目指すべき場所
私は家中を駆け回った。パパ! ママ!と叫びながら。だけど、どこを探しても二人は見つからなかった。もしかしたら私を驚かせるためにどこかに隠れているかもしれないと、家の隅々まで探したのに。さっきまでは眠かったのに今は心臓が爆発しそうなほど不安だ。
家中を駆け回った後、もう一度自分の部屋に戻ってきた。直視したくない現実を避けたい願望からか自分の心が少しずつ締め付けられるような感覚に襲われ床にうずくまってしまう。右手に抱えたレアラの教典にもう一度目を向ける。なぜこんなことになってしまったのか。いや、まだパパとママが本当にいなくなったと決まったわけじゃない。でも……、と思いながら本のページをめくりさっきの文章を読む。
「古き聖人どもは空へと昇り、少女は悲しみにくれる……」
この言葉が今の自分のことを意味しているのなら、ママとパパはもういない……。
善良な人間が天空の空に迎えられる、その話は少しだけ聞いたことがあった。だけど、まさか本当に現実に起きることだとは思わなかった。それも自分の周りで。
そして、なぜ自分はたった一人残されたのか。
「っ……、ぅ……」
現実を理解し始めると涙が止まらなくなった。楽しく晩御飯を食べていたあの時間も、部屋に忍び込んで怒られることももうないんだ。
あの暖かった空間が今では音ひとつならない冷たく寂しい空間に変わった。
「ママぁ、パパぁ……」
床に涙をこぼしながら昨日までおいしそうな臭いが漂っていた食卓でひとり呼び続ける。もちろん返事はない。
感情がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなりそうになったその瞬間、昨日のパパとのやり取りが脳裏に浮かんだ。
――教会へ行って、そのあとは山へ登りにいこうユイ
――教会はわかるけどなんで山?
――お前に見せたいものがあるんだよ
「見せたい……もの」
その言葉を思い出したら、自然と涙が止まった。
パパが私に見せたかったものって一体何なのだろうか。それを見せてパパは何を伝えようとしたかったのか。パパ本人にはもう聞けない。
だけど、その真実を真相を知りたい。その答えが今の自分とパパを繋ぐたった一つの糸だから。
――いろんな事実や真実に直面しながら時には悲しい決断をしなきゃいけないこともあるのよ
――もしその時、誰かの為にあなた自身が苦しむのは嫌なの。あなたにはあなたの幸せを掴んでほしいの
「大丈夫だよママ」
本を抱えながら右手で涙の跡をぬぐった。昨日ママが私にこの言葉をかけてくれなかったら私は1日中泣き続けていたかもしれない。でも、もう泣くのはやめる。私はママとパパの子供だから。私は私の知りたいことの為に全力を尽くすよ。
私は立ち上がって準備を進めた。パパの書斎に戻り大きなリュックサックを持ち出す。自分には大きすぎるけど、それでもこれを使いたい。
台所に向かいテーブルの上に置かれた食材で調理を始めた。ちゃんと料理をしたことはないけど、ママの動きはいつも見ている。記憶の中にあるその姿を思い出しながらなんとか簡単な形態用の食事を作った、それを木箱に無理やり詰めて布にくるんだ。今はもうこれでいい。リュックに詰め込み、背負って家の玄関の方に向かう。外に出ると、まだ朝が早いからか少しだけ暗く感じる。
足を一歩前に踏み出そうとする。でも、できない。
ふと後ろを振り返って家を見る。誰もいないその建物は紛れもない自分の大切な場所。誰かの帰りを待つことも、誰かとおしゃべりしながら料理をすることももうない、ただの建物。でも、パパとママの子供であることを自分は忘れない。もう一度、笑顔でこの家に帰ってくる。そう決心したら少しだけ心が軽くなって、振り返って足を踏み出すことができた。
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