18 女神は謳う、追憶に歌う

『“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”』――彼の過去は謎に満ちている。

 ――物語最序盤に出会う敵。

 ――邪神教団の最弱幹部。

 ――世界に混沌を振りまく邪悪と敵対し、邪神を倒そうとしている主人公に力を貸した彼。

 ――“ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公”を庇い、その生涯の幕を閉じる人物。

 ――そして、死して“光”となった男。


 サーガシリーズ人気上位、『後に光堕ちする悪役ルクス・テラー』。

 原作が始まってからの彼の行動は、全ての時系列とは言わないまでも、大まかな流れは明かされている。

 聖都での“主人公ラスタ”との遭遇エンカウント、その後の助力、他の教団幹部陣との敵対――邪神のにえとなる最期。


 彼が原作ゲームにて、主人公プレイヤーと出会った後の軌跡は既に判明している。


 ――では、その前は?


 ――教団の幹部として、主人公の故郷襲撃を指揮する前は?

 

 ――邪神教団最弱の幹部と呼ばれるようになる前は?

 

 ――そもそも、邪神教団に入る前は、“ルクス・テラー”は何をしていたのか?


 その答えは単純。

 


原作陣完全未回答神のみぞ知る



 “ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”の人生、その軌跡の全てを知る者は存在しない。

 本人は語らず死に、彼と一番関わりがあったであろう“邪神教団”は他でもない“主人公”に滅ぼされることになるのだから。

 邪神教団編が終わった後も、彼の経歴に関する情報を手に入れる事はない。



 ――では、そんな未確認の人生アンノウン・ライフを持つ“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”の出生はどんなモノなのだろうか。


 神に滅ぼされた亡国の王子?

 古の暗殺教団の末裔?

 無才を天才に変える実験施設の被験体?


 ――否。


 “ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”の生まれは――



「――ハハ、どうだ。今日は熊が罠にかかってな! 御馳走ごちそうだぞ!」


「うまい」


「そらそうだ、母さんが腕によりをかけた絶品料理! マズイわけがない……いや、マズイと言ったら俺がブン殴ってる!」


「あらあら、久しぶりに大物を狩れたからって、父さんたら気が大きくなってるのかしらね。ほら、ルクス。あなたも育ち盛りなんだから、父さんに負けないくらいたくさん食べるのよ」


「わかってる」


 

 ――なんて事のない周囲を森に囲まれた辺鄙へんぴな田舎町。そこに住まう村一番の狩人の家、それが彼が生まれた場所であった。


 陽が沈む頃。

 家の中で料理を囲む三人の男女。

 酒を片手に大声で笑う灰色の髪をした偉丈夫と、その横でニコニコと皿に料理をよそう綺麗な黒色をした美人。

 ――そんな二人に見守られながら肉を食べる、くすんだ灰色の髪をした男の子。


 

 俺と邪神ちゃんは、彼ら家族を横から眺めていた。


「熊肉の煮込みラグーか? 美味しそうじゃの。我も食べたくなってきた」


 目の前にある暖かい湯気の立ち昇る美味しそうな料理達。

 それらを前にして、二本の角を頭から生やしている“のじゃロリ邪神”が俺の肩を揺すりながら強請ねだってくる。


「のうのう、どうじゃルクス。おぬしも作れたりせんか?」


「…………」


 俺が彼女の声を無視している間も、三人の家族の団欒だんらんは続いていく。


「――そうだルクス、鍛冶屋のおやっさんから聞いたが剣の練習を始めたんだってな?」


 偉丈夫――子の父親が話し出した。


「あら、そうなの? でも、良い事じゃない」


「そうだな。別に剣を学ぶ事自体は問題じゃない。むしろ、色々と物騒な世の中なんだから、力をつけた方が良い」


 ――だが、と力強く父親は手を机に置きながら叫ぶ。


「――だがッ、なぜ剣なんだ! まあ、確かにおやっさんは子供に甘い! 母さんがたまに作ってくれるケーキよりも甘い! 簡単に木の剣をくれるし、アドバイスもしてくれるだろうな!」


