お兄ちゃんへの疑惑
【アリア視点】
「今日、ステラさんと一緒に勉強を見るから」
「…………へ? え、えええええええ!?!?!?」
私は朝一番から驚きの声をあげる。
ってああ!! コンソメスープの中にパンが落ちちゃった……! 驚きすぎて手が滑ったよもう!!
「す、ステラさんってあの!? ステラ王女様のこと!? お、お兄ちゃんとどういう関係なの!?」
「まあ大した関係じゃないけど、強いていうなら学友? まあ因縁をつけられててね。ステラさんにアリアのことを相談したら一緒に勉強を見てあげるってさ」
「おおおおおお、お兄ちゃんが私の知らないところですごい大物とつながってた件……!! え、でも嘘を言っているようには見えないしなあ……」
お兄ちゃんは至って平静だ。昨日深夜に帰ってきてあまり寝ていないというのに、疲労を感じさせないほど綺麗な手つきでパンを食べている。
「……っていうか! お兄ちゃんっ! 昨日どうして急に帰ってこなくなっちゃうのさ!? お兄ちゃんに聞きたいことがあったのに!!」
「ああ、ごめん。ちょっとどうしても外せない用事が入っちゃってさ。それで? 僕に聞きたいことって何?」
思わずそう言ったけど、改めて聞かれると言葉に困る。
私がお兄ちゃんに聞きたいのは、胸に傷があるかどうか。
この家に住み始めてから数年経過してるけど、びっくりするくらいそういった、偶然お兄ちゃんの裸を見ちゃった! みたいな事態には遭遇していない。
あまりにも生活リズムがバラバラすぎるし、そこら辺はみんな見ないように避けたり、気を遣ってたりする。
お兄ちゃんって身体のラインは細いけど、だらしがないって思ったことはないから、裸を見たら結構良い体つきをしてるんだろうな……っていやいや!
「どうしたんだい? 俯いて。何かあったの?」
「ひゃ……ひゃい!? なななななんでもないよ!! うん本当に、なんでもない……」
消え入るような声で私はそういっちゃう。
あ〜〜もう、顔がこんなにも熱いの初めてだよっ! な、なんで私ったらこんなにも照れるんだろう……?
まあそれよりもだ。お兄ちゃんに裸を見せてなんて言えない。兄妹とはいえ、私達は血が繋がっていない。
胸の傷が気になるけど、人の傷跡を聞くっていうのも倫理観としてどうなんだろ? って思う。
「今日授業が終わったらステラさん連れてくるからそのつもりで。そんなに緊張しなくても話しやすい人だから」
「王女様相手に緊張するなって、また無茶な……」
「まあステラさん、学生に王女様扱いされるのは少し嫌らしい。せめて学生の間は等身大の女子生徒として振る舞いたいんだって」
私みたいに王女様というだけで萎縮したり、緊張したりする人は多いだろう。むしろそっちが多数派のはずだ。
される側からしたらたまったものじゃないってのも同感。私も公爵令嬢だから、それなりに気を遣われるけど、そんなこと気にしなくてもいいのになって思う。
「じゃあ僕はこれで。鍵とか頼むよ」
「あれ? お兄ちゃん珍しく昨日今日と早いね。も、もしかして真面目に学校行くつもりになったの!?」
「……その言い分には色々と反論したいけど。まあそうだね。流石にサボりすぎも良くないから。今日は魔法騎士団行かないんだろ? 遅刻しないようにね」
朝食を済ませたお兄ちゃんは食器類を片付けて、家を出ていく。
私はその後ろ姿をぼーっと眺めていた。……って!! 私もそんなにのんびりしてられない!!
今日は一限から授業があることを忘れてた!!
