少女の謝罪

重いパパのリュックを背負いながらもなんとか山の入り口へと続く門にたどり着いた。道中、村長のゾラクおじちゃんと出会って、「こんな時間にどうしたんだい?」と問いかけられたけど返事もしないで走ってきた。


「話した方がよかったのかな……」


 自分は何もできない子供だ。村のみんなに話したらきっと山に向かうのは反対される。今は自分のことを大事にしろって。でも、自分はどうしても行きたい。それだけが今の自分の生きる意味だから。


 錆びれた門を通り抜けると、世界が変わったように辺り一面が緑になる。生い茂る草木の間から小動物たちがちらりとこちらを見ているのがわかる。まるで見張りのように。

 一歩足を出して草を踏むと蜘蛛の子散らすように逃げていった。そのまま進んでいくと次第に草が高くなり、自分の背丈と同じくらいになってきた。緑の壁のように存在するそれは自分に圧迫感を与えて、不安にさせた。


 前だけを向いて、たどり着くことだけを考えて勢いよく進んでいくと突然開けた場所に出た。急なことだったので体を止めることができず、そのまま地面に転んでしまった。


「いてててて……」


 よく見ると足をすりむいてしまっていた。痛みこらえながら立ち上がり、周りを見渡す。もちろん山頂ではない。まだ斜面という斜面を歩いていない。だけど、目の前にとてつもなく大きな、そして威厳を感じさせる大樹がそびえたっていた。見上げるだけで首が痛くなるほどの大樹が。


「す、すごい」


 思わず口にしてしまう。一体いつからある木なのだろうか。パパは一度も話してくれなかった気がする。そんな風に考えているとあることに気付く。大樹の中央、幹の部分に人ひとり通れそうな空洞があった。何かの動物が住処にでもしているのだろうか。それらしき痕跡は見当たらないけど。


「そうだ!」


 私は背負っていたリュックを降ろし、詰め込まれた本をかき分けて動物に関するものを取り出した。もしかしたら何かわかるかもしれない。ページをペラペラとめくっていくが、途中でやめた。


「……こんなことしている場合じゃないよね」


 いつもの癖だ。知りたいことがあるとそれに向かっていって考えるのを辞めてしまう。今はとにかく山を登らなくちゃいけないのに。


 そのときだった


 ――こっちにおいで


「……っつ!?」


 突然、大樹にあった空洞の奥から声が聞こえてきた。驚きのあまり手に持っていた本を落としてしまった。


「今の、誰?」


 まだ朝も早いのにこんなところに人がいたのか。一体なぜ?

 パパが見せたかったもの、見知らぬ大樹、謎の声、わからないことだらけに直面してだんだんと恐くなってきた。でも、


「でも、このために来たんだ、私は」


 家を出た時のことを思い出す。私はパパとママの子供だ。今、自分と両親を繋ぐこの場所を探すために来たんだ。クヨクヨして恐がっていても仕方がない。それにパパとママは死んだわけじゃない。空にパパとママが迎えられたなら、自分で空に向かえばいい。それぐらいの気持ちでいかなきゃ。


「よし、いくぞ!」


 意を決して大樹の方へ向かう。目の前に立って、もう一度その空洞の奥を覗いてみる。見ると、地中へと続く道があった。人工的に作られたものというよりかは何年も踏みならされてできたような道が。不安と好奇心に挟まれながらその道を下った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 光のない道をいったいどれほど歩いたのだろうか。大樹の中は外から見た時に想像していた広さをはるかに超えていた。天井もどこまであるかわからない。だんだんと疲れてきて、歩幅が小さくなっていく。先の見えない道をただ真っすぐ歩いてきた。どこまで歩けばいいのだろうか。

 耐えられなくなりその場に座り込んでしまった


「もう疲れた……」


 ふと、先ほどすりむいた足の傷を見る。すると、なぜかもう傷がなくなっていた。

 次の瞬間だった。


「えっ」


 当たり一面の暗闇が自分を中心にして突然晴れた。すべてが真っ白な世界へと一変したのだ。それだけじゃない。自分の頭上から無数の神々しい光が差し込んでいた。思わず上を見上げる。何かが、いや誰かがゆっくりと降りてくるのが見えた。私は何故か自然とそれが自分にとって特別な存在と認識し、ただただ、見続けた。


