく竜骨をまとう我が同胞をもその手でくだしたと聞いた」


「……だったら、なんだ」

 俺は自分でも気づかないうちに竜骨のトリガーを強く握り込んでいた。


 竜人は、口の端をわずかに持ち上げた。

「……おもしろい。その力、我にも見せてみるがいい」

「何だと……?」

「うぬの力が真なるものなれば、雑作もあるまい……この〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜き、竜門の頂上まで上がって来い。我も竜骨を身に着け、そこで待つ」


「お前が……竜人が、〈ドラゴンゲート〉に参加するって言うのか」

「案ずるな。さようなことをすればこの催事そのものが成り立たぬわ。勝者を讃えしエキシビジョンマッチ――座興よ」

「座興だと……?」

 それを聞いて、今度は俺が唇に笑みを浮かべた。


「ふん、笑わせるんじゃねえ。お前ら竜人にとって、竜骨を装着した者は誰であれ戦士――そうだろう」

「……」

 竜人は軽く眉をあげた。

「戦士同士が顔を合わせれば、そこは戦場。戦場にあるのは命のやりとりだけ――」


 俺は挑むように竜人の目を睨みつけた。

「違うか」


 無言で俺を見返していた竜人の顔に、笑顔が広がって行く。

 やがて相手は涼やかな声をあげて高らかに笑った。

「あはははは、しかり! まさにしかり、人間風情がよくぞ言ってのけたものよ! その竜骨は、うぬの手にあるべくしてあるのやも知れぬな。言い直そう、我は竜門の頂上にてうぬを全力で叩き潰す。命を賭して〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜いて来るがいい」


 竜人は長衣の裾を翻らせて俺に歩み寄った。

「うぬの名を聞いておく。我が名はレジーナ……竜宮の将帥しょうすいにして統治者なり」


 レジーナ。

 お前は忘れているだろう。

 最初に出会った時、お前はゴミを避けるように俺のことをまたぎ越していったのだ。


「ユーリ――ユーリ・ラピッヅ」

 ようやく俺と目を合わせる気になったか、竜人。


「よく覚えておけ。お前の顔面を蹴り飛ばす、人間の名前だ」



おわり

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キック・ザ・ドラゴニュート ~戦傷で両脚の自由を失った俺が征服者の竜人を強化外骨格の全力で蹴り飛ばすまで~ マガミアキ @AKI_Magami

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