第6話
忘れていた。彼が言っていた『尾行者』のことを――
「少尉、大丈夫ですか?」
そして、アトルシャン・ミックスは、私の協力者として送られてきた捜査官であることを――
気が付けは、私は彼に階段から引き釣り降ろされ、地下で尻餅をついている。地上から入る明かり……それをよく見れば、空中に弾丸が留まっていた。
――魔法か!?
「この弾丸は……どこかで見たことが――」
ミックスはその弾丸を手に取ると、不思議そうに眺めていた。
彼が言っていた『尾行者』は、私が地下室から出るのを待ち構えて狙撃してきたのだ。
「なんのために? こんなことを――」
疑問を口にした。が、状況を分析できる時間はあった。
私を狙撃した尾行者と、私たちより前に侵入したものは同一人物なのであろう。
国宝の『
「誰なんだ。『メーテール』を戻ることを阻止しているのは?」
私は疑問を彼にぶつけた。
そうだ、誰かが偽の宝石をエオス王国の女王に見せて、外交問題に発展させようとしている。
単純に考えて、国境問題で揉めている隣国のオルフェスであろう。だが、単純すぎる。
「さあ、今のところ証拠は……あるか」
と、彼の答えは素っ気ないものだった。そして、先程、私に飛んできた弾丸を見せる。
使われた弾丸は、ごくありふれた規格のものだ。
「でも、決め手にはならない」
彼の言うとおり、その弾丸は、我が帝国にある兵器メーカーのガーデン商会が規格したものだ。その規格の弾丸を発射できる小銃など、世界に何千丁とある。出来るとしたら、銃を特定するライフル痕であろうが、世界中の銃から探し出すのは不可能だ。
「ここに閉じこもっていても仕方がない。狙撃者を追っ払いましょう」
「どうするというのだ?」
地下から出れば、狙撃されるだろう。
「方向が判れば、脅して退散させる――」
と、呟きながら階段をゆっくりと上がり始めた。左手に持ったダイリチウムから、右手に再び光を移動させた。気が付けば、彼の持つダイリチウムは、赤黒い光から色が抜けて青くなり始めている。
聞いたことはある。ダイリチウムは、マナニウムを蓄積すると血のように赤く輝き、無くなると元の透き通った青へと――
――こちらも弾切れに……
そう思っていても、見ているしかなかった。
ミックスが地上に頭を出した瞬間、再び乾いた破裂音がこだました。しかし、彼は動かない。弾丸はこの距離から見えないが、彼に当たっていないのであろう。
そして、射撃者の方向を見極めたのだろう。右手の
私には見えない。階段の一番下で座り込んでいる情けない男には、彼の背中と、音で状況を確認することした出来なかった。
どこか遠くで破裂音がする。すると、ミックスは進み地上に全身を出した。
無音がしばらく続くと、
「大丈夫。狙撃者はいなくなりました」
そう彼が階段をのぞき込んできた。
「――すまない」
私は何も出来なかった。武器は……懐に拳銃を忍ばせているが、彼のように魔法は使えない。散々なお荷物だ。彼なしには今回の事件を解決できなかったであろう。
恐る恐る地上に出た私は、彼に質問をした。
「狙撃者は――」
「逃げられました。まあ、ここで倒せるとは思っていませんし、また会えるでしよう」
「そうか――」
それぐらいしか私は口にするとが出来なかった。
「さて、あなたには『メーテール』を運ぶ仕事がまだ残っていますよ」
「帝都まで来てくれないのか?」
自分が無力で仕方がない。彼は任務に忠実であり、嫌っていたことを恥じてばかりだ。だが、この先のことを考えると、運んでいる最中に襲われるとも限らない。
是非とも、彼にはいてほしいと思っているのだが――
「んん~……僕の任務は、『メーテール』を見つけるまでです。それに、狙撃者……尾行者、なんと言ったらいいのか。あちらはこれ以上、手を出してこないと思いますよ」
「何を根拠に?」
私の質問に彼はニッコリと微笑んで見せた。
「――カンです」
そう言うと、廃墟を後に歩き始めた。
ヘベルの街に戻るためだ。
終わってみると、呆気ないものであったが……私は街に戻ると、国宝の奪還に成功したことを帝都サクラにいる上官に電報を送った。それから、国内の鉄道にて帝都への凱旋を果たすこととなった。
今回の事で、アトルシャン・ミックスに対しての『胡散臭い男』という評価は修正しても問題ないだろう。なにせ私の命を助けたのだから――
ただ、帰り際、国際列車で西に戻るという彼が、
「そうだ、もしエオス王国の女王にあったら、どんな顔をしていたか教えてください」
そんな言葉を残していった。
――どうして女王陛下の顔色を気にしたのか。
私の知らないことが、まだあるのかもしれない――
〈了〉
いつまでも輝く母へ~灰色の習作~ 大月クマ @smurakam1978
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