第3話

「では、僕の情報としては、市場に出回っていない。表にも裏にも」

「個人の収集家コレクターは――」

「有名な宝石なんですから、誰かの口から漏れるものです。コレクターというものは自慢したくなる。それには5年は十分すぎているでしょ?

 持ち出すとして、個人は安全ではない。ヘベルあなた方の検問は徹底しています。貨物に乗せるとしても、帝国内からは専用の検問を通ることになる。どちらも安全ではない。

 だとしたら、まだこの街に残っていると考えが妥当ではないですか?」

 葉巻を咥えているミックスの、言うとおりかもしれない。

 ということは、私の首は繋がるかもしれないということだ。

 5年もの間この国境の街ヘベルのどこかに眠っているというのなら――だが、

「あれだけのダイヤモンドだ。割って売りさばく事はないのか?」

「それは賭けですね。でも、そんな勿体ないことしますか?

 それに、そんな時間はなかったと思います。ダイヤモンドの加工には――

 では、少尉。お願いした5年前の事件の報告書を見せてくれますか?」

 この日、合流する捜査官に渡すようにと、上官から頼まれていたものがあった。

 5年前の盗難事件の報告書。それと、握り潰されていそうなの報告書も見つけた。

 上官の行動は、私を助けると言うよりも、自分の保守に回っている。

 外交問題に発展すれば、上官も処罰されるのだ。

 私とこのミックス捜査官に、望みはかけてくれているのだろう。そう考えたい。

「あと、5日しかない」

「まあ……エオスの女王陛下が港に上陸したところで、陸路は鉄道。最悪、鉄道のダイアを弄って、時間稼ぎしましょう」

 と、ミックスは報告書に目を通しながら、そう呟く。当然、我が帝国の言葉で書かれている。途中、表現が判らないと、中身を確認してきた。

 私もまともに読んでいるヒマはなかった。

 犯人は全部で5人。国宝『いつまでも輝く母メーテール』の巡行展示の会場になっていたのは、帝国銀行のヘベルの支店。そこの会議室だ。警備も会場としても申し分なかった。宝石は特殊なクリスタルガラスに入れられていた。

 狙われたのは週末の午後、閉館時間間近だった。

 明日から休日で人出が増えることを考えると、憂鬱な平日が終わろうとしていた。

 突如、警報音とボヤの煙が上がった。

 会場に詰めていた警備員は、「銀行強盗」と思ったらしい。そこに隙が生まれた。

 犯人の中に魔法士がおり、クリスタルガラスをいとも簡単に破壊した。高い金をかけて教育を受けた魔法士が、戦場で使うべき魔法をその人物は窃盗に使ったのだ。

「つまり銀行強盗ではなく、最初から『メーテール』を狙ったと――」

「展示会場になっていた会議室は2階だ。銀行強盗が目的で、金を取るだけなら1階で事を済ませて逃げるだろ。

 それなのに、2階に顔を出して……たまたまあった国宝を盗む。それは筋が通らない」

「魔法士を準備する必要もない。それで、お金は取っていったのですか?」

「ああ……金庫から出させようとはせず、受付とか机の上にあったその場のものを手当たり次第に――銀行強盗に見せかけた『メーテール』の盗難、とヘベルの警邏隊は見ていた」

「でしょうねぇ。僕だってそう思います。

 ただ、早すぎる……1週間も掛からないうちに、全員お縄だファンゲンなんて――」

「ファンゲン?」

「ああ……捕まえる。逮捕する」

 この男の出身地の言葉だろうか。まあ、1週間で捕まえたには、お粗末な結果がある。

「ひとりが裏切った。盗んだ金の分け前を巡って争いがあったそうだ。それに不満を持った男だそうだ。司法取引という奴だ」

「で、全員逮捕した。密告したひとりを除いて捕まった4人は、で『メーテール』のありかを吐くことなく死亡――」

「尋問のやり方は、我が帝国でもいささか問題にはなっている。だが――」

 そうだ。犯罪者に人間として扱われることはない。楽になりたかったら、知っていることを吐けばいいのだ。何をそんなに固持したのか。

「本当に知らなかったのかも、宝石のありかを――

 ところで、司法取引をした男はどうなったのでしょう?」

 妙なことを言う。それよりも司法取引をした男だ。

 私も知らない。報告書自体、存在していたのも今回知ったことだし、ここまで来る間にすべてに目を通すことが出来なかった。

 ミックスが読んでいない報告書が、テーブルの上にまだ置かれている。それを読むと、そのについて書かれていた。

「あった! これによれば――死亡!?」

「死んだんですか?」

 読んでみると……仲間の4人が尋問後に亡くなったことを聞かされ、次の日、獄中で首を吊って自殺しているところが見つかったそうだ。

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