アリアの異変

「じぃ〜〜〜〜〜」


 さっきからアリアの視線が痛い。


 真面目に勉強しているようだが、時折僕に強い視線を送ってくる。特に胸の辺りに。


「あら、懐かしいですね魔法文字入門。アリアさんはこれを取っていたのですか」


「え……ああ、はい。お姉ちゃんとお兄ちゃんの勧めで……。なにせ簡単で単位が取りやすい授業だからって」


「確かにそうですね。構造自体はシンプルなものですが、その分奥深いです。いいものを勧めましたね、シン君」


 ステラはアリアのノートから視線を外して、僕へとそう語りかける。


 黒仮面卿として褒めてくれることは何度かあるけれど、こうして学生の僕を褒めるステラは稀だ。


 滅多に起きないことに僕は少しだけドキッとしてしまう。


「べ、別にアリアの学力を考えて安定して点数と単位を取れる授業を勧めただけだ。それ以上の意味なんてないよ」


「あら? それだけじゃないでしょう? シン君のことです。魔法騎士のアリアさんに役立つと思って勧めたのでしょう?」


「え……? そうなのお兄ちゃん?」


 アリアは首を傾げながらそう聞いてくる。


 ……まあ、ステラの言うことも少しはある。


 魔法文字は魔力と知識さえあれば誰にでも使える魔法だ。


 応用性は群を抜いており、他の魔法よりかは性能は落ちる。しかし抜群に使いやすい魔法だ。


「魔法文字は使いやすさ、手軽さが売りの魔法だ。性能の頭打ちがくるのが早いのが欠点くらい。

 魔法騎士なら何があるか分からないだろう? その時、魔法文字は大きな助けになってくれる。だからあんまり一夜漬けで覚えては欲しくないんだけど……」


 一夜漬けだと記憶に定着しないから、魔法文字の意味がなくなってしまう。


 簡単で単位が取りやすいから勧めたのが大きい理由だけど、アリアにはこれを使いこなせるようになって欲しいという意味も込めて勧めた。


「わ、私……お兄ちゃんのことを色々と誤解してたかも。そんなに私のことを考えてくれてるなんて……」


「妹想いですねシン君。その思いやりの半分を私にあげてもいいんですよ? というかあげなさい?」


 すげえ笑顔だステラ……。


 ま、まあ確かにステラには常日頃から世話になりっぱなしだ。今度何か恩返ししてあげよう。


「お兄ちゃんとステラ先輩っていつもこんな感じなんですか……?」


 アリアはステラに少しは打ち解けたのか、王女様ではなく先輩と呼んでいる。その呼び方に「シン君、私先輩って呼ばれたの初めてかもしれません」とうきうきで喜んでいた。


「そうですね。ふふっ、シンくんを弄るのは楽しいですよ」


「弄るって、言ってるし……。アリアがそんなこと聞くなんて珍しいじゃないか。何か気になることでも?」


「い、いや……別にっ! なんでもないっ!!」


 アリアはぷいっと顔を背けてしまう。何か怒らせるようなことをしたのか……?


「ふふっ、微笑ましいですね。アリアさん、緊張されることはないんですよ? むしろ、アリアさんとシン君の普段の絡みが私が見たいんですけどね」


「普段の絡みって……。別に普通だよね。ねえ? アリア」


「え……ま、まあうんっ! そうだよっ! 普通普通!」


 アリアはとことこと僕の対面から横へと移動して、横で引っ付くように座る。


 …………いや、この至近距離は普段通りではない!!


 息遣いが聞こえてくるほどの至近距離だ。アリアの頬の紅潮までよく見える。


「ね、ねえ〜〜っ! お兄ちゃんとステラ先輩が普段どんな感じか知らないけど、普段の私たちはここまで近いんだからっ!!」


「いや……流石にここまでは」


「お兄ちゃんは静かにしてて!!」


「おやおや……ふふっ。これはまた随分と対抗心むき出しですね」


「…………お兄ちゃんは王女様であっても渡さないんだから」


 ボソッとアリアが何かを呟く。聞こえなかったんだけど……なんて言ったんだろうか?


「というかステラさんはいいのかい? 対面だと教えにくいんじゃ……」


「いや、ここは少し余裕というのを見せつけておこうと思いまして。全然大丈夫ですよ。一年の課題くらいこうして教えるのは造作もありませんから」


「……む、むぅ。なんか負けた気分」


「実際学力は負けてるんだから、文句言わずにそうして教えてもらおう。僕も気になるところがあれば口出しするから」


「そういうことじゃないんだけどなあ……まあいいや。うんっ! ありがと! お兄ちゃん!!」


 アリアは一層僕に近寄る。もはやこれは密着レベルだ。柔らかいものがさっきから腕に当たってる!!


 ど、どうしたんだ!? アリアが今までこんなことしたことはなかった。アリアは僕のことを好いてくれていても、それは家族として。


 アリアの憧れで、恋愛感情を向けているのは黒仮面卿の方だ。今までこんなアプローチをしたことなかったけど……、ま、まさか……!!


 僕はアリアに悟られないように視線をアリアへと向ける。


 アリアはさっきからノートと僕の身体、視線を交互にむけている。チラチラと見ているのがバレバレだ。


 今日のアリアは様子がおかしい……。ステラへの謎の対抗心はもちろんのこと、ジロジロと見たり……きっと何かあるはずだ。


 やはり考えられるのはアリアが僕の正体に気付いてしまったこと。


 けど、僕の正体がわかったのなら、アリアはもっとストレートに来るはずだ。アリアはまどろっこしいのは嫌いなはず……。


 ならアリアは怪しいと思いつつも、何か決定的な証拠がないかと探ってる段階だ。


 これなら様子見くらいがちょうど良いだろう。変に動いて確信させてしまうようなことをしたくない。


「ねえ、お兄ちゃん。ここら辺の問題がわからないんだけど教えてくれない?」


「ああここかい……ん?」


 僕がアリアが指差しているところを見ようとした時だ。


 身体に強烈な違和感を覚える。


 それはいうまでもなく隣のアリアが、ステラには見えないようにペタペタと僕の身体を触り始めたからだ。


 ……ってええ!? アリア、一体なにをしだしたんだ!?

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