11
コウガの側に歩み寄ったアクシアは、足元にランタンを置く。
「……その気になれば、きみ達〈カドモス〉の実態くらいすぐ調べがつくのだからね。公然の秘密と言う感じだ。戦後の竜人支配のなかで元軍閥を後ろ盾にして作られた反竜人組織。レジスタンス――というか、テロ活動を目的とした過激な活動家集団、それが〈カドモス〉だよ」
彼女はこの未明の暗がりのなかでも丸サングラスをかけていた。
「つまりユーリ、ここできみに期待されているのは対竜人の戦闘力ということになるね」
「テロリスト呼ばわりとは心外ですね。しかし気付かれていましたか、さすがはお嬢です」
コウガが引きつった笑みを向ける。
アクシアは葉巻を挟んだ指を口元にやった。
「勘弁してほしいな。この程度のことでさすがなんて言われると、むしろ馬鹿にされている気分だよ」
普段と変わらない柔らかな口調に、かえって不穏な空気を感じる。
「……がっかりさせてくれたね、コウガ」
そう言ってアクシアはライターを探すかのように自分の小さなハンドバッグを探った。
しかし取り出したのは、掌サイズの拳銃だ。
立て続けに二発の銃声が響く。
銃弾は一発ずつ、正確にコウガの両膝を撃ち抜いていた。
「ぐ……がああああッ?」
崩れた倉庫内に彼の悲鳴が反響する。
アクシアのあまりに何気ない素振りに、避けるどころか拳銃を認識する暇すら無かったようだ。コウガはうめき声をあげてその場に膝立ちになり、両手を水溜りの中に突いた。
銃口をハンカチで拭って拳銃をハンドバッグにしまったアクシアが、今度はライターを取り出して葉巻に火を点けた。
うずくまったまま肩で息をしているコウガをよそに、たっぷりと時間をかけて葉巻をくゆらせる。
細い紫煙を吐くと、アクシアは笑みを浮かべた。
「……隠れて行動していたつもりかも知れないけれど、きみはギルのことを何だと思っていたのかな? 今日この時にいたるまで逐一、きみの動向はわたしに報告されているんだよ」
一面に脂汗を浮かべた顔でアクシアを見上げる。
「初めから……私を疑っていたということですか。私が〈カドモス〉だということも」
「もちろん、知っていたよ」
「その上で泳がしていた……」
「その表現は少し大袈裟かな。特に気に留めていなかった、というのが近い。趣味のサークル活動にまで口を出すのはロングマン家の当主としては少し狭量だろう?」
「趣味……ッ? 私達〈カドモス〉は――」
「わたしから見れば趣味レベルさ。現実を直視せずに自ら作り上げた妄想に酔いしれる気のいい趣味人達の集まりだ」
「愚弄を――」
「現実はね、こうして一秒もかからずきみを地面に這いつくばらせることができるんだ。いいかい、コウガ。これが現実というものなんだよ」
コウガは屈辱と憤怒に唇を歪めて歯を見せた。
「アクシア・ロングマン……! 所詮は竜人に尻尾を振って自らの既得権益の保持に心を砕く人類の裏切り者です。〈カドモス〉の理想など到底分かりえない」
明確に敵意を覗かせた彼の様子に、アクシアはくすくすと笑った。
「四つん這いでよく吠えるものだね。それはさておき〈カドモス〉――竜玉による武装を企むのはさすがに度を超していたよ」
言葉を切って、葉巻を吸う。
「だいたい、反竜人活動に竜人のギルを使うなんてどうかしてると思わないかな。確かにギルは罪人としてファミリーで受け入れているから、竜人の社会とは隔絶している。刑務上の規則としてわたし達の命令に背くこともできない。けれどいみじくも竜人なんだよ? ユーリはギルのことを知ってすぐに察したみたいだけどね……ギルは、竜人がロングマン家につけた“首輪”だって」
「……!」
「きみはもっと頭が回る人間だと思っていたよ、コウガ。きみの動向がわたしに伝わっているということはつまり、竜宮にも伝わっているということだ。組織の幹部が反竜人活動をして、竜玉を用いた具体的な武装まで
アクシアはコウガの前にしゃがんで目線の高さを合わせると、やおらサングラスを外した。
ランタンの光に、アクシアの素顔が照らし出される。
左目は大きな
アクシアが美貌の持ち主だけに、そのただ一箇所の疵がかえって異様な凄みを放っている。
その迫力に圧され、苦痛に歪むコウガの顔が暗闇でも分かるほどに蒼白になった。
「信頼だよ、きみ。信頼が大事なんだね。わたしは竜宮の信頼を損なわないために、わたしの信頼を損ねたきみを見限らなきゃならない。分かるね? きみがやったことに対する、それがけじめというものだ」
「……!」
コウガの唇が小刻みに震えている。
アクシアはそれだけ告げると、目線を外して立ち上がる。すでにコウガの存在を忘れたかのように背を向けると、サングラスをかけ直しながら俺の方に足を向けた。
「良かった、雨は止んだみたいだ」
と、彼女は空を見上げた。
荒天の雲の動きは早い。気付けば、周囲はみずみずしい月明りに包まれていた。
つづく
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