「あの人優しいものねぇ〜。万が一は起こらないんじゃないかしら」


「そこは全くもって心配してない! なんなら、さっき肉のお裾分けついでに頭下げて来た! でもな、俺が言いたいのはそこじゃあないんだ……」


 机に顔を伏せる父親と、ニコニコ笑顔を崩さない母親、我関せず食事を続ける子供。

 父親は呟いた。


「……別に、俺で良くないか。俺、この村一番の狩人だぞ? 熊とか猪とかの獣だけじゃない、魔物だって一対一タイマンでも割と倒せるぞ? 弓矢や短剣、罠の扱い方から森で迷わない歩き方まで、なんでも教えられるぞ? 冗談抜きに俺、村最強だぞ?」


「そうねぇ、父さんは私をめとる時も同年代の子達全員倒してたものね〜懐かしいわ」


「なら、俺で良くないッ!? この前、弓矢とかナイフとかに興味津々だったじゃん! ブンブン振ってたじゃん!

 ――ルクス、剣と俺、どっちがいいんだ?」


「剣」


「なぜだッ!?」


「……そっちの方がカッコいいから」


「グハッ……!」


「あらあら、致命傷ね」


 我が子から与えられた撃で机に倒れ伏す父親。


「――ごちそうさま。おいしかった」


 ノックアウトした本人こどもは丁寧に手を合わせ、皿を片そうとする。

 そして居間を去ろうとする彼に、父親はふと思い出したかのように起き上がって言い放った。


「――そうだ、ルクス。別に剣の練習するのは百万歩譲って良いんだが……森の奥には行くなよ。たぶん、魔獣が潜んでる。最近獲物が減ったのもそのせいだ。絶対に近づくな。もし、村に降りて来たら全力で逃げろ。そして俺を呼べ。俺の家族を傷つけるヤツは神様だろうがブッ殺す」


「わかった」


 ――今度こそ、その言葉を聞いた子供は部屋から出て行く。


 俺と邪神ちゃんは、その光景をジッと見ていた。


「家族を愛し守ろうとする、良い父親じゃな。そしてなにより、ソレを有言実行できるだけの才と力がある。おぬしもそう思うじゃろ、ルクス?」


「…………」


「ほら、次じゃ次。ここの時間は無限に近しい有限じゃからな、早くゆくぞ」


 未だ座ったままの男女おやから背を向け、邪神ちゃんは子供が出て行った扉に向かっていく。

 この場に残ったところで何もする事がない俺も、その後ろ姿について行き、部屋から出ようとして――彼らの声が耳に届いた。



「――それで、あの子は強くなれそう?」


「分からん。でも、才能は無い。たぶん、アイツが十年剣を学んでも、俺が今からテキトーに振った剣の方が強い」


「……それは」


「でも、楽しそうに笑ってた。成長ってのは直線じゃない。何かの影響で、急に跳ね上がることもある。

 ――せっかくルクスが年相応な顔して頑張ってるんだ。なら、それを支えるのが俺達の役目だろ。それに、アイツが俺なんかには測れない才能の持ち主って可能性も十分にある!」


「……ふふ、そうね。ここを出れば“英雄”になれたかもしれなかったのに、私なんかを捕まえた貴方の見る目のなさは筋金入りよ――そんな貴方の子ならきっと、どんな道でも突き進めるわ」


 ――そんな“”声に振り返らず、俺も部屋から去った。






 

*――*――*


「――ふむルクス。さすがの我も、思うところがあるんじゃが」


 邪神ちゃんが声を掛けてくる。

 

「……昨日の今日で、森の奥目掛けて全力で直進するのは流石にどうなんじゃ?」


 

「――フッ、俺の英雄街道は誰にも止められないっ!」


 

 目の前で木剣を振り回しながら進んで行く男の子。

 昨晩、あれだけ父親から注意を受けていたというのに、無我夢中で突き進む彼の姿を見て、さしもの邪神も本音をこぼしていた。


「こんな田舎の村の狩人が倒せる程度の魔獣……俺一人で倒してやる!」


 ――そんでレベルアップだ、と少年は森の中で大声を出す。

 森というのは足場も悪く、視界も狭まる。

 道を誤ればすぐに迷子になり、音や匂いで害獣もやってくる。


 そんな森の中に軽装、木の剣、大声、特に目印無しと、数え満で挑もうとする彼。

 

 側から見ている俺ですら『無謀が過ぎる』と考えていたら、案の定、厄介事は向こうからやって来た。


「……ん、敵か? 敵だな!」


「――プギィッ!」


「ははっ、カムミー経験値イノシシ君!」

 

