地下水路での遭遇

「ここもハズレだ。何もない」


『なるほど。地上部分は手がかりなしと。先程まで勉強会の予定を立てていたとは思えないほどの手際の良さですね。さすがは黒仮面卿』


 勉強会の予定を立てた僕は、その前に一つでも多くの手がかりを探すべく、王都に出ていた。


 僕が現地を駆け回り、ステラが千里眼と魔道具で支援というのが、僕らが仕事をする際の役割決めだ。


 ステラが報告会で作成した地図。それを頼りに調査を始めたが、地上部分は全滅。これといった手がかりもなければ、襲撃もなかった。


『さて、地下の調査ですが……、少し状況は良くありませんね』


「……というと?」


『昨日の戦闘がありましたよね? どうやら人形達は二人を追い詰めると同時に、みたいで、かなりの損壊が見受けられました』


 ……ということはますますアリアとノエル義姉さんは犯人の喉元まで迫っていたと見える。


 しかし地下水路が損壊していた程度のことで、ステラが困ったような声は出さないだろう。


『犯人は痕跡を残したくなかったらしく、かなりの量の魔力妨害ジャミング装置を設置したみたいです。今、魔法騎士団に撤去をお願いしていますが……』


「なるほど。千里眼はともかく、魔道具による支援は見込めないということだね?」


『はい。千里眼も確実ではありません。私とシン君の繋がりがかなり弱ってしまうので』


 ステラの千里眼は一定条件を満たした相手には、見た映像を相手にも見せることができる。


 ただステラの支援は魔力によるものがほとんど。魔力妨害をされてしまうとたちまちその効果は消えてしまう。


「……いやそれならなおさら地下に行こう。連絡は取れなくなるかもしれないけど……なんとかなるでしょ」


『……。明日、勉強会する約束を忘れていませんよね?』


 ……忘れたりするものか。


「うん。だからこそ、この神隠し事件は早急に解決しなくちゃならない。アリアやノエル義姉さん、ステラさん、そして王国の人々のためにも」


『全く、責任感が強いんですから。ええ、では任せますよ』


 ステラの声を聞いて、僕は路地裏にある地下水路の入り口から地下へと潜る。すぐに、魔道具からノイズが聞こえてきて、魔道具から何も聞こえなくなった。


「勉強会の約束もあるし……手早く終わらせよう」


 神隠し事件をいつまでも放置しておく訳にはいかない。これを早急に解決できないと何か嫌な予感がする。


 さて、僕が入った地下水路は王都全域に渡る広大な迷宮だ。


 地下水路は三層に分かれており、水源から水を汲み上げている深層、汚水の浄化などをする中層、そして水を循環させている表層がある。


 下に行けば行くほど外との連絡は困難になり、魔道具による通信もできなくなる。それに表層はともかく中層、深層は魔道具によって完全自動化されているため、人もあまり近寄らない。


「人を隠すにはこれ以上とない場所だよね。実際、あんまり成果は出てないんだけど」


 神隠し事件が起きた時から、この地下水路は犯人がいるんじゃないかと目星を付けられていた。


 ただあまりにも複雑すぎる構造、何度も水路の開通、封鎖をしているため、見取り図があまり信用ならない、外部との連絡が取るのが困難などから、地下水路の調査はあまり進んでいない。


「アリアとノエル義姉さんが、人形と遭遇しなければもう少し調査が遅れていたかもしれない。さて、第七席の予想が正しければ……」


 僕は頭に叩き込んだ見取り図を頼りに地下水路を進んでいく。


 魔力妨害装置があちこちにあるせいで、魔力による探知は不可能に近い。となれば戦いの日々で身に着けた勘と、頭に叩き込んだ見取り図、そしてステラの予想とが頼りだ。


 前に進んでいき、そして僕は目的地に辿り着く。


「恐らくだけど、二人が襲われたところ。ここに何かあるはずだ」


 そこは昨日、ノエル義姉さんとアリアを助けた場所だ。恐らく二人はから、人形に襲われたんだと思う。


「そう、例えばここが神隠し事件の犯人のルートだったり……とかね!」


 僕はかすかに聞こえる足音を聞いて振り返る。


 僕の前方十メートルほどの地点。二人の男が立っていた。黒いハットに黒いロングコート。そして黒い手袋。


 男の一人は魔法学園の学生を肩に担いでいる。一人は獣のように前かがみになり、僕の隙を伺っていた。


「二人一組。この様子だと一人は人間を連れ去って……もう一人は」


 僕が言い終わるよりも早く、二人が動き出す。学生を担いでいる男は、まるで動物のように前に跳躍するような走り方で地下水路を駆け抜ける。その様子はまるでカンガルーのようだ。


 もう一方は全く同じ動作で、僕の方へと走ってきた。ロングコートが隆起し、袖が破れる。


 その男の両腕は鋏のような鋭利な刃物になっていた。人を切り刻むのに適した形。その刃を速度を殺さず振り上げて、僕へと振り下ろす。


「攻撃するまでに時間かかりすぎ。僕を相手にするんだったら、見た瞬間に攻撃する! くらいの意識でいないと」


 男の身体を無数の魔弾で撃ちぬく。両腕の刃物が折れ、ばね仕掛けの両足がへし折れ、下半身が完全に壊れて、残るは胴体と頭部のみってなったところで気付く。


「……めっちゃ精巧な人形! 一瞬、四肢を改造した人間かと思った!!」


 パット見だと人間だと思ってしまうくらいの精巧な人形。魔力反応もあったし、魔法師なのかな……と疑うくらい出来がいい。


「って犯人褒めてる場合じゃない!! 人形だとしたら、一体は綺麗に持って帰らないと哲学者がブチ切れる!!」


 ここまで精巧な人形、そして神隠しの実行犯となると、犯人の核心に迫る記録を持っている可能性が高い。僕は急いでもう一体の方を追う。


 例え魔力阻害で魔力探知できずとも、音で判別できる。


 風を切る音、ばね仕掛けの機構の作動音、担がれている学生の鼓動や息遣い。それで位置を特定すれば追いつくことなんて簡単だ。


「やっ! また会ったね人形」


 僕は人形の近くに転移する。魔力阻害があったとして、自分一人の転移くらいなら難なくこなせる。流石に長距離は無理だけど。


「君から知りたい情報は沢山ある。その魔力核貰うよ」


 次の瞬間、人形が急停止する。人形の胸の部分にはぽっかりと大穴が空いており、そこにはめられていた球体状の魔力核が僕の手元にあった。


 転移魔法のちょっとした応用だ。僕の腕だけを魔力核があるところに転移させて、魔力核を握り、そのまま元の位置に転移しなおす。


「早速思いがけない収穫があったね。もう一体の方も回収しておくか」


 何なら人形も回収しておこう。何かに役立つかもしれないし。


 こうして僕は半壊の人形二体と、攫われた学生を担いで地上へと戻る。


「く、黒仮面卿!? ど、どうしてこんなところに!?」


「君達は……魔法師団の人か」


 地上に戻ると魔法師団の団員が数名、魔力阻害装置の撤去作業をしていた。


 僕の登場に驚いてか、その場にいる団員は驚きながらも僕の元へ近寄ってくる。


「い、一体どんな任務で? その担いでいるものは?」


「も、もしかして何か調査に進展が!?」


「調査の進展だけではなくて、神隠し事件を未然に防ぐなんて流石です黒仮面卿!!」


「少し離れてくれないか? 彼女が起きてしまう。どこか、彼女が安静にできる場所はないか?」


 色々と聞いてくる団員達に僕はそう聞く。そのうちの一人が椅子を持ってくる。


「こちらