EX02. 再出現
斎藤の怪我は致命的ではなかった。
出血が収まれば動くことは禁止されていない。
頭を打っていたので大事を取っていたが、戦闘などという過労を強いなければ概ね問題はない。
人一人を連れて遠くまででかけるのは、高い身体能力を持った彼にとっては、散歩のようなものである。
「大丈夫ですか?」
「むしろ戸越さんが平気なの? 俺が抱えて二階から飛び降りたりして平気?」
「楽しいですね」
途中までは電車を使ったが霧の影響でダイヤが乱れたり、規制線もあちこちに張られて渋滞をしていたりと結局、歩くことにした。
歩くには少し遠いので、なるべく直線コースで斎藤が時々忍を抱えている。
「……女の子の方が、こういうの得意な子多いよな」
などと雑居ビルの上から路地に降りて、しみじみ思う。
団体で絶叫マシンに乗った時、本気で悲鳴を上げるのは大体男の方だ。
自分はそうでもないがそういう奴もいたと学生時代を遠い目で想ってしまう。
「あっ、あれ機動隊ですよね。やたらとゆっくり走ってるけど、何でしょうか」
遠い目をしていると忍が道路の向こうを指さした。
霧は駅北方面はまだ酷いようだが、南側である現在地は突然と言っても良いほどいつもどおりに視界が晴れてきていた。バイクがいなくなっている影響だろうか?
並走する二台の白バイは、赤色灯を点滅させながら、しかし静かにゆっくりと霧の濃くなる駅の北側に向かって走行中だ。
「俺も作戦は聞いてるんだけど……」
守秘義務、という言葉を思い出しながら忍を見ると、彼女はきちんと返答を待っている。
すでに守秘義務をたくさん課されているであろう立場に、斎藤はその言葉に気づかなかったことにする。
「バイクを一定の範囲に追い込むと、それに合わせて結界が縮小するようにできている。何段階か網があるんだけど、あれは多分その最後尾かな」
そう言って斎藤も交通機動隊の白バイを見た。この位置で最後尾ということはもう追い込みが完了しているのか。
最後の結界の収束点、渋谷スクランブル交差点はもうすぐの距離だった。
バイクはちょうど目の前を通っていくところで、速度的には徒歩でも追いつきそうな速さに近い。
とてもゆっくりだ。
「じゃあここは安全ということ?」
「そうだな。あのバイクの後ろを行く分には怒られないとは思う」
そういった直後だった。斎藤は突然パルス状に排気音が聞こえ始めたことに気がついた。
エンジンがアイドリングをしている音。
言葉にすれば心音にも似た、マフラーから排気ガスが一定の間隔で排出される音。これは車よりももっとコンパクトな物体が発する音だ。
「……」
まさか、という気持ちで振り返る。
”それ”は存外近く、真後ろに当たる場所にいた。
「斎藤さん……」
忍も同じものを見ている。さすがに冷や汗をかきそうな顔で、しかし恐怖というよりぎこちなさのある笑みを浮かべながら。
ライダーの右手がスロットルを握りこむように動くのを見て心臓が跳ね上がる瞬間、斎藤は忍を連れて跳んだ。
バイクは進行方向にいた彼らが見えていなかったかのように、そのまま直進で走り去る。
「まさか……討ち漏らした!?」
「でも突然現れたみたいでしたよ。エンジンの音、しなかった」
そういえば、と忍は思い出す。無国籍通りで現れたバイクも予兆もなくそこにいた。文字通り突然現れたかのように。
斎藤は見え得る限りでスクランブル方面に向かうのではなく左折してしまったバイクを視線で追う。
「まずい……すぐに応援は来るだろうけど、それじゃ間に合わない……! っ」
斎藤はすぐにでも追う体制を取りかけたが忍の存在に視線を戻す。 とにかく再び道路に降りて、そして正直には追わずにその場所から左の道に入る。
「戸越さん、すまないけどここにいてくれるか!?」
少し行った細い路地の前で手を離すと斎藤はそちらに忍の肩を押しやった。そこは路地と路地の間を走る、裏通りだった。
「はい」
取り急ぎ、高速走行のバイクが入り込めないような道に避難させて斎藤は俯瞰できる場所に移ろうとする。その時、エンジン音が正面から突然迫ってきた。
「戻って来た……!?」
先ほどの出現位置からだと直進、左折、左折、そして左折の位置だ。口の字を描く形で突進してくるバイクはとにかく安全を優先させた斎藤と忍の前をそのまま通り過ぎて行った。
「ここにいて!」
「……?」
すかさず追う斎藤。しかしその謎の動きに忍は路地に残るほかはなかった。
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