 そのは自分の目の前にすっと着地した。背丈は自分と変わらない。ただ、全身を真っ黒なローブに包んでいて、辛うじて口元だけが見えていた。周りの世界や差し込む光とは対照的に。

それは口を開き、私に話しかけてきた。


「来てくれたんだねユイ」


 外にいた時に大樹から聞こえてきた少女の声だった。私は戸惑いながらも返答した。


「あ、あなたは誰なの?」


 そう問いかけると少女はフっと笑い、


「ごめんなさい、それはまだ言えないの」


「……まだ?」


「そう、まだね」


 含みを持たせる彼女の言葉をより一層私を不安にさせた。そんな私を見てか彼女は続けて話す。


「心配しないで。私はあなたの味方よ。ここはあなたが出会いたい人、もしくは出会いべき人に出会える神聖な場所。きっとあなたが本当に出会いたい人は……」


 そこまで話すと彼女は黙った。


「どうしたの?」


 口元を見ると戸惑いが感じられる。何か後ろめたさが感じ取れる。


「……ユイ、本当にごめんなさい。あなたのパパとママのこと。」


「な、なんであなたが謝るの」


「あなたのパパは、私と出会った。1回だけではなく2回も。それはいけないこと。彼は自分の知りたいことへの欲求が止められなかった。初めに出会ったのはあなたが子供の頃、あなたの為に……」


「ちょ、ちょっと待って!何を言ってるのかわからないよ」


 一度に処理しきれないほどの情報が入ってきて頭がパンクしそうになった。彼女の言っていること、パパのこと何もわからない。


「そうだよね、あなたは何もわからない。でも、これからは違う。あなたにはやることがある。。他のだれでもない、あなただけの使命が」


「やるべきこと?」


「そうよ。あなたのパパもそれを探し続けた。あなたがこの世に生を成した意味を」


「パパが私のことを?」


 今までパパは世界各地を旅してきた。地質調査だとか何かと言っていつも家を出ていた。仕事の内容を深く聞いたことはない。ただ世界の色々な話を聞いてるだけで幸せだったから。それが、自分に関することだったの?


 だけど、口ぶりからしてこの少女はすべてを知っているようだ。私の知らない真実を。


「あなた何故そんなこと知っているの?あなたとパパは何故出会ったの?パパはどこにいったの!」


 思わず口調が荒くなってしまった。自分でも感情を制御できない。目の前にいる存在がすべての疑問を解消してくれるまでこの感情はきっとなくならないだろう。


「これ以上は言えない。もし、もう1回私に会えたならすべて教えてあげる。でもこれだけは覚えていて。2。もしもう1回私に会えば、あなたにとって最も不幸なことが起きる」


 彼女がそう話していると辺りが少しずつ暗闇に包まれだした。


「それでもあなたは会いに来るのか、自らの知識への欲求に屈して」


「待って!いかないで」


「さようなら。もう一度会えるのを楽しみにしてる」


 彼女は暗闇の中へと消えていった。思わず手を伸ばしたが、突然強烈な睡魔に襲われて気を失った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「……か!」


 遠くの方から誰かが叫んでいるのが聞こえる。やけに深刻そうな声で。


「……ょうぶか!」


 段々と声が近づいてきている。聞いたことのある声だ。


「大丈夫か!ユイちゃん!」


 私はパッと目が覚めた。見ると天井に向かって右手を伸ばしていた。ゆっくり顔を横に向けると、村長と知らない女性が立っている。


「よかった!やっと目を覚ましてくれた」


 安堵したのか村長は椅子に腰かけ、深呼吸した。


「本当によかったですね。ゾラクさん、ユイさん」


 その知らない女性はまるで母のような優しい声で私を見つめてそう言った。


「あ、あなたは……」


 真っ黒な修道服に身を包み、顔をレースで隠した女性。不思議と初めて会った気がしない。何故かはわからないけど。


「この方が偶然山で倒れているユイちゃんを見つけて運んでくれたんだ。あのまま放置されていたらどうなっていたか……」


「そう、なんだ……」


 つまりは恩人ってことになるよね。感謝すべきなんだろう。


「ありがとうございます」


「いえいえ、聖職者として当たり前のことをしただけですよ」


 決しておごりのない、清らかな雰囲気をこの人からは感じられる。


「自己紹介がまだでしたね。私の名前はフィオラ。これからよろしくお願いします、ユイさん。」


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