ぺたぺた、さわさわ

「ねえアリア」


 ペタペタペタペタ。


「何? お兄ちゃん? あ、ここの問題、ステラさんに教えてもらった方法で解けたよ! やったー!!」


 ペタペタペタペタ。


「ふふっ、それはよかったですね。テストでも使ってください」


 ペタペタペタペタ、さわさわさわさわ。


「なんでさっきから僕の身体を触ってるんだい?」


 ペタペタペタペタ、さわさわさわさわ、ぴたっ!


「ふぇ……? いやお兄ちゃんって研究室に引きこもってる割にはいい身体つきしてるな〜〜と思って」


 だからといってこの接触量は異常だ。


 アリアは僕に勘付かれないように色んなところを触っているが、一番触りたいのは胸だろう。


 胸には三年前の傷跡がある。二人を庇ったときにできたものだ。


 アリアとノエル義姉さんは見ている。あの傷がかなり深く、完治したとしても跡として残るものだろうと。実際、治癒魔法を使っても傷跡は残ってるわけだし。


 きっとアリアの中で、僕が黒仮面卿という疑いがあるなら、きっとそれを探っているはずだ。この傷跡は僕、アリア、ノエル義姉さんの三人しか知らないことだから。


「まあ研究室にこもってばかりだと身体がなまっちゃうから……。多少の運動はしているよ。それにフィールドワークだってやるし、実践だって他の研究室に比べたら断然多いからね」


「ふうん……そうなんだ。この鍛え方なら魔法騎士になってもやっていけると思うけど。特に胸とかそれなりに厚みがあるしさ……っ!」


 アリアが僕の胸を目掛けて、勢いよく手を伸ばす。アリア、こんなにも大胆に来るのか!?


「おっと、それは家族としても見過ごせないですね。それにアリアさん? まだ課題六割くらいじゃないですか。そんなことをしている余裕でも?」


 寸でのところでステラがアリアの腕を掴む。ぐぐぐとステラが握力を込めている。こんなにも力を込めているステラは初めてだ。


「少し休憩ですよステラさん。すぐに取り返せるんですから、このくらい!」


「ふふっ、そうでしたか。ですがあまり殿方の身体を触るのは貴族令嬢としてどうかと。それに貴方は魔法騎士。こういうのは人目につかないところでするべきでは?」


「家族の事情というのがあるんです。例えばお兄ちゃんが、私達の知らない間に怪我とかしていないかな~~とか」


 机を挟んでバチバチと火花を散らす二人。僕には何が起きているのかさっぱりだ。


 まあだけど、ステラの言葉に助けられた。これでアリアを引き剝がす口実ができたというもの。


「まあステラさんの言う通りだアリア。さっきから距離が近すぎるぞ。あまり集中できないようなら、僕はこっち側に行く」


「あ……! む、むぅ……」


「むくれて無言の圧でも駄目だぞ。そもそも今朝からアリアは何か考えすぎじゃないか? 何か思い詰めているなら相談してくれ。少し心配だ」


 今朝からアリアの様子がおかしい。普段、こんなにも距離感は近くないし、むしろ仲のいい兄妹くらいの距離感だ。


 今日の距離感は恋人のそれに近い。隣同士で手を繋いだり、こう、思わず人目を気にせずちょっとしたスキンシップをしてしまう思春期のような……。


 やはり、僕が黒仮面卿だと気が付いてしまったのか?


「べ、別になんでもないよ……。ただお兄ちゃんが他の女の人と話しているところあまり見ないから」


「え? 後半なんて言ったんだい?」


 途中から尻すぼみな声になったため、よく聞き取れなかった……。ステラは僕らのやり取りを見てくすくすと笑っている。そんなに面白いか? このやり取り。


「ふふっ。お兄ちゃんも苦労しますねシン君。まあですが安心してくださいアリアさん。アリアさんが心配するような関係ではありませんので」


 あん……? ステラはステラで何を言っているのかさっぱりだ。


「ふ、ふうん。そうなんですか。ま、まあお兄ちゃんのことは好きですが、それはあくまで家族としての話。私の好きな人は黒仮面卿なんですから! 変な勘違いしないでくださいね!!」


「ふふ、なるほど。黒仮面卿でしたか。そういえばアリアさんは過去に二度助けてもらったと彼から聞いておりますよ」


 アリアは顔を赤く染めてぷいっと顔を背ける。黒仮面卿という言葉が出てきて、ステラはその話をアリアへ振る。


 ちょ、ちょっと何をしているんだい!?