「ああもう! 全然聞きたいことも聞けなかったし……うーん!!」
今日お兄ちゃんからフェアリーローズの香水の匂いも、ビーフシチューの匂いもしなかった。
濃い石鹸の香りがほんのりと漂っていただけだ。結構念入りに身体を洗ったと思う……。
「念入りに洗ったっていうことは……、お兄ちゃんが私の異変に気がついた説?」
もし、もしもの話だ。
お兄ちゃん=黒仮面卿の場合、お兄ちゃんは私が黒仮面卿の正体に疑問を持っていることに気がついて、匂いなどの証拠を残さないようにしていたとも考えられる。
そもそもお兄ちゃんは今朝から、私の調子を崩して話を乱そうとしてる節がある。
いきなりステラ王女様と勉強会とか言われても信じられないっ! 流石のお兄ちゃんでも無理があるっ!
これは私を動揺させて正体を悟らせないための罠に決まってる!!
これはますます怪しいんじゃないだろうか?
「むむむむ……っ! ぜ、絶対に聞き出してやるんだからっ!!」
私は自分の頬を叩いて朝食をすませる。
……ちょっと強く叩きすぎた。ほっぺが痛い!
***
「今日はお邪魔しますね。アリア・ハートフォードさん」
「…………あ、あれぇ? ほ、本当だ」
授業後。帰宅した少し後くらいに、お兄ちゃんがステラ王女様を連れて帰ってくる。
上品に礼をする姿、お人形さんみたいにちんまりと可愛らしい容姿、けど気品に溢れ、余裕に満ちた表情をしている。
こ、これは間違いなくステラ王女様だ……!!
と、ということは朝のあれは本気だったの!? 私を動揺させるための罠とかじゃなくて!?
「シン君のお願いで今回の勉強会参加させてもらうことになりました」
「待った。なんで僕がお願いしてることになってるんだ? 勉強会はそっちの提案だろう?」
「あら? なんのことでしたっけ? 昔の記憶すぎて忘れてしまいましたね」
「ぐ……絶対忘れたんじゃなくて、都合よく記憶消してるだけでしょ……!!」
お兄ちゃんとステラ王女様の関係はどうなのか分からない。
けれど随分と距離が近いように見える。お互いに信頼しあっていると思えるほどだ。
……むぅ。黒仮面卿もステラ王女様には信頼を向けてたし、なんか胸がモヤモヤする。それに、まだお兄ちゃんへの疑念が晴れたわけじゃないんだから……!!
「ど、どうぞあがってください。何もありませんが……」
「いえいえ、そうかしこまらず。アリアさん、ここは気楽にいきましょう?」
「そ、そんなわけにはいきませんっ! 王女様にそんな言葉遣い……」
「私とは長年の学友だと思ってもらって。シン君の妹さんなんですから、貴女も私の友人ですよ」
穏やかに笑うステラ王女様を見て、意外と話しやすいじゃん!と気楽な心、それはそれとしてどうしてお兄ちゃんとそんなに仲良さげなの? どういう関係なの?と聞きたがってる心が揺れている。
うぅ〜〜!! わ、私はどうすれば……!!
「今日の勉強会。早めに課題が終われば、貴女の聞きたいことを一つだけ答えますよ。たった一つの質問を除いてですが」
「……え?」
「これはシン君には秘密ですよ」
ステラ王女様が私に耳打ちすると、ゆっくりと離れる。
「ステラさん、アリア。早く始めよう。一分一秒でも惜しいんだ」
「はいはい行きますよ。ふふっ、なんだかんだ私達との勉強会楽しみにしてるじゃないですか」
「べ、別にそんなことはない! ただ早くしないとアリアに教えてる時間がないと思っただけだ!」
「はいはい、そういうことにしておきますよ。ではアリアさん、行きましょうか?」
お兄ちゃんには小慣れた小悪魔じみた笑みを浮かべ、私には優しい先輩としての笑顔を見せる。
や、やっぱりこの二人の関係は信頼よりも深い何かで繋がってるはず……!!
お兄ちゃんが黒仮面卿という疑惑はより強まるばかりだ。なんとしてでもこの勉強会で、その真相を突き止めてやるんだから……!!
「はいっ! 行きましょうっ!!」
私は強い足取りで居間へと向かうのであった。
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