 木々の間、茂みから現れたのは一匹のイノシシであった。


「おお、これは倒せるのか? いやまぁ、おぬしがここにおるんだから、倒せるのじゃろうが迫力がすごいの!」


 腹を空かせているのだろうか、口からヨダレを垂らし、興奮しているのか眼が血走っている。

 目の前の少年を自らのエサとしか見ていない獣の姿。

 少年と同じ年頃の子供が相対すれば、腰を抜かして何も出来なくなりそうな場面で、木の剣を構えた彼はニヤリと笑っていた。


「イノシシ……つまりは非常食ザコモンスターか。俺の初陣には少し格が足りてないが問題無い……。

 ――来い。その大きな鼻を蹴り上げてやる!」


「――ブギィぃヤッ!」


 彼の気迫がこもった言葉に応えるかのように、イノシシが駆ける。

 その目標は正面、剣を両手で正眼に構える彼。


「これが俺の秘技――」

 

 数瞬、イノシシが剣の間合いに入ろうとした刹那。


「――騙し打ちだ」


 ヒョイ、と彼は身をひるがえした。

 明らかに正面から激突し戦い始める王道展開、そんなお約束を完全に無視して少年はイノシシの突撃を華麗にかわした。


「知っているぞ。イノシシは急には止まれない」


 ――だって、説明文テキストに書いてあったからな。


「ほら、ズドンだ」


 少年という突進の標的を逃したイノシシは、慌ててスピードを落として止まろうとするが間に合わない。

 ここは平原でもなければ、舗装された街道でもない。


「ブギィャアッ」


 森の中を全力で走れば、どんな獣も樹に当たる。


「ほう、やるな」


 観客である邪神ちゃんが感嘆の声を上げる中、彼の戦闘は進む。


「まず、斬るべきはお前の一番の武器――その足」


 ――大木にぶつかり混乱しているイノシシの足を、木の剣で叩いて壊す。


「ギャァッ」


 ――次に悲鳴をあげてのたうち回るイノシシの横腹をぶっ飛ばす。


「そして、最後。俺は言ったはずだ」


 足を壊され、地面に倒れながらも生を諦めていないイノシシに、少年は告げた。


「――その鼻を蹴り飛ばしてやるとな」


 “原作ゲーム”の説明文テキストに載っていた弱点、その大きな鼻を蹴り飛ばし――


「プギャ」


「これでチェック」


 ――脳天に木剣を叩き下ろした。

 身じろぎもせずに地に伏したイノシシを前に、少年は剣を掲げて勝利を宣言する。


「俺の勝ちだ……クク、この調子でレベルを上げれば、俺が“アイツ”に並ぶ日もそう遠くないな」


 記念すべき初陣、手にしたのは無傷の勝利。

 喜ばないはずがなく、そこに生まれるのは慢心。

 


 ――そして、油断した獲物を狩人は逃がさない。



 彼が倒したイノシシはヨダレを垂らして腹を空かしていた。

 眼が血走り、興奮をあらわにしていた。


 ――それは何故か?


『――そうだ、ルクス。森の奥には行くなよ。たぶん、魔獣が潜んでる。最近獲物が減ったのもそのせいだ。絶対に近づくな。もし、村に降りて来たら全力で逃げろ。そして俺を呼べ。俺の家族を傷つけるヤツは神様だろうがブッ殺す』


 ――自身が喰らうエサが減っていた。自身を喰らおうとする強者を警戒していた。



「――――ギィシャッ」



 倒されたイノシシはもちろん気付かない。

 イノシシを倒して周囲への警戒を疎かにしている少年はもちろん気付かない。


 その場で気づいているのは、観客者オーディエンスである俺と邪神ちゃん――そして、もう一人だけ。


 

