第2話
ヘベルはルナ帝国の国境の街だ。
国境問題で長年対立している東のオルフェス公国へ行く者。そして、戻る者もこの街を必ず通っていた。旅の手段が徒歩や馬車から鉄道に変わった現在でも。
――捜査官というのは誰だ。
私、トレードは駅構内を闇雲に捜している時間はなかった。
期限が告げられたのは5日後だ。
正確には、エオスの女王がルナ帝国の地に足を踏み入れるのが、5日後。それまでに消えた『
その割に現地で合流とは、上官には恨みたくなる。
今日もヘベルの駅の構内は、旅行客でごった返していた。
国際鉄道のルナ帝国への配慮か、ヘベルは手荷物と乗客は、我が帝国の検問を通らなければならない。その代わり、貨物専用列車の検査は拒否したが――無論、積み込まれる段階での検閲の約束は取り付いている。
オルフェス公国を含め、対立する東側の各国の通行者を、強制的に止めるわけにはいかない。もし、すべて
さて私には、目星は付いている。
こういった捜査官が待ち合わせは、目立たないところ……と思われがちだが、上流階級の出身者も多い。鉄道会社も1等客向け
ここは外の喧噪とは違い、静かだ。
見回してみると、背もたれの高いイスが並び、誰が座っているか判らないようにする配慮が見える。
テーブルをひとつひとつ見回りたいが、入り口に立つとウェーターがすぐに飛んできて、とある席に案内された。
サロンだけのルールがあるのだ。
「――捜査官とは君かね?」
「お久しぶりです、トレイド少尉」
鉄道局情報部所属アトルシャン・ミックス……と名乗っている男だ。真っ黒い国際鉄道の制服を着て、紺色のケーブを肩にかけている。
鉄道局員がこんなところに座っていられるのは、腕の腕章のおかげだろう。所属する部署によって腕章の紋章が違っているそうだ。彼の紋章は、国際鉄道の動輪に試験管と魔法の杖をバッテンに重ねた基本マークに、フクロウのシルエットが描かれている。
「トレードだ。発音がおかしい」
「申し訳ないです。ルナの言語は発音が苦手で――」
照れくさそうにしているが、ウソだ。これで3度この男と仕事をしているが、発音の不自由は感じなかった。
――人に隙をわざと見せているのか。
小癪な手を使う。だから、魔法士は嫌いだ。そう彼は鉄道局情報部であるが、魔法士である。
その証拠にテーブルの上に赤黒く光る物体があった。走馬灯のような形をしたランタン状の物体だ。魔法士が空気中のマナニウムを、魔法が必要なときに使う為のダイリチウムという特殊な結晶体に蓄積しているのだ。
「ここのシュガーは特別です。1本いかがですか?」
そう彼、ミックスは机の木箱を開けて私に差し出した。中には葉巻が並べられている。
「私はコーヒーだけで結構」
「そうですか……では、僕は吸っても構いませんか?」
と、私の返事を聞く前に、すでに右手には葉巻が握られている。そして、空いた左の人差し指をダイリチウムに近づける。するとどうだ、大豆ほどの赤白い光が指先に灯る。そのまま光を葉巻の先に近づけると、火が付いた。
初歩的な魔法だ。
マナニウムから熱を生み出し火を付けるなど、勿体ぶるような魔法ではない。
彼は紫煙をじっくり味わうと、
「では、さっそく本題に入りましょう。国宝の宝石がなくなっているとか。こう見えても捜し物は得意です」
と、口角を上げて笑ってみせる。だが、心の中で笑っているか――。
前に仕事をしたときも同じようなセリフを聞いた。あの時は土壇場で何とかなったモノの……彼と組むのは、憂鬱で仕方がない。
「そのヤらしい笑いを辞めたまえ。
もう5年も前の事件なのだ。私を首にするための命令に決まっている」
「そんなことは……ないと思いますよ。トレ――」
「トレード」
「トレード少尉。僕の見立て……まあ、こちらに来るまでに色々と、調べたのですが――」
と、ソファに隠されていた書類封筒を取り出した。そして、中の書類を何枚か引っ張り出して、眺めている。私には見せてくれないが。
「国宝『メーテール』は、まだどこかに眠っているかと。もう少し具体的にいえば、このヘベルからは持ち出していないと思います」
「何故そう言い切れる」
この街の警邏隊も莫迦ではない。ここは国境の街である。ヘベルの治安維持は我がルナ帝国の顔でもある。優秀な人材が揃っているはずだ。
それが見つけられないものを、この男はどう探しだそうというのだ。
「その有名なダイヤモンド。売れると思いますか?」
「なッ! 貴重な宝を売るなどと……いや、待て。君は――」
「うちの情報部は優秀です。このヘベルに来るまでに調べてもらっていたのですが、そのような大きなダイヤモンドは市場に出回っていない」
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