第一章 堕天

事実と真実

パパは仕事で家にはいない。ママは夕飯の準備で目を離している。

 今が好機。


 部屋をでて、ひっそりと階段を上る。一足一足音をたてないように。

 

 パパの部屋は階段を上って突き当り。鍵はない。

 

 ゆっくりと扉をあけて、閉める。


「今日こそ見つけるぞ……」


 この部屋はパパの書斎。普段から鍵はかけられていないけど、決して中に入れてくれない。


 私には「まだ早い」といつも言う。


 ここにはパパが世界中から集めた書物が壁一面の本棚にぎっしり詰まってる。

 だけど目当ての本はたった一つ


「レアラの教え、レアラの教え……」


 レアラの教典。300年前に突如広まったこの書物は、天空の地ロルノティアへと導く内容が記されているらしい。


 レアラに興味がわいたのは、森からの帰り道に偶然教会を見つけた時からだ。


 いつもは町の外はパパとママが絶対に行かせてくれないけど、その時は町のみんなで山の果実の採集の仕事で、私も初めて連れていってもらえた。


 偶然見つけたその教会は決して煌びやかなものではなかった。けれど、いつ施されたかわからない装飾と、正面にそびえたつ女性の像は人を惹きつけるものがあった。


 それ以来、すっかりあの建物が頭から離れないし。そこでいったい何をしているのかにも興味がわいた。


「あった!」


 真面目なパパは本のタイトルを文字順に並べてるくせにこの本だけランダムな場所に置いている、私が忍び込むのを見越して……?


 本を片手に床に転がり込む。寝そべったまま両手で天井に向かって本を広げ読み進める。


 雲に遮られていた太陽光が窓から差し込みだし眩しくなったので、ドアの方へと体勢をなおす。

 

 もしかすると自分じゃ読めない文字があるのではと不安だったけど、一ページ目に記された4文はハッキリと読めた。


「夢を作りなさい。それがあなたの未来。友を作りなさい。それがあなたの鏡。愛を作りなさい。それがあなたの希望。己を作りなさい。答えは自分で決めるもの……」


 言葉は読める。意味もわかる。


 だけど、なぜかそれ以上の何かがある気がして、そのまま理解できなかった。


 その時だった。


 目の前のドアが勢いよく開けられ、エプロン姿のママが入ってきた。

 その表情はとても直視できないほど険しい。


「……ユイ、いったいここで何をしているの?」

「えっと……ママ、これには深ーいわけがありまして」


 するとママの険しい顔が一転、満面の笑み変わり、


「あらそう、ならパパにゆっくりと聞いてもらわないとね」


 …………最悪だ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「ただいまー」


 あたりがすっかり暗くなったころ、パパは帰ってきた。

 今日は地質調査?か何かで他の学者さんと一緒に遠方へと行っていたらしい。

 抱えている大きな荷物を自室へ置きにそのまま階段を昇って行った


 ママはいつもパパが帰ってくるタイミングにあわせて夕ご飯を作っているから準備はすでに万端だ。完成した料理を私と一緒に食卓へと運んでいる。疲れたパパの為に今日の料理は香辛料が強め。ひょっとして逆効果になるかも?

 

 隠密侵入作戦が失敗した後ママに料理を手伝いように言われたから今日の夕ご飯はいつもより少し品数が多くなった。


 階段を降りてきたパパが食卓を見て一言


「ユイ、お前また何かやらかしたのか?」


 少しニヤニヤした表情で問いかけてきた。


「……さて、何のことでしょう」


 誤魔化そうとしたが悪い予感がするのでママの方へとゆっくり顔を向ける。


「…………」


 この世のものとは思えない表情をしていた。全身が強張ってしまう。


「パ、パパ、ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 意を決して口にしたが、


「まぁまぁ、まずは腹を満たしてからにしよう。それにしてもうまそうだな」


 私の言葉を遮るようにパパはそう言い、椅子に座った。それを見てママも表情を変えて同じように座る。


「う、うん」


 パパの言葉で体の緊張が解け、自分も同じように座った。

 少しほっとしたからか喉が渇いたのでカップに注がれてる水を飲んだ


「ところで、レアラの教典はどこまで読んだんだ?」


 思わず吹き出してしまった。


「ハァハァ……、気づいていたの⁉」


「当たり前だろ?誰の娘だと思ってる」


「いや、どうして……」


 ママにバレたといっても2人はまだ会話もしていない。肝心の書物も元の場所にそのまま戻した。何でばれた?