 空腹でボロボロなイノシシの突進とは全く違う、遥かに速いスピードで木々の間を駆け抜ける“狼型の魔獣”。

 魔獣特有のあかい瞳の残光を空間に刻みながら、二匹のエサを喰らおうとする。


「……なんだッ!」


 少年が気付いた時には魔獣との距離は数メートル。


「やっば……ッ!」




「――――騙し打ちってのは良い。勝ちに過程なんて関係ねぇからな。油断した獲物を狙うのも良い。狩人の十八番おはこだ」



 その数メートルの間に降り立ったのは、先ほどから少年の初陣を見守っていた三人目。



「だから、テメェの敗因はたった一つ。俺の家族を狙った……それだけさ」


「ギィヤッ」


 現れた男――村一番の狩人は手に持っていた短剣を振る。

 舞う銀閃は一切の流血をもたらさずに、一瞬で襲いかかる魔獣を無力化した。


「……これは、凄まじい。どこの神の加護を得て……いや、どれだけの修練をしたのじゃ?」


 

「よおルクス。猪をぶっ飛ばした褒め言葉と、森を一人で突き進んだお仕置き、どっちを先に受け取りたい?」



 魔獣を一瞬で殺した狩人――驚きで地面に手のひらをついている少年の父親がニヤリと笑う。


「ちなみに俺のオススメは後者だ。先に俺に叱られといた方が得だぜ。なにせ我らが“テラー”家の大魔王、母さんのお仕置きは精神的にくるからな……あと、逃げるのは推奨しない。目が泳いでんぜ」


 その言葉を受け少年――『ルクス・テラー』は、静かに両手を挙げて降参した。


 父親に持ち上げられて、森から村へと帰る男の子ルクス

 片手に息子を、片手に獲物を持った父から叱りの言葉と褒め言葉を受け取っている。

 

「ん、次の場面か。ゆくぞルクス」


 二人の後ろに続こうとする邪神ちゃん――――



「待て」



 ――を呼び止めた。


「……なんじゃ、ようやくダンマリをやめる気になったかの?」


「これは、はなんだ」


 目が覚めれば、目の前には邪神と灰色の髪をしたどこか見覚えのある特徴を持つ少年。

 肌で感じる森特有の空気感に、鼻につく獣の匂い。

 邪神ちゃん――彼女の意思で移り変わる場面と、こちらからは一切干渉できない演劇を観ている感覚。


「最初は夢だと思った。再び目を瞑れば、現実に帰るだろうと考えた」


 ――だが、違う。


「ここは現実だ。この“あり得ない”世界、ここで得る情報の全てが現実だと伝えてくる」


 とりあえず大人しく彼女について行った。

 ――俺が出来ることは何も無く、俺に対する害も無かったのだから。

 

『ルクス・テラー』と呼ばれる少年の生活を観て一喜一憂する邪神ちゃんの姿、それを見てこの世界が彼女の権能によるモノだとは想像がついた。

 ――それならば俺に影響はないだろうと判断した。


「もう一度聞くぞ。ここはなんだ。お前は俺に、何を望んでいる?」


 それでも、良い加減飽きてくる。

 俺が目を覚ます前、『聖騎士』との戦いはどうなったのかも気になる。

 ここは夢ではなく現実だろうが、での現実はどうなっているのかも分からない。


 

「我が、何を望んでいるか?」

 


 俺の疑問を受けて、邪神ちゃんは楽しそうに笑い、たのしそうに――わらった。

 


「――見届けよ。喜劇を、悲劇を。どこまでも純粋で、どこまでも邪悪な、この物語を我と共に見届けよ」


 

 ――それが我……『邪神』の名を掲げる神の神意じゃ。


 

「それに、“ここ”が何かなんて、おぬしが一番分かっておろう」

 


 ――忘れていた。

 

 見た目相応の子供らしい態度を見せているのかと思いきや、見る者の心をゾッとさせる底知れない神威オーラまとう時もある彼女。

 俺と会う時は、紫髪を振り回して駄々をこねていることが多いが、二本の角を立派に伸ばして笑うこの“のじゃロリ”は――世界の破滅を願う邪悪なる神。


 

「この世界は幻覚でも、死後の世界でも、夢でもない――ここは、邪神たる我が創り上げた追憶の世界」

 


『邪神ちゃん』なんて呼んでいるが、その正体は人心をもてあそぶ人智を超越した最恐の神サマ。

 


「もう一度告げようか、ルクス・テラー。しばし我に付き合え」


 

 ――さすれば、おぬしの疑問の全ては晴れるだろう。

 


 

 これは、光堕ちを目指すに至る男の物語。

 ドローっ! こっから先は、邪神ちゃんのターン! 神世界で貴方の精神ハートにダイレクトアタック!

 

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