出会い
体のどこが痛んだり、体調が悪かったわけではないからもう大丈夫だと言っても、村長とフィオラさんはベッドから出ることを頑なに許さなかった。おかげで半日は何もしないままただ天井を眺めていた。退屈なわけではない。自分の中でこれまで起こったことを咀嚼するには必要な時間でもあった。
どうやらここは教会の中にある一室らしい。村長は村の仕事があると言って出て行ったが、時折フィオラさんが私のことを確認しに来てくれている。ベッドの横にある小さなテーブルにコップを置き、水を注いでくれた。ありがとうございます、とお礼を言い、少しだけ水を飲んだ。
日が暮れ、夕焼けの光が窓から部屋の中へ差し込む。それを見ると今日という1日が終わりに向かっているのを感じる。あの朝から始まった今日を。
「何か考え事でもしているのですか?」
そんな私を見てフィオラさんが気にかけるように言葉を投げかけた。
「いえ、別に……」
無意識に壁を作ってしまった。助けてくれた恩人だというのに、今の自分は周りのすべてを信じられないでいる。あの少女に出会ったせいなのか、それともこれが本当の自分なのか。
少し迷っている。本に書かれていたことや、パパとママのこと、少女のことを話すべきか。いや、きっと話した方がいいのだろう。だけど、何かが自分にブレーキをかけていた。
「いいのよ、無理しないで。何か話したいことがあれば呼んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
レースの奥の優しい笑顔が見える。とても暖かい。パパとママに対してと同じような感情を私に与えてくれる。それは今の私にとって、何にも代えがたい特別なことだった。
フィオラさんは背を向けてそのまま部屋を出ようとしていた。それが何故か、昨日の夜のママの後ろ姿と重なって見えた。
「待って!!」
大切なものを失ってしまう焦燥感に襲われ、思わず叫んでしまった。はっと我に返り、驚かせてしまったのではないかと心配する。だけど、フィオラさんはゆっくりとこちらに振り返り、困惑したわけでもなく、ただ慈愛に満ちた表情で寄り添ってくれた。
「大丈夫。私はどこにも行かないわ」
その言葉を聞いて、自分の中の何かが崩れて泣き出してしまった。ぽろぽろと涙を流しながら改めて思う、自分には誰かの助けが必要なんだと。
「……っぐす、聞いてほしいことがあります……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そう、そんなことがあったの……」
私はすべて話した。突然いなくなったパパとママのこと、レアラの本のこと、大樹の中で出会った少女のこと。フィオラさんは私の話をただゆっくりと聞いてくれた。信じてくれるかどうかは関係ない。ただ聞いてくれる、それだけで嬉しかった。
息つく間もなく話し続け、少し疲れて一呼吸する。落ち着いてから、聞いてみた。
「やっぱり、信じられないですよね……」
冷静になってみても自分自身ですら体験した出来事をまだ理解しきれていない。他の人からしたら到底信じられないようなものでもある。
でも、フィオラさんは首を横に振った。
「ううん、そんなことはないわ。私はあなたを信じます」
ぎゅっと私の手を両手で握り、真っすぐ目を見つめてくる。なんだか少し照れくさくなって思わず視線を逸らす。すると、あることに気付いた。
「あれ、フィオラさんの左腕……」
見ると、袖がめくれた彼女の左腕には傷跡のような刻印のような不思議な模様があった。私がそれに触れると彼女はそっと手を放し、隠すように自らの袖を正した。
「これはね昔、傷を負ったの。あることと引き換えに」
少し深刻な顔でそう言われた。さっきまでの笑顔とは対照的で、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。罪悪感を感じる。
私がしょんぼりしているのを感じ取ったのか、彼女はすぐに明るい表情に変わって話し出した。
「ごめんなさいね、今のあなたに余計な心配をかけさせてしまって。お詫びではないですが、あなたに合わせたい人がいるので連れてきてもいいですか?」
「? いいですよ」
「よかった!じゃあ、さっそく連れてきますね」
そういうと、彼女は部屋を出ていった。合わせたい人って一体誰のことだろうか。村の他の人なら正直あまり出会いたくはないな……元々よく話していたわけでもないからどう接すればいいかわからないし、向こうも同じ気持ちだろうから。
そうこう考えている間にフィオラさんが帰ってきた。でも一人だった。
「ごめんなさいね。彼、いろいろあって人に会うのが怖いの。ライルさん、さぁ入ってさい。怖がらなくても大丈夫ですよ。ミファーさんも後押ししてあげてください」
彼女が部屋の外に声をかけると、扉がゆっくりと開かれた。そこには一人の少年が立っていた。背丈は自分より少しちいさいくらい、歳は13~14で同じくらいだろう。黒髪で長い前髪が片方の瞳を隠している。もう片方の瞳からは怯えとも他人への警戒とも感じ取れるものがあった。彼の後ろには少女が立っていた。短く赤色に染まった髪が特徴的で、ライルと呼ばれた少年の背中に手を添えている。優しい女の子なのだろう。
ミファーと呼ばれる女の子が口を開く。
「ほらライル、私と一緒に挨拶しよ?」
彼女の後押しで少年は戸惑いを口元に見せながらも、声を発した。
「は、初めまして……ライルって、いいます……」
「……ユイって言います。こちらこそ初めまして」
これ以上なくぎこちない会話だった。このやり取りを見て、ミファーが急に笑い出した。
「アハハ!ライルちょっと顔赤くなってない?もしかして……一目ぼれ!?」
ミファーはそういうと前に出てきてライルの顔を覗き込むように近づいた。ライルは驚き、腰を地面に落としてしまう。
「ば、バカ!お前何言って……」
「やっぱり!図星~」
そういうとミファーは軽やかに部屋を出ていった。それを見てライルもすぐさま立ち上がる。
「おいミファー!待てー!」
続けてライルも部屋を出て行った。何だったんだこの二人は。嵐のように過ぎ去っていった。
「いい笑顔ですよ、ユイさん」
「えっ」
ふいに投げかけられた。笑顔って私今笑ってたんだ。そうか、笑えるんだ……。
朝から色んな事が起こりすぎて楽しいという感情を忘れそうになっていた。フィオラさんはそれを思い出させようとしてくれたのかな。
「あの二人はね、あなたと同じ境遇なの。ミファーさんは生まれてすぐこの教会の前に捨てられて、それ以降私と一緒。ライルにいたっては2週間ほど前に出会ったのですが、それ以前の記憶が全くないの。初めて出会ったときは、森の中でただ一人ぽつんと立っていたわ。どれだけ聞いても何も思い出せないの。」
「そうだったんだ……」
「ミファーさんはいつもああやってライルをからかって遊んでいるの。彼が不安な感情で心を壊さないように。ミファーさんなりの優しさですね」
「とても優しいんだね」
「そうです、私にとっても自慢の娘です!」
「娘、か……」
パパとママにとって自分はどんな風に映っていたのだろうか。直接はもう聞けないけど、自分は自分の知りたいことばかりに目を向けていて、本当に大切にすべきことを把握できていなかった気がする。そう思うと後悔するなぁ。
「ユイさん、あなたに一つ提案があるのですがよろしいですか?」
「はい、何ですか?」
フィオラさんは微笑みながら告げた。
「私たちと一緒に教会で暮らしませんか?」
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