10
咄嗟に後ろへ跳んで避けた俺は、十数メートル近く跳躍していた。
「……!」
竜骨、軽く動こうとしただけでこの機動力か。
跳んだ先で方向転換をしようと壁を蹴ったその場所が、突っ込んできたギルの竜骨に破壊された。
コンクリートの壁が、爪の形に斬り裂かれる。
壁から地表へと滑るように駆けた俺はギル目掛けて急反転すると、竜骨による殴打を試みた。
ギルは俺の攻撃を軽くいなし、返す腕で地面ごとこちらを斬りつける。
俺はその攻撃を避けながら竜骨で弾いた。が、一瞬遅れた。右頬に深い切り傷が入り、長い髪の一部が切断されている。
竜骨で竜骨の攻撃は防ぎきれない――命のやりとりとは、そういうことか。
竜骨で強化された身体能力は、出力と方向を制御しなければ空回る。
そう、必要なのはギルの周囲ごと相手を
再び無数の攻撃を合わせ、俺とギルは弾かれるように距離を開ける。
竜人の鋭い斬撃が掠め、脇腹や左腕から出血していた。
赤い光の帯を引きながら、追撃のギルが迫る。
負傷を気にしてなどいられない。自分の両脚に意識を集中し、こちらも相手に向かって踏み込んだ。
直後、
ギルの大斧のような斬撃を視認したと同時に、俺は身を返して軸をずらしながら思い切り片脚を踏み下ろした。
ギルの刃を地面に踏み押さえる。
俺の足を跳ね上げるギルの力を利用して空中で回転した。
回転力を乗せた後ろ回し蹴りが、ギルの顔面を蹴り抜く。
「……ッ!」
ギルの身体が横に泳いだ。
距離が開く。
もう一撃。
俺の踏み込みが青い光とともに地面を粉砕し、雨水と一緒に飛沫のように跳ね上がる。
俺はギルに向かって跳躍している。
竜骨をまとう右の足刀が、ギルの鼻先にある。
跳躍の勢いそのままの跳び蹴りが竜人の顔面を撃ち抜き、そのまま背後の倉庫の壁に縫い付けた。
その威力は倉庫の壁では吸収しきれず、放射状に亀裂を走らせて破壊する。
倉庫の内部を一気に突っ切り、さらに反対側の壁をも貫通して、向かいの倉庫の壁まで崩壊させて――止まった。
壁の崩れる音が延々と続き、大きく土煙が立ち昇る。
からり、という小石の転がる音を最後に、辺りに静寂が戻った。
柔らかな雨音が巻き上がった土煙を静めていく。
雨足は弱くなってきたようだ。
雷の音もいつの間にか、遠い。
「……ぶはあッ……」
俺はそこで呼吸を思い出したかのように大きく喘ぐ。
「ぜえッ……ぜえッ……!」
蹴りの勢いを制御しきれず倒れ込んでいた俺は、荒い呼吸を繰り返しながらゆらりと身を起こした。
そこで崩壊した倉庫の瓦礫の中に上半身を埋めたままになっているギルを目にする。
「はあッ……はあッ……」
傷口から流れる血も顔に濡れた髪が張り付くのも気にならなかった。肩を上下させながらギルの姿を見据える。
「……どうだああッ!」
動く様子を見せないギルを見下ろして、俺は思わず叫んでいた。
「どうだ見たかッ! 思い知ったかよ竜人ッ! ふざけんじゃねえ、好き勝手しやがって! 何もかもぶち壊しやがって! 何もかも奪いやがってッ! 人間をなあ、人間を――」
俺は叫びながらぼろぼろと涙を流していた。何の涙なのかは自分でもよく分からなかった。
「人間をなめるんじゃあねえッ!」
俺の叫びは、崩れた壁の向こうに吸い込まれていった。
竜骨から青い光が消え、展開していた外骨格が一気に収束していく。
強化外骨格の機能が停止し、俺は立っていられずにその場に尻もちをついた。
「……はあッ……はあッ……」
雨の中、俺の荒い呼吸が白く残る。
「くそ……!」
俺は鼻をすすり、濡れた手で何度も目元の涙をぬぐった。
しばらくして、背後から瓦礫を踏み締める足音が届く。
視線だけ向けると、傘を差したコウガがこちらに近づいて来ていた。
先ほどまでとは違い、意外と落ち着いた様子を見せている。
「……さすがに度肝を抜かれましたよ、ユーリ君。竜骨を使って、竜人を退けるという所業が――人間にできようとはね」
と、片方の掌を上に向けて言った。
「この際、君がその竜玉を自分のものにすることを認めてあげてもいいとさえ考えています」
俺はもう一度鼻をすすった。
「……そうかよ。ならもう帰れよ」
「話はまだ終わっていません。もちろん、この提案には条件があります。私達に協力するのです、ユーリ君。堕天したとはいえまごうことなき竜人たるギルを倒した君ならば、充分にその資格を有しています」
コウガの言う、“私達”――それはロングマン家のことではない。もはや明白だ。
「嫌だと言ったら?」
「君が竜玉を得る機会を失うだけです。見るからに力を使い果たしているようじゃないですか。その竜骨に組み込まれた竜玉を取り出す作業にすら、もう君は抵抗する力を残していないのでは?」
それはコウガの指摘の通りだ。
両脚どころか、全身が極度の筋肉疲労に襲われて動かすことができない。今なら車椅子のリムを押すことすら敵わないだろう。
「協力ってのは……俺に何をさせる気だ」
「……」
コウガは眼鏡の位置を軽く直した。
「そこから先の説明は、私達に協力すると約束してからですね」
その時、倉庫の影から別の声がした。
「そうもったいぶるようなものでもないだろう、コウガ?」
よく通るその女性の声に、俺もコウガも同時に絶句した。
聞き間違えようも無い。
「お嬢……」
アクシア・ロングマン。
倉庫内の暗がりに、ランタンが灯る。
タイトな黒いスカートスーツの上に肩がけした黒いコート、黒いキャペリンといういつもの格好が、光の中に浮かび上がった。
つづく
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