第4話

「銀行強盗の分け前で、不公平を理由に仲間を売るとは思えないんだけど――」

 ミックスの感想も納得が行く。

 辻馬車タクシーを走らせて、私たちがやってきたのは、ヘベルの郊外にある廃墟だ。

 5年前は、庭付きの豪華な住宅であったであろう。だが、今はどうだ。荒れた庭に、屋根が焼け落ちた住宅があるのみ。そして、管理者がいないのにもかかわらず、その一角を囲む塀だけが存在感を示していた。

「元没落貴族。ここが別邸だったようだが、地方の本邸や領地は抵当に入っていって実質、男の唯一財産だったらしい。賊のアジトになっていたとか」

「で、捕り物劇の末に、火事が起きて屋敷は崩壊と――」

 ミックスが言うように、報告書では逮捕劇の途中、どちらかが火を付けた。家具やら絨毯、屋根に至るまですべて焼け落ちたようにみえる。

 敷地に入るための鉄格子の門も赤さびが浮いている。その門に触るのを一瞬、ミックスは躊躇したのが見えた。そして、錆び付いた鉄格子に触ろうとはせず、こちらに助けを求めるような顔をする。


 ――何があるというのだ。


 この男のこういうところが、よく判らない。どうも潔癖症なのか、外出先で汚れてもいいように、手袋をしているのに。しかも躊躇なく人に押し付けるのは、勘弁してほしい。

 私も大人なので、文句は口にしないが、先に門を開けて中に入った。

 続けて、赤さびが服に当たらないように注意しながら、ミックスは身体をくねられて入ってくる。

 私が先を進む形で、住宅跡に進んでいると、

「振り向かずに、聞いてほしい――」

 と、小声で話しかけてきた。

「先程から、誰かが僕たちを付けています」

 何ッ? と、声を上げかけたが、私は押し殺して彼の言葉に耳を傾ける。

「ともかく、振り向かずに住宅跡まで行きましょう」

 確認したいが、今は彼の言うことを信じるしかない。

 跡地に来ると、焼け残った石造り壁を背にして、我々は隠れた。

「いつから判ったのだ?」

 私の質問にミックス君は嬉しそうに答える。

「辻馬車を降りたあたりで――手前の角で見えないように別の辻馬車が止まったけど、馬の唸り声が微かに聞こえだ。動物だから仕方かない事だけど」

「君の考えすぎでは?」

「いやいや、へんぴなところに来ると思う? ホテルとかならまだしも、駅前から直接なんて。尾行していたと考えていいでしょ? 

 これからは慎重に行動を。相手の尾行の理由も分からないですから――」

 そう彼は説明したが、駅だって隣接する直営ホテルがあるそこから……いや、すべてを否定するのには情報が不足している。

 ここはやはり、ミックスを信じることとしよう。

 尾行相手がどこまで近づいてきているか……見える範囲は、先程の門までの10数ヤードであろう。崩れていない塀に隠れているのか、私には姿は見えなかった。

「さてと――」

 私の心配を尻目に、ミックスは焼け落ちた住宅を見回した。

 元々は2階建て。壁や主要な場所は石造りであるため残っているが、屋根や天井を支える梁、2階の床や家具などの調度品に至るまで焼け焦げている。只、自然というものはたくましいもので、そんな場所でも、日の当たりそうなところには、緑が息吹いているのが確認出来た。

「もちろん、火事の後の見聞は行われているよね」

 私が渡した事件資料を、彼はペラペラとめくっている。が、最後までめくり終えると、

「やっていないの!?」

 と、大声を出した。近くに追尾者がいるというのに――

 確かに焼けた瓦礫が散乱しているのみだ。

「状況からして、賊を捕まえて満足してしまったようだな。形式的な簡単な見聞のみだ。瓦礫を退かして、隅々まで『いつまでも輝く母メーテール』を捜していない。

 この街の警邏隊は……なんというお粗末な後始末だ」

 行き過ぎた尋問もそうだが、この事件が解決できたら問題にしてやる。

 そう誓いかけたが、今のところ解決できる見込みはない。

 頼りになるのは、まだこの街に『メーテール』があるという彼の言葉だけだ。

「ホントに、誰も調べていない?」

 と、再び首をかしげた。

「火事の出火元はどこでしょう」

 独り言のように呟いた。私に質問しているわけではないだろうが、

「賊は潜伏して話し合っていた。「おい、あいつがいないぞ」と――だから、集合していた。例えば、居間とかでランプを蹴飛ばしたとか?」

 そういえば、先程、今を通ったが、非道く焼けているといった印象はなかった。せいぜい窓のカーテンだったものや窓枠ぐらいか。

「1階にある居間というより、2階でしょう。床が崩れ落ちているのを考えれば、火は上の階で燃えて、下に……1階に落下したが――」

「何か不思議なことでも?」

 私も見回してみたが、正直いって火災現場の検証など初めてだ。何が不自然なことがあるのであろうが、彼が見つけ出せて、私が見つけ出せていないのは実に悔しいかぎりだ。

「僕もあまり火災現場なんて見ないですが――

 もし少尉。あなたなら、ものを隠すのにはどこが1番だと思いますか?」

「ぶしつけな質問だな」

 5年前にこの街の警邏隊がちゃんと現場検証をしていたら、ミックスと廃墟を探索しなくてもいいかもしれない。しかし、今はしなくては前に進めないようだ。謎の追尾者も抱えては、面倒になる。

「私なら枕の下かな」

 と、返した私を、ミックスは呆気にとられたような顔で見てくる。

「――質問の仕方を間違えましたか? この国の言葉は難しいです。

 あなたが、『メーテール』を盗んだとして、どこに隠しますか? 家の中で。自分がいないときも、家に隠すとしたら――」

「普通はそういう貴重品なら肌身から離さないだろ……あッ!」

 ひとつのことが思い浮かんだが、それを彼に先に言われてしまった。

「飲み込むのは無し。体内からなんとか取り出すにしても……自殺した男やその他も、司法解剖やらでバラバラにしていませんか? 『賊の身体からダイヤモンドが出た!』なんて報告が上がっていないでしょ?」

「最悪、体内に入れることはするだろう」

「まあ最悪は――でも、もう少し現実的にお願いします」

「現実的にか……金庫か、地下室――」

「では、地下室を……この国の一般的な住居で、地下室はどの辺にありますか?」

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