第5話

 何故、こんな単純なところを調べなかったのだろうか。

 我が帝国の伝統的な住居の作りを考えたら、地下室は調理場の近くにあるはずだ。地下食料庫を備えるのは定番だ。

 腹が立つのは5年前の事件関係者が、手を付けていなかったことだ。


 ――『いつまでも輝く母メーテール』はどうでもいいのか。


 外国から贈られたものを満足に警護できないとなれば、我が帝国の恥じだ。

 贈ったエオス王国と外交問題になりかねない。海運を支えるマリネリス湾の入り口を塞がれてしまう。そうなれば、他国との交流は馬車や徒歩、目の前にいるミックスが所属する国際鉄道のどちらかしかない。それは船舶に比べれば、運べる物資は圧倒的に少ない。

「これは!?」

 調理場近くまでやってきた。地下室へ降りる階段が見える。だが、石の壁が倒されていた。


 ――この状況から、捕り物劇の時ではないな。


 最近まで壁は立っていたが、瓦礫の下に新たに芽吹いた草の葉が見える。5年前の火事の後で幾分か経った後、倒されたであろう。それも意図的にだ。

 少々、馬鹿にしているところがある。

 地下室の階段を塞いでいた瓦礫の一部が、脇に積まれていた。焼けた木材など地下室に入るために、退けたことは確かだ。だが、侵入した者は痕跡を消すのではないだろうか。

 それを「どうぞ私は先に入りました」と、言わんばかりに――

「邪魔だなぁ――」

 私はミックスの声で、見えない侵入者への思考が現実に戻された。

 彼も先に侵入者がいたことは気付いているはずだが、それよりも地下室への入るのを優先したようだ。

 例の魔力蓄積装置ダイリチウムのランタンを取り出すと、片手をかざし、そこから光の一部を取り出すような動きをする。片手に乗せられた光は、クルクルと渦を巻いて回り始め、僅かに見える地下室の入り口にそれを放り込んだ。

「離れて!」

 彼の指示に、残っている石の壁に隠れた。

 私の姿が消えるかどうかギリギリのところで、魔法が大きな音と共に破裂した。塞いでいた瓦礫を吹き飛ばし、土煙と少々の小石が舞い上がり、頭の上に降りそそぐ。


 ――なんという魔法なのか……聞かないでおこう。


 魔法士は、魔法の大系が云々とかうるさい。すぐに分類したがる癖がある。

 入り口さえ開いてくれれば、私にはどうでもいいことだ。

「行きましょう!」

「無論だ――」

 彼に言われるまでもない。

 すぐに地下室への階段を下りていった。



 地下室は暗黒であったが、明かりはミックスの持つ、ダイリチウムの光で十分事足りた。

 部屋はふたつあり、食料の保存場所と思っていたところは、乾燥したゴミと化したものが散乱している。ネズミもいたようだが……「気持ちが悪い」と、明かりを持つ、彼があまり中を照らしてくれなかった。

 そして、もうひとつ。そこは作業場のようなところだった。

「職人の工房……なんのでしょうか?」

 ダイリチウムのランタンから、大豆ほどの光の玉がまたひとつ飛び出す。と、急に作業場が明るくなった。部屋の中央付近で明かりが輝いている。よく見ると、それは大きな燭台の上のロウソクだ。

 使いかけのロウソクがまだ残っており、それに魔法で火を付けたようだ。

 職人の部屋といったところか……周りを見渡しても、何に使う道具かよく判らない。まあ砥石類は判るが、抱えるほどの大きなものは見たことがない。そして均一にホコリが被っているかに見えたが……所々、積もっていない場所があった。


 ――やはり侵入者がいたか。だが、何故こんなことをするのか、理解できない。


 そう思いたくなるものが、目の前にあった。

 机の上、棒はかりが置かれ、その片方の皿の上に輝くものを見つけた。


 ――メーテール!


 それは紛れもなく、『いつまでも輝く母メーテール』である。先に来た侵入者は何故、取って帰らなかったのか疑問が残る。しかし、これを持ち帰れば、私の首は免れるし、我が帝国の尊厳も護られる。

 無意識のうちに、歩き出し国宝を手にしていた。

「ちょっと!?」

 だが、ミックスの気に障ったようである。

 彼は何をしているのかと言えば、床に積もったホコリの上……そこにある先に侵入した者の足跡を観察していたようだ。

「何をしている。早くこの国宝を持ち帰らなければ!」

「そうだけど……これは、簡単な窃盗事件ではないでしょ」

「いや、十分だ」

 私は国宝に気を取られてしまったのかもしれない。

 彼を無視して、気付いたときには『メーテール』を持ち帰るべく、地上に出る階段を駆け上がっていた。


 その時だ!


 バンッと、乾いた破裂音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る