19 邪悪なる原点に至る物語

「フッ……! ハ……ッ!」


 森の中を一人で進み、父親に怒られていた頃から少し成長した姿の少年が空き地で剣を振っていた。


「ふふ、だいぶサマになってきとるではないか。順調に成長しているようじゃな!」


「……あくまで同年代よりもマシ程度だろう」


 鍛冶屋が作った木の剣は本物の刃を持つ剣に変わり、チャンバラごっこにしか見えなかった剣の演舞は“技”と呼べるモノになってきている。

 最初、目が覚めた時に見た剣舞モドキと比べれば、彼は随分と強くなった。

 ――だがそれらは少年の年齢を考えればの評価、剣を修めている者が見れば躊躇ためらいなく落第点を与えるに違いない。


「――違う……、もっと、もっと強く……早く強くならなければ……ッ!」


 だからこそ、その少年は苦悩していた。


「届かない! 間に合わない! ――こんなサマでは、俺は舞台にすら上がれない……ッ!」


 叫ぶのは心の底からこぼれ落ちたであろう焦燥しょうそうの本音。

 汗を飛び散らし、剣の振りすぎでボロボロとなっている彼の様子を、邪神ちゃんの隣、俺は冷めた目で見ていた。


「おぉ……ここまで貪欲に力を求めるとは……健気じゃなぁ」


「――ただ剣を振っているだけで強くなれるような人間を、俺はこの世界で数えるほどしか知らん。そして、少なくとも『ルクス・テラー』がでない事は断言できる」


 鍛えるという行為には、向き不向きがある。

 “ラスタ・エトワール”のように、基礎的な訓練も、苛烈な実戦も、自身を取り巻いている遍く全てを経験値として反映し、他を置いていく圧倒的な速度で飛躍成長レベルアップしていく『才能の怪物』もいれば。

 “ルクス・テラー”のように、一を聞いたところで一しか取り込めない凡人もいる。


「やはり、経験値か? モンスターを倒せばレベルが上がる。レベルが上がれば強くなれる。強くなれれば、もっと強いモンスターを倒せる……!」


 素振りをやめ、一時の休憩中も思考を回す少年。

 ――そして、彼と俺と邪神ちゃんの三人しかいない場に、新たな人物がやってくる。


「――おい、ルクス」


「なんだ、今いいとこ――」


「――力が欲しいか?」


 その人物――少年の父親はニヤリと笑って手を差し出した。


「剣の修行が停滞してんだろ? どう強くなれば良いのか分かんなくなったんだろ? あるあるだな、俺もそうだった。だからこそ、欲しいならくれてやる。この俺――村最強の狩人の力をな!」


 剣が行き詰まり、道を見失った少年は、その導きの手を――取った。


「クク、次じゃ」


 ――場面が変わる。




*――*――*


「――グギャッ!」


 森で獣が駆けている。

 ただの獣じゃない、紅瞳を持つ獣――今は亡き『魔神“最強”』の眷属、“鹿型の魔獣”が駆けている。


 ――獲物を見つけたから?


 ――ただ暴れたいから?


 否。

 


「――やれ、ルクス」


「ああ」


 ――答えは自然界の強者である魔獣、そんな自分を狩る更なる強者から逃げていたから。


「グ……ッガ…………ァァ………………」


 村一番の狩人ちちおやに追い込まれた行き止まり、そこで立ち止まってしまった“鹿型の魔獣”は、樹上から飛び降りてきたその弟子むすこの剣でその生を終えた。


「よっしッ、よくやったルクス! やっぱ狩人は魔獣を狩って一人前だからな!」


「……俺の手柄ではなく、ほとんどお前が追い込んだ狩りだっただろうが」


「ハッ、過程なんざ関係ねーよ。お前がやっさんの最期を狩った……それが全てだ」


 ――少年が父親の手を取った日から、約一年が経過していた。

 その日々の全てを体験したわけではないが、俺と邪神ちゃんも少年の成長を観ていた。


「グス……ルクスもようやく魔獣を狩れるようになって……大きくなったのぉ」


「お前はコイツのなんなんだ邪神」


「母じゃよ」


 ――それは違うだろ。


「……とまあ、冗談はさておき。ルクスから見てこの子はどうじゃ? だいぶ強く、たくましくなったじゃろ?」


 ――俺から見て少年……『ルクス・テラー』がどうか?