 少しだけ夕ご飯に手を付けた後にパパが口を再び開く。


「経典の下に小さい紙を忍ばせたんだ。ユイが本を引っ張って落ちても気づかないサイズのを」


「な、なにそれ」


 まるで推理小説にでも出てきそうなトリックにまんまと引っかてしまった。


「で、どこまで読んだんだ?」


「どこまでって、最初のページしか読んでないよ」


「最初のページだけだと!?ママにバレるの早すぎたんじゃないか」


 まるでもっと先を読んでほしかったような口ぶり。意外な言葉に少し困惑した。


「パパは読んでほしくなかったんじゃないの?」


「そんなことない。パパがダメって言ってもユイはきっと忍び込んででも読もうとするってわかっていたからな」


 なんだそれ。禁止にした意味がないじゃん。パパの考えていることがよくわからない。


「あの部屋には様々な大陸の書物がある。あの部屋に1日こもればまるで世界旅行した気分になれる。だけどな、読む以上に価値のあることがある。。誰かに教えらて、たとえそれが事実だとしてもそれが正しいとは限らないからな」


「事実でも、正しいとは限らない……?」


「そうだ」


 パパの言葉がすっと理解できない。


 自分の中で"事実"と"正しい"という言葉が永遠と駆け巡る。


 私が困惑した表情を見せたからかパパは少し笑った表情で再び話し始めた。


「一つ昔話をしよう。ザラ王国と、王国に従ったメフィールという小さな国がある。10数年前のことだ。当時のザラの王妃アナスタシア様はそれは美しく、また民からの信頼も厚かった。そんな彼女はザラ王国からメフィールへの支援と永続的な交友の証としてメフィールでの祭典を提案し、ザラの王族たちと共に来国したんだ。」


「素敵な王女様だね」


「だが、その祭典で大事件が起きた。アナスタシア様が暗殺されたんだ」


「ちょっと!食事中ですよ!ユイもまだ子供なのに」


 声を荒げるママを横目にパパは話を続ける。


「それだけじゃない。彼女が発見されたのは謁見の間だった。従属する国のましてや謁見の間で彼女が見つかったことにザラ国王は怒り狂った。祭典を取りやめ直ちに王国に戻り大軍勢を向かわせたんだ。大国と小国、結果は火を見るよりも明らかだ。誰もがメフィールの滅亡を疑わなかった。だが、実際はそうはならなかった。」


「どうして?」


「ここからがこの話の面白いところだ」


 パパはテーブルの上に身を乗り出すようにして私の顔に近づいた。


「メフィールにが起きたんだ」


「奇跡?」


「あぁ、奇跡だ」


 目を大きく開き、楽しそうに話すパパ。まるで友達みたいに。


「大軍勢がメフィールの国土にとたどり着いたとき突如として巨大な暗闇が空に広がった。そのは暗闇の中から無数の槍と激しい雷を大軍勢に降り注いだ。何万人という兵士が死傷し、たまらずザラ軍は撤退したんだ」


「…………」


「ははは、信じられないって顔しているな。そうだ、バカみたいな話だ。だけど、当時の人々はみな口を揃えてその話をするし、ザラ軍がメフィールから撤退したのも事実だ。しかし、この事実を知ったところで何が正しいかなんて誰もわからない。なぜ突如奇跡とも悲劇とも言える天変地異が起こったのか。そもそもなぜアナスタシア様は亡くなったのか。真実は誰にもわからない」



 "事実"と"真実"。パパの言いたいことが少しづつわかってきた気がする。


「つまり、書物だけじゃ何が正しいか判断できないってこと?」



「そうだ。ユイ、お前にはただ書物を読むだけじゃなく、自分の探求心に従って正しい真実の探し方を自分の力で見つけてほしかったんだ。親が止めても突き進むくらいにな」


「なるほど……」


 なんて回りくどいことするんだろうと一瞬思ったけど、パパ自身世界各地の色々な場所に行くことも多いから私が想像もできないことを経験してきたんだろう。もしかすると書物の知識に従ったことで痛い目にあったこともあるかもしれない。結局身をもって体験することが何よりってことか。


「そして、メフィールの話には続きがある」


 さっきまで笑っていたパパの顔が真剣な表情に変わった。




「このメフィールの奇跡がレアラの教典に初めから記されていたんだ。10数年前の出来事が300年前の書物に」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る