望まぬ始まり

 夕飯を食べ終わってもパパは色んな話をしてくれた。

 レアラのこと、イムガルデの一族のこと、そしてロルノティアのこと。

 そのどれもがわからないことだらけで、結局は想像ばかりだ。

 

 しばらくしてから睡魔が私を襲ってきた。眠い目をこすりながら自分の部屋にもどって明日の準備をしはじめた。色々話しているうちにパパが明日教会へと連れて行ってくれることになった。急な話でびっくりしたが、それ以上に喜びが大きかった。


「教会へ行って、そのあとは山へ登りにいこうユイ」


「教会はわかるけどなんで山?」


「お前に見せたいものがあるんだよ」


 パパはそれ以上は説明してくれなかった。その分楽しめると言って。


 パパが話してくれたこと、今でも信じられないことが多いけど、それでも自分にとって新しい世界のドアが開いたように感じた。


 この世には私の知らないことが数えきれないほどあるんだ。


 期待感に包まれ、思わず笑みをこぼしながらもリュックサックへと次々道具を詰めていく。

 荷物を入れ終われてベッドの横に置いておいた。


「よし、これで大丈夫」


 一息入れた時部屋のドアが開いた音がしたので振り返ると、ママが入ってきていた。


「ユイ、ちょっといい?」


「どうしたのママ?」


「少し話がしたいの……」


 ママはそう言って少し黙った。直感的に私は言われて嫌なことを言われるんだろうなと理解した。

 目を閉じて、一呼吸入れた後にママは意を決したように喋りだした。


「ユイ、私はね、本当はあなたにレアラや教会には関わらないでほしいの」


「…………」


 やはり、そうだろうなと思った。ママが怒っていたのはパパに無断で入ったことじゃなかった。レアラに対する拒否反応だったんだ。


「何で関わっちゃいけないの?」


「あなたに苦しい生き方をしてほしくないから」


「苦しい生き方?」


 意味が分からない。レアラの教えは正しい生き方を教えてくれるものだし、人々が消えていく中苦しむ人を助けるために生まれたものじゃないの?


「確かにレアラの教えや導きは正しさを求めるものよ。でもね、正しく生きることはそう簡単じゃないの。パパがさっき話した内容じゃないけど、いろんな事実や真実に直面しながら時には悲しい決断をしなきゃいけないこともあるのよ」


「悲しい決断……」


「もしその時、誰かの為にあなた自身が苦しむのは嫌なの。あなたにはあなたの幸せを掴んでほしいの」


 涙がこぼれだしそうなほど感情のこもったママの言葉は心の奥底に響くものがあった。自分が子供だからって理由だけじゃない。ママは人として考えなきゃいけないことを話している気がする。


「教えに惹かれるのはいいの。でもね、私はユイに百年に一回の奇跡よりも当たり前の明日に為に生きてほしいの。これだけはママと約束して」


「そ、そんなこと急に言われても……」


 ママは私の手を両手で強く握りしめて、目をまっすぐ見つめる。その手は暖かくも冷たくも感じる。ママの愛情と苦悩が入り混じったように。

 一度目を閉じるとママはコロッと笑顔に変わった。


「なんて、こんなこと言われても困るわよね。ごめんなさい。」


 そう言って握りしめていた手を離した。その瞬間、私はママが本当に言いたかった言葉を隠したのだとなんとなく感じた。


「明日も朝早くに出かけることだし、お弁当も作らないといけないからもう寝ましょうね」


 私の部屋を出ようとドアの方へ体の向きを変えるママ。


「ま、待ってママ!」


「うん?」


 私に呼び止められてもう一度こちらを振り向く。聞きたいことがあったから呼び止めた。でも、その質問は口には出せなかった。これ以上この話題でママと話すと今は良くない気がしたから。


「……お弁当にサルクの野菜は入れないでね」


 とっさに誤魔化した。

 私の言葉にフフッ、とママは笑う。


「ユイはいつまでたっても子供ね。」


 そのまま、ママは部屋を後にした。

 私も服を着替え、部屋の電気を消してそのまま寝た。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 小鳥たちが外でさえずり、少しだけ寒い空気の中目を覚ました。今日が楽しみで眠れなくなるかとも思ったけど、そんなこともなくぐっすり眠れた。

 いつもならまだ寝ている時間。少し早く起きただけなのに、謎の非日常的な感覚に包まれる。早朝にはなんとなくそんな楽しみがあった。


「さてと……」


 毛布を勢いよくひっくり返してベッドから飛び起きる。眠い目をこすりあくびをしながら用意された服に着替える。いまごろ、きっとママがお弁当の準備をしてくれているだろうからこっそり覗きに行こう。ドアを開けて階段を降りる前にふとパパの書斎の方を見るとドアが開いていた。こんな朝早くにも書物を読んでるなんてすごいなパパは。そう思いながらも一階へと向かう。


「あれ、おかしいな」


 いつもならママが料理をしているのが臭いでわかるのに今日はまったく臭いがしない。不思議に思いながらも台所へ向かう。見てみると、食材はテーブルの上に置かれて、弁当箱もあるが料理をしている形跡はない。


 そして、ママの姿もなかった。


「……ママどこに行ったんだろう?」


 おかしい。何かがおかしい。その時、さっき見た光景を思い出す。


「パパの書斎……」


 全身を不快感が襲う。とてつもなく嫌な予感がする。急いで台所を出て階段を上り、二階突き当りのパパの書斎へ入った。


「パパ!」


 叫びながら部屋を見渡す。パパの姿はない。だけど、パパの調査用の大きなリュックサックはあった。よく見ると紐が緩めてあり、植物や地質の本などが詰められようとしていた痕跡があった。そして、その中にレアラの教典もあった。


 何かが自分に語り掛けている気がする。これを読めと。

 だけど同時にそれを止めようとする警戒心も働いている。



 ――自分の探求心に従って正しい真実の探し方を自分の力で見つけてほしかったんだ



 パパの言葉が頭の中をよぎる。まるで自分を後押しするように。おそるおそる本を手に取りゆっくりとページをめくる。次の瞬間、突然光りだしてとてつもない速度でページが自動的にめくられていく。まるで生命が宿ったように本が暴れだした。

 そして、次第にその速度は緩やかになり、止まった。見開きになったページを見てみるが、何も書かれていない真っ白なページだった。

 だが、1つ1つゆっくりと文字が浮かび上がってきていた。それらがまとまった1つの文章になってから改めて読んでみる。


 新しきを求める少女、古きを伝える聖人ども

 願望は希望に、希望は絶望に、絶望は現実に

 古き聖人どもは空へと昇り、少女は悲しみにくれる

 悲しみは有限、明日は必然

 少女の未来は少年の未来に

 この出会いは聖なるものの導きなり


「これって……」


 そんなことがあるはずがない。絶対に違う。だけど、そう思わずにはいられない。

 今まで自分が知りたかったこと、これから自分が歩むべき道、それがこの本には記されていると思っていた。だけど、こんなことは望んでいなかった。



 その日、私はパパとママの両方を天空の地に奪われた。


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