(す、ステラ! アリアの前でなんでその話をするんだい!? 僕が黒仮面卿ということを隠しているのは分かっているだろう?)


(おや、盗聴防止の念話を使うとは随分と慌てていますね。まあいいじゃありませんか。シン君も少し疑われていて困っていたのでしょう?)


 僕は慌ててステラへと念話で話をする。念話とは魔法の一種で、人に聞かれないように声ではなく思考で会話するものだ。


 どうやらステラも気が付いていたようだ。僕が黒仮面卿と疑われていることに。まああれだけ分かりやすくアリアがアプローチしていたら当然か。


(アリアさんはどういう訳か、ずっと気が付かなかった黒仮面卿の正体に近付いています。恐らく、先日の助けたところから、アリアさんと黒仮面卿の接触はそれなりに多くなった。私達の気が付かないところで、何か疑問に思わせてしまうものがあったのでしょう。心当たりは?)


(普段の生活じゃ何も。そもそも会話する機会なんて朝食時くらいだし)


(ふむ。では魔法とかは?)


 魔法と言われて僕は考え込む。


 魔法なんて家族であってもあまり見せたりしない。そもそも戦闘系の魔法は使う機会がないのだ。


 アリアやノエル義姉さんのような魔法騎士は、私生活での魔法の使用は最小限に抑えているし、使うとしたら学園の授業か、騎士として活動している時くらい。


 僕も同様だ。【賢人の剣】は自分の使う魔法の全容を知られないようにしている。


 ステラと僕の間だって隠している魔法はいくつもあるんだ。賢人の剣以外の人ならなおさら隠していることは多い。


 そういった理由で、僕らは家族であっても互いの魔法を知らないことがある。


(アリアの魔法の全てを知っているわけじゃない。ただ、僕が知っているのは使うとかなりの破壊力を誇る魔法で、地下水路みたいなところで使うと二次被害が出てしまう。剣をよく使っていることからその延長線上の魔法ということくらい)


(見たことないんですね。妹さんの魔法)


(なんならノエル義姉さんの魔法も見たことないよ。だから、僕の正体に辿り着けるような効果はないはず……)


(ふむ、なるほど。では私にお任せください)


 ステラは僕に目くばせをするとアリアの方を見る。


「そうなんですっ! 三年前と一昨日! 私は黒仮面卿に憧れて魔法騎士団に入ったんですよ!!」


「あら、そうだったんですか。彼が聞いたらさぞ喜ぶことでしょうね。しかし、黒仮面卿は賢人の剣でも正体を明かしていない人です。怪しい噂もちらほら聞くというのに、随分と高く評価されているんですね」


 僕にはそれなりに悪い噂もある。


 賢人の剣のメンバーは正体を明かしている者が数人、正体を隠している者が数人いる。


 例えばステラや第ニ席は前者。第一席と僕は後者に当たる。


 当然正体を隠しているメンバーはそれなりに黒い噂も立つものだ。何せ見た目が怪しくて、それでいてとんでもなく強いんだから。


 僕の場合だと仮面の下は人間じゃないとか、実は魔法人形だとか、実は帝国のスパイとか。そういう根も葉もない噂が立っている。


「黒仮面卿がそんなことをするはずがないって知っていますから! きっと黒仮面卿は優しくてかっこよくて、血の通った人間だと思うんです! だって、そうじゃなければ三年前、私達を助けてくれるはずないですもん!!」


 アリアの興奮気味に三年前のことを語りだす。

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美少女姉妹が憧れている魔法騎士が実は僕だった件~正体を隠しているはずなのに、何故かみんなから懐かれています。どうして?~ 路紬 @bakazuma

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