いつまでも輝く母へ~灰色の習作~
大月クマ
第1話
「我がルナ帝国の一大事である」
特別警邏隊に所属する私、トレードが帝都サクラに呼ばれ、上官の第一声である。
反社会組織の壊滅か、外交問題か、色々と特別警邏隊には仕事はあるが、この時、珍しく上官が焦っていたことはたしかだ。
上官は問いかけてきた。
「エオス王国の前王が、我が前皇帝陛下へ友好の証しとして送られたダイヤモンドのことを知っているかね?」
「はい。『
確か……帝国大博物館に展示されておりましたな」
「それが偽物だといったどう思う?」
――突然、何を言い出すのかと思えば。
「偽物なのですが?」
「そう聞いて顔色を変えないとは。お前は、バカなのか冷静なのか――」
「いえ……宝石の盗難などでしたら、王都の警邏隊の仕事。それがこちらに回るということは、重要任務なのでしょう。
外交問題になり得る。本官はそう考えましたが?」
「そうだ、外交問題だ。エオスの現国王……女王陛下が半年ほど前に我が国を訪れた。その時、我が皇帝陛下との懇談の時に、「贈った宝石が見たい」とおっしゃったそうだ。
その時は訪問日程外のこと。急であったため、お断りをした。
実をいうと、博物館の『メーテール』は偽物が飾られているのは、我が皇帝陛下もご存じのことだ。後日ということになったのだ。
だが、その後日が迫ってきている」
椅子に深く座っている上官の額に、珍しく汗がにじんでいるのが目に入った。
――期限が近いというとか。
エオス王国というのは、我が帝国の南に接するマリネリス湾の入り口に、フタをするようにある島の独立国家だ。マリネリス湾は東西に延びており、何かと我が国と対立しているオルフェスも、我がルナ帝国もこの湾を中心に発展している。外洋に出るには、どうしてもエオスの鼻先を通らなければならない。
機嫌を損なわれては困る国だ。
帝国国内でも北に向かえば、クサンテ海という外洋に出るが、産業の中心は南にあり、北とは山脈で分断されている。物流のほとんどは船舶か、残りはマリネリス湾の北側に敷設された国際鉄道と、それから技術供給された国内路線ぐらいしかない。
しかし、先程から宝石を『偽物』といっているが、いつから『偽物』であったのか。
「エオスの前国王から送られた時点で――」
「それはないと断言できる。
実は、これは最高機密であったが……5年ほど前に『メーテール』が博物館から、貸し出され国内巡行をした事があった」
「自分は地方都市の学生でしたから、あまり覚えておりませんが――そのような軽率なことを?」
「まあ、今、思えば軽率であった。警備の手薄な地方に国宝を持ち出すなど――
そして、起こってしまった。賊に忍び込まれた」
ハンカチーフで上官は汗を拭いた。
今更、起こってしまったことを悔やんでも仕方がないことだ。
「しかし、そんなに騒がれていないと思いますが――」
さすがに国宝になっている宝石が盗まれたままであれば、帝都の博物館に「今、展示してある物はなんだ」ということになる。平然と偽物を飾っておくのも納得がいかない。
「すぐに賊は捕まえた。そして、当時の尋問の手違いで、賊を死なせてしまった。宝石のありかを吐かせる前に――」
なるほど……尋問の手違いか。
少し攻めすぎたようだな。だから、偽物を用意したと。
尋問をしたのは誰か。
一警邏の人間だったとしたら、こんな隠蔽などしないはずだ。処分されるような人物ではなかったのであろう。
そして、今回、エオスの女王が「見たい」と言い出さなければ、そのまま話はなかったことに出来たはずだ。
「それを今更、捜せと? 5年も前の事件の――」
「やってもらいたい」
上官も無茶なことは判っているはずだ。だが、上からの圧力に負けたのだろう。
――どうも私の人生は終わりかもしれない。
失敗することを前提に命令したのか。
思い当たる節は……色々とある。この職について、すでに3年近くなるが、危ない橋も渡ってきた。違法行為も、握りつぶしたことも色々とある。
「では、ヘベルに向かってもらいたい」
「国境の町ですが、あちらで何か――」
「5年前に事件のあった場所だ。それに、協力者も来る。秘密裏に国際鉄道の捜査官が加わってくれるそうだ。外交情勢にも明るい人物を送り込んでくれるという」
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