12
アクシアは俺に向かって軽い調子で言った。
「怪我をしてるところ悪いね。車を出してわたしを送ってよ、ユーリ。
「お嬢……どうして」
「ん? タクシーでここに来たからだけども。運転手のきみがいないのだからそうするしかないじゃないか。ちなみにこの騒ぎに驚いてタクシーは逃げてしまったよ。ひどいよね」
「いやそうじゃねえ――」
俺はひとつ唾を飲み込んで言った。
アクシアに黙ってククの竜玉を利用しようとしていたのは事実だ。
「俺は、許されるのか」
アクシアは軽く顎をあげて煙を吐いた。
「結果的にはね。きみはそれだけの信頼をわたしから勝ち得ていたということになるのかな」
「……」
腑に落ちかねている俺の考えを見透かしてか、彼女は言葉を継いだ。
「……きみは、あの竜牙兵を譲るようにわたしにもちかけたよね。対価は〈ドラゴンゲート〉で得た賞金で支払うと」
「あ……ああ」
「両脚の不自由なきみの提案に信頼性が無かったからわたしは断った。でもきみは今、その提案の信頼性をはっきりと示してくれた。ギル――かの竜人をその手で倒してみせたんだよ。〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜く可能性は充分にある。だからわたしは――」
アクシアは微笑みを浮かべて言った。
「きみの提案を受けようと思う」
「お嬢……!」
「わたしがそう決めたのだから、それが結論だ。その結論に至るまでの経緯は特に重要視しない。この場合、運が良かったのかも知れないね。ユーリ」
ククの活動停止を黙っていたことは不問に付してくれるらしい。
「ただ――」
アクシアは笑顔のままで続けた。
「ここから先、どうなるかはきみ次第だよ。ユーリは〈ドラゴンゲート〉を勝ち抜くとわたしに言った。わたしはその言葉を信頼することにした。〈ドラゴンゲート〉は莫大な賭け金が動く娯楽イベントだ。当然わたしは、それなりの額をきみの勝利にベットする。つまりもしきみが失敗すれば、わたしの信頼を完全に損なうことになる。そうなった時、きみは今度こそすべてを失うんだ。その覚悟はできているだろうね?」
アクシアの穏やかな言葉に俺は背筋の辺りが震えた――が、武者震いのようなものだと考えることにした。
「ああ……望むところだ」
どの道、俺が失敗する時は竜骨と一緒にぶっ壊れているのだろう。
「やれやれ。どうかわたしをがっかりさせないでね。こう見えて、わたしはきみのことを気に入っているんだ」
アクシアは俺の傍らに屈むと、肩に腕を回して立ち上がらせてくれた。
「お嬢、俺は血塗れだ。あんたの服が汚れるぞ」
「うん……クリーニングに出さないといけないね」
アクシアは俺を引きずりながら、四つん這いのまま動かないコウガの脇を通り抜け、崩れた壁から倉庫の中に入る。
そこでアクシアが、不意に暗がりに声をかけた。
「……見てないで手伝ったらどうかな」
泡を喰ったように瓦礫を転がしながら視界に現れたのはイゴールだった。
「僕――僕は」
「知ってるよ、イゴール・タレント。〈カドモス〉の構成員だろう」
「……」
イゴールは観念したように下唇を噛んだ。
アクシアはすでに〈カドモス〉を敵視している。イゴールはククをコウガに売ろうとした男だ。思う所が無い訳ではない。
だが――。
俺は口を開いた。
「お嬢……こいつには俺の竜骨を整備してもらう。イゴールは、〈ドラゴンゲート〉に必要だ」
はっとした様子でイゴールが顔をあげる。
「ユーリ……?」
アクシアは存外、軽い様子でうなずいた。
「そう。彼は〈カドモス〉でも末端だったようだし、この場で彼らと縁を切ると言うのなら、ユーリに免じて見逃してあげようか。でもそうなったら〈カドモス〉もきみを放っては置かないと思う。身の回りがぐっと危険になるけれど、それくらいは受け入れるべきだよ。身から出た錆だもの」
イゴールはアクシアの顔を見つめたまま喉を低く鳴らした。
「そしてひとたびユーリ――わたしのファミリーに関わると決めたからには、わたしの信頼を損なうことは絶対に許さない。その気があるなら、精々〈ドラゴンゲート〉で命を繋ぐといいよ」
俺はため息に似た笑い声を漏らして言う。
「……だそうだ。お前には貸しがあると思ってる。手伝ってくれるんだろうな?」
「もちろんだ……ユーリ、すまない……恩に着る」
イゴールは暗がりにうずくまるようにして頭を下げた。
「……アクシア・ロングマンッ!」
その時、背後から届いた声が倉庫の空間に反響した。
両膝を撃ち抜かれて動けないままのコウガが声を張り上げたのだ。
「私の命を奪わなかったこと、君はきっと後悔しますよ! 私達〈カドモス〉は必ず、竜人から人類の手にこの世界を取り戻して見せる! いいですか、アクシア・ロングマン。君がその障害として立ち塞がるなら、私達はどんな手を使ってでも君を排除するッ!」
それを聞いたアクシアはくすりと笑った。
「彼の話は退屈だったけれど、最期の言葉だけは笑えたよ」
続く言葉が、ささやき声となって俺の耳を打つ。
「……わたしがいつ、彼の命を
思わず俺は、コウガの様子を振り返った。同時に、今度こそ背筋にぞくりとした寒気を覚える。
コウガの背後に、人の形をした影が黒々と長く伸びていた。
ギル――。
いつの間に瓦礫から抜け出ていたのか。
ギルの腕が伸び、後ろからコウガの顔を両手で掴んだ。
その両手が、瞬間的に回転する。
コウガの頭部は、あらぬ方向に捻じれていた。
そのまま彼の身体は水溜りの中に突っ伏し、小さな飛沫をあげた。
つづく
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