本当の彼
私は一緒に暮らそうというフィオラさんの申し出を受け入れた。村に戻ったとしても当然一人では生きていけないし、周りの大人たちにも迷惑をかけたくはない。きっとみんな優しいだろうから受け入れてはくれるだろうけど、いつかは邪魔な存在になると思うから。
次の日教会を出て、一度村に帰った。生活をするために荷物を色々取りに行かなくちゃいけないから。一人で帰るのはどこか怖かったけど、フィオラさんとライル、ミファーが一緒についてきてくれたので少しだけ楽でいられた。ライルは私たちのずっと後ろをミファーさんと歩いていたけど……。
教会から村まではそれほど近くはなかったけど、道中ミファーが他愛もない話をたくさんしてくれた。野菜が嫌いだとか寝坊ばかりだとか、そんなことばかり。しかも、ミファーではなくライルのことだ。そんなこと勝手に話して大丈夫?って聞いたら、大丈夫!私たち親友だから!と、自信満々に胸を叩いて言った。親友は陰でコソコソ言わないと思うけど……。
そうこう話しているうちに村に着いた。大勢の大人たちの背中が見える。村の入り口付近にある村長の家の前に集まっていた。
「あの夫婦がいなくなったって本当ですか?」
「はい、残念ですが……」
「まさか、本当にアレを……お、おいあそこにいるのって!? 」
一人の大人が私に気付いた。その言葉に続いて次々とこちらに振り向いてくる。一瞬びくっとなったが、落ち着いて挨拶をした。
「こんにちは」
「…………」
返事はなかった。それだけじゃない、大人たちの私を見る目がどこか蔑んでいた。
「え、あ、あの」
思わずたじろいでしまう。何か嫌われてしまうようなことでもしてしまったのか。いや、そもそも私って嫌われているのか?
「すみません、それじゃぁ」
私は逃げるように走っていった。
「ちょっと、待ってよユイ!」
ミファーの声は聞こえていたが、お構いなしに自分の家までまっすぐ走った。
呼吸を乱しながらも家に前に着く。すると、少年が一人立っていた。私に気付いたからか、少年は話し出した。
「この家の人たちみんな死んじゃったんだって。なんか悲しいね……」
「えっ……」
この家って、私の家のことだよね?死んだって村長がもう村のみんなに話したの?
「死んでないよ、天国に迎え入れてもらったんだもん」
私は少し強い口調で反論するように言った。
「そんなことないもん。大人たちがみんな言ってたよ」
「それは嘘だよ。私、知ってるもん」
「というか、君は誰?」
「誰って、私は……」
……あれ、そういえばこの子は一体誰なんだろう。今まで一度も会ったことないな。
いや違う、私が家の外で遊んだことがほとんどないんだ。さっき見た村の大人たち全員見覚えがない。外には出ずに、いつもパパの部屋に忍び込んで本ばかり読んでいた。だから、森に行ったあの日、教会の存在を印象的に感じたんだ。
――ねぇママ、なんで私は外に出ちゃいけないの?
遠い昔の記憶、ママに聞いたその言葉が瞬間的に頭の中で浮かんできた。そんな言葉をママに向けて発した覚えはない。でも確かに私がママに聞いているその光景が浮かぶ。
「私って一体……」
なんで私は外に出ちゃいけないのか、私はそんなことをママに聞いていたのか。何故?ママもパパも禁止していたわけではなかったはず。記憶をなくしていた理由は?
そうこう考えているその時だった。
「でてってよバケモノ!!」
酷く荒げた女性の声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、さっき集まっていた大人たちの一人がいた。知らない大人の、その表情はとてつもない恐怖と怒りに満ちていた。
――私は村の人間から嫌われていた。
「バケ、えっ……」
浴びせられた罵声がナイフのように心に突き刺さる。彼女は私の目をじっと見たまま鋭い言葉を永遠と口にする。他人からの悪意をここまで直接的に感じたことはない。何も考えられなくなり頭が真っ白になってその場でうずくまった。それでもそのうるさい音は鳴り続けた。
騒ぎを聞きつけてか、周りに人が集まりだした。みんなが私に指さしながらコソコソ何かを口にしている。まただ、またさっきの目だ。もう耐えられない。私は両耳をふさいで目をぎゅっと閉じた。何も見たくないし何も聞きたくない。
ガッ!
誰かが耳をふさいでいる私の両手をむりやり握りしめた。
「やめて!放してよ!」
声を荒げて抵抗する。
「大丈夫、大丈夫だから!」
「えっ……」
聞こえてきたのは意外な人の声だった。恐る恐る目を
開けてみると、ライルが立っていた。
「ラ、ライル、どうして……」
ライルはただじっと私の目を見つめていた。その表情は臆病で内気な少年のものではなかった。
「荷物をまとめて帰ろう、ユイ」
「う、うん」
私はされるがままにライルに引っ張られ、家の中へと入っていった。
その時、ライルの中にある本当の彼を感じることができた気がした。
天国への帰還 芦江 @asshe7108
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