Ex03.標石
その場所はビルと古い個人店が混在している。
さびれた小さな飲食店と酒屋、巨大なパチンコ屋は閉業しているようでひと気はないが、ひと昔前ならたばこのにおいが漂っていそうな雰囲気だ。
そのすぐ前にはきれいな商業ビルの壁が見えたりして、相変わらず混沌とした街だと思う。
細い路地は人が歩くには広いが大きな車は入れそうもない。
バイクのエンジン音は遠ざかって、人もいないので奥は妙に静かである。
ほんの少し歩くと道は先の通りに向かってカーブしているだけで突き当りには大きなガールズバーの看板。シャッターの閉まった焼き鳥屋らしき店があるだけだ。
右手の壁にはスプレーで落書きがされていてとても治安が悪い感じがする。
もう一度振り返ると2つあるシャッターが1つだけ空いた店があるが、チケット販売所のようなブースが3つほど並ぶだけで何の店なのかは全く書かれていない。
(T.U.C。何の店だろう……)
大通りとの異世界感を感じながら眺めていると、その音は再び聞こえてきた。
早すぎる心音にも似たバイクのエンジン音。それは速度を落として不気味に近づいてきている。
「!」
右手。よりにもよってこの辺りで最も狭いだろうこの道の入り口に、それはいた。
機首をこちらにまっすぐに向けて、少しの間停止してこちらを「見て」いる。
ぞくりと背筋を走る何かを感じた時にはライダーの後ろからゆらりと狙撃手が立ち上がり、長銃がこちらに向けて構えられ……
「戸越さん!」
エンジンを吹かす音がして”それ”の直進を認めると同時に横から衝撃が加わった。
斎藤だ。
武器を持たない斎藤は庇うことを優先したためにTUCと書かれた店の方へぶつかり、シャッターはひしゃげるほどの大きな音を立てた。
瞬間だけ遅れて破裂音と破壊音がすぐ近くで響く。
そして二人は見た。
シャッターにも破壊されたものの残骸が飛んだが、確認するかように路地の出口でバイクは止まり、軍服の亡霊二人はこちらを振り返ると……消えた。
「……え……」
エンジン音もなく、何事もないかのように路地前を通行人が通り過ぎてゆく。
誰も彼もが何事もないかのようなので”消えた”ことには違いないようだった。
「何……何が起こった……?」
自分たちが狙われたのには違いないと思うタイミングだった。
しかし、それは違うのではないかということに忍はすぐに気が付いた。
ガールズバーの看板の真下、封鎖された入り口の階段の横。
忍が立っていた場所を掠めるように放たれた銃跡は何かを破壊している。
「斎藤さん、これ……」
「?」
斎藤もすぐに気が付いた。
銃撃の方向がおかしい。
自分たちを狙ったのだとしたら正面のT.U.Cの店に向かって銃弾が跳ぶはずだ。逸れたとしてもそれに近い角度にはなるはず。
なのに、穿たれた傷は明らかにガールズバーの方向だった。
方向的には完全に90度ずれている。
忍が気づいたのはそれだけではなかった。
「陸……?」
バラバラになった古い石の破片のいくつかを集めて忍がそれを指先でなぞる。
「陸、……用……」
欠けたパズルのようにいろいろが抜けているが最後の一文字が辛うじて石柱として生きているため推測は容易だった。
「陸軍、用地」
「…これは……まさか」
隣接するバーの入り口の階段も欠けてはいるが、そちらは明らかに巻き添えを食ったような傷つき方をしている。
「まさかだと思います」
一瞬だけタイミングが遅れた銃撃音。
あれはバイクが現れた方向は階段で塞がれていたため、カーブを曲がった時に射出された音だったのだろう。
すなわり「石柱の正面から」の銃撃だった。
「清明さんに連絡を……取れますか?」
「ここからなら行った方が早い」
そして斎藤は規制線をくぐり、清明のもとに走った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「というのが一連の経緯です」
「そうか。じゃあ調書を作ってあとで送ってくれるか」
「調書は聞き取りをしている人たちが作るものじゃ?」
全てが終わった後。翌日の渋谷からの帰り。
特殊部隊の詰所の一室では取り調べが行われていた。
小さな会議室(休憩室ともいう)には斎藤と忍、そして司しかいない。
「反省文、って言ったらいいか?」
「司、それなら俺も作れるから。テンプレはいつもので?」
「反省文」
「大丈夫です。斎藤さん、調書という名の反省文をあとで提出します」
司はいつまでも怒っているわけではなかった。
怒っているわけではないが、これくらいはしても良いだろう。
しかし「反省文という名の調書」の作成を課せられた忍は、苦痛にすら思っていない様子。彼女は書類の作成は得意だ。
「ごめんな、戸越さん。俺なにもしてなくて」
「大丈夫だ。忍はそんなこと微塵も気にしてないから」
「反省するべきことは反省するけど、しなくていいことはしなくていいと思いますよ、斎藤さん」
必要だから、という点では何を言ってみようもない。
だが、司としても調書の作成という巡回の傍らの事務は減ってくれるのでこれでWIN-WINというところだろう。
仕方ない、とため息をつく。
「それにしても渋谷って混沌としてる街だね。あまり行かなかったけど、今度行ってみようと思う」
そして斎藤に渋谷でお勧めの店などを聞いている。そこからは他愛もない雑談だ。
更に翌日の午後には、見やすくまとめられた調書が司のもとにデータと紙ベースで届けられる。仕事も早い。
『昨日、依頼された調書をお届けします。反省文の代わりはこれで』
司が留守中に届けられたらしき書類に添えられていたもの。
それは、渋谷の店名が入った菓子店の小さなスリーブボックスだった。
中には洒落たタブレットチョコが入っており……
「……」
こういう気が回るから、つい許してしまう自分は甘いのだろうか。
一枚だけ包装から出して口に含むと、それは外から帰って一息つくには、心地よい甘さには違いなかった。
SpeedyAge -夢のありかと歴史の亡霊 完
SPEEDY AGE -夢のありかと歴史の亡霊- 梓馬みやこ @miyako_azuma
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