「全部ダメだ」


 父親の手を取り、村最強の狩人の技術の継承を始めた。

 強くなったのは認めよう。

 魔獣と対面して地面に手をついていた頃から成長したのも認めよう。


 ――それでも。


「コイツの目標はなんだ? 父の後を継いで狩人になる事なのか? ――違うだろ。強くなりたいんだろ。恋焦がれた出会いを待っているんだろ。なら、コイツは今、何をやっている」


 別に、父の手を取った事は間違いではない。

 自身の剣を信じられないのなら、他の道を取り込もうとするのは正しい。


「揺れている。コイツの中で、大きな芯となっていたはずのモノが揺れ動いている。“執念”が全く足りてない」



「――どうだルクス、俺の後を……狩人を継がないか?」


「俺が、狩人……?」


「あぁそうだ。向いてると思うぜ、俺は」


「……バカを言え。お前のような超人の後継が、俺に務まるわけがない。俺には、どんな相手でも狩れるような強力な武器がないからな」


「――いや、お前は狩人に向いてる。変に自信のある武器があるよりも断然良い。人は窮地で頼りたくなるんだよ、自分のとっておきにな。それが悪いとは言わねーけど、視野が狭まる。その点、ルクスは良い」


 父親は語る。

 自身よりも劣る短剣術や弓術。

 罠作りの腕は良い。罠自体の精度というより、獲物を狩る為の罠の仕掛け方が悪辣あくらつで、その完成度を高めてる。

 最大の懸念点であった森の歩き方も、三ヶ月間に渡るサバイバルでだいぶマシになった。

 彼は「お前は方向音痴だからなぁ。ま、俺が叩き込んだんだから、もう二度と人生で森ん中を迷うことはないだろうが」と笑う。


「ルクス。お前はな、自身の手札を平等に、公平に、過不足なく見定める事が出来る――窮地の活路を切り開くための手札をな。一を極めたところで、その一が通用しなかったら意味がない。でも、お前は自身が極めようとしている一以外の力を求める為に、ちゃんと手を伸ばせる人間だ。そういうマインドは向いてるぜ、狩人にな」


 ――むしろ、俺の方が狩人に向いてないんじゃないかな、と続けながら、父親は少年に聞かせる。


「――すぐに決めろとは言わんよ。ただ、そういう道もあるって心の片隅に置いとけ。どんな道を選んでも、俺は支えてやる。それが俺の――父の役目だ」


「………………あぁ、考えておく」


「おうよ、んじゃ、帰るか! 今日はルクスの魔獣討伐祝いだ!」


 狩った獲物を手に、村へと帰る彼ら。


「次」


 ――場面が変わる。





*――*――*


 俺と邪神ちゃんの目の前で、ソイツは悩んでいた。


「……俺は、どうすれば良い」


 ――成長し、少年から青年へと移り変わろうとしている男。


「強くなった……だが、全然足りていない。このまま、突き進んだところで俺は“彼の物語”について行けずに死ぬだろう」


 ――あぁ、コイツが俺と同じ『ルクス・テラー』なら痛いほどに理解しているはずだ。

 

 幼き身で剣を振り始めたのも。

 

 狩人ちちおやの手を取ったのも。

 

 ここまで生きてきたのも。

 

 ――全ては“ルクス・テラー”の先に至る為に。

 

主人公の冒険に心躍らされた。主人公の言葉に胸を打たれた。主人公の“光”に魂を焦がされた。ルクス・テラーが果たせなかったことを、俺が成し遂げる――そう、誓ったはずなのに」


 ――そうだろう。俺は、ルクス・テラーは必ず光堕ちする。

 その体に転生した時、魂に刻んだ――――


 

 

「俺は“光”として“ラスタ・エトワール”を支えて、この世界を笑って生き抜くと……原作以上に強くなって、物語の“”主人公陣営に合流してやると、誓っただろう」


 



「……おい、邪神……やはりは」


「シッ良いところなんじゃから黙っておれ」



「――なのに、なんだこのていたらくは。あんな魔獣如き、“ラスタ・エトワール”なら一瞬で倒せる。策を弄する必要すらない。誰かと協力しなくとも、その剣の一振りで無力化できる。それなのに俺は……本当に、アイツの側を目指して良いのか?」

 


 ……これは。

 


「俺はただ、光に堕ちれたはずなのに、救いの無い“ルクス・テラー”が、笑って“ラスタ・エトワール”と共に旅する世界を夢見ただけだ……クク、あぁ、夢見ただけなんだよ。俺に夢を叶える力はなかった。悪役にも、主役にもなれない凡人の俺じゃ何も出来ない」


 

 ……この光景は。

 


「――俺は、“後に光堕ちする悪役ルクス・テラー”になるべきではなかった」



 ……この世界はなんだ。

 邪神ちゃんの口振りから、コレが俺――“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”に転生したルクス・テラーが歩んできた軌跡だと考察した。

 

 だが、違う。


「コイツは……誰だ」


 俺の望みは『光堕ち』。

 主人公と共に恋焦がれた冒険を、“ルクス・テラー”では届かなかった事を、この俺が成し遂げると、この体に転生した時、誓ったはずだ。

 それが原点であり原典、俺の始ま――――


「…………………………………………俺の、はじま、り?」


 思い出せ。

 ――俺は誰だ。ルクス・テラーだ。名前も無い田舎の村で育った。両親は……狩人の父と、それを支える母。名は……なんだったか。声、顔? いや、思い出せ。師匠がいた。剣の師匠。俺よりも強い。そこで力を得た。そして教団に入った。覚えてる。全部すべて? 覚えて……いや、俺はいつから『ルクス・テラー』だった?


「俺は、いつから――」


 ――いつから、『光堕ち』を目指した?

 

 最高幹部になったのも“光堕ち”する為だ。

 

 邪神教団に入ったのも“光堕ち”する為だ。

 

 邪神の加護を得たのも“光堕ち”する為だ。

 

 師匠から剣を学んだのも“光堕ち”する為だ。


 思い出せ――頭がひどく痛む。記憶を辿れ――脳の奥底が掻き回される。始まりを忘れるはずがないだろう――うずく。もっと、もっと、もっと前へ――さかのぼれ。

 

 ――なぁ、俺はこの世界に産まれた時、何を望んでいた?



「誰も何も、こやつはルクス・テラーじゃよ。紛れもない、おぬし自身じゃ」



「そんなはずが、ないッ。そもそも俺には……


 ――俺にはこの『ルクス・テラー』のように苦悩していた俺自身の記憶がない。

 俺がこの村で育った事は分かる。

 目の前の『ルクス・テラー』が幼き俺と同じ姿なのも分かる。

 俺が“光”に恋焦がれていたことも分かる。


 ――でも似ているようで、根幹が決定的に違うのだ。

 俺が目指したのは『光堕ち』。

 “ラスタ・エトワール”と共に歩む為に。

 原作以上の強さを手にする為に。

 ルクス・テラーがこの世界で生きる為に。


 その為に俺は斬り捨て続け、深い闇の底を全身全霊で突き進んできたはずなのだ。


「クク、子供の頃の事を仔細に把握してる人間なぞおらんよ。我ら神とは異なり、時を経るごとに風化し、時には都合良く記憶を改竄かいざんしていく……それが人間じゃろ。良くも悪くも、成長と共に人は変わる――ただ、幼きルクス・テラーはであっただけじゃ」


 邪神ちゃんはなんて事のないように、当たり前の事を子に教えるように、彼女は優しく俺にさとしてくる。


 それは正論だ。

 子供の頃の自分が何を考えていたのかを、大人になってから完璧に思い出すなんて不可能。

 昨日の事を一から百まで全てを過不足なく思い出す事すら人間には難しく、子供の時の記憶なんて尚更である。

 忘れる事も、思い出せない事も、覚えたくない事も……そうして欠けた部分をデタラメにおぎなう事もある。

 

 ――しかし、俺は普通の子供ではない。

 俺は“ルクス・テラー”に転生した一般人だ。

 生憎、転生前の事を全て思い出せと言われれば不可能だが、転生した後の軌跡を、憧れに至るまでの過程を忘れるはずが――



「さぁさ、この物語も終盤じゃ。次にゆくぞ」


 ――彼女が俺の手を引き、また場面が変わる。



 



*――*――*


 次の場面は『ルクス・テラー』の家であった。

 朝早く、父親が寝過ごしている時、子と母が居間に揃う。

 狩りの準備をするくすんだ灰白色の髪をした息子と、朝食の準備をする綺麗な黒髪の母親。

 各々が別々の事をしながら、彼らは会話をしていた。


「ねぇルクス」


「……なんだ?」


「貴方、最近働きすぎよ。父さんに言われたんでしょう? 自分の後を継がないかって。焦ってるのはそのせいかしら」


「それは……」


「――それとも、貴方の夢のせい?」


「!」


 その言葉に、『ルクス・テラー』は目を見開いた。


「夢があるんでしょう? 狩人の技じゃなくて、剣を学び始めたのもソレが理由。貴方はずっと、その夢を叶える為にもがいてきた」


「……なぜ、分かった?」


「――親だもの。十年以上貴方を見てきた。それくらい当たり前よ。あまり、親を舐めない方が良いわ。それで、何に悩んでいるの?」


「…………俺は、何になるべきだ。夢を叶えられる程の実力も、村一番の狩人の後を継げる程の実力もない。ハッ、俺は一体、誰になりたいんだろうな」


「ふーん。ま、私は知らないわ」


「……は?」


「だって、貴方が何になるべきかなんて、私が知るワケないでしょう?」


 ――でもね、ルクス。


「夢っていうのは自分が“今”、心の底から一番欲しいと叫べるモノのことよ。だから、夢は曖昧あいまいで簡単に移り変わる。なにせ、“今”にならないと何が欲しいのかなんて分からないんだから」


「……俺が、今一番欲しいモノ」


「ルクスの夢は、ルクスにしか叶えられない。他人に惑わされるな、他人に委ねるな。貴方の心の奥底ゆめは、貴方にしか触れられない――それで、貴方は今、何が欲しいの? 何に、己の全てを捧げたいの?」


 ――『ルクス・テラー』の夢とはなんだ。

 ――その夢は“光堕ち”のはずだ。


「父さんは、私が一番欲しかったからこの村に残ったの。私が故郷から離れたくないって言ったから、あの人はここにいるの。たくさん悩みなさい。悩み抜いたその先に、貴方の本心ゆめはあるはずよ……ま、父さんは一瞬で私を選んだけれどね」


 クスリと微笑みながら、母親は悩める我が子に教授した。

 この小さな村で狩人を継ぐか、村の外の広い世界で“光”として旅をするか。『ルクス・テラー』が選んだのは――



「俺は――彼らの英雄譚に憧れた。彼らのような輝かしい“光”と共に旅をする……そんな夢物語に憧れた。

 ――あぁ、俺は……ずっと見続けた夢を叶えて“光”になりたい」



「……そう、父さんは悲しむかもしれないわね。自分の息子が後を継ぐかもしれなかったのに。でも、祝ってくれるのは間違いないわ」



 

 

 ――かくして、『ルクス・テラー』の旅立ちが決まる。


 


「クク、良いのう。良き母に良き父、彼らから巣立とうとする子供。実に我好みで、とても美しい関係じゃな……さて、次がこの劇の終幕――クライマックスと行こうか」


 ――場面が、変わる。




 これは、どこまでも純粋に“光”を求める男の物語

 人は環境により変質し、この世には生まれながらにして正義である人間も、生まれながらにして邪悪である人間も、どちらも“絶対に”存在しない……そんなはずないでしょう?



 

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後に光堕ちする悪役に転生したら、気付けば邪神教団の最高幹部になってました。〜教団の最高戦力?邪神様の忠実なる使徒?主人公陣営に合流する前に強くなろうとしただけですが??〜 七篠樫宮 @kashimiya_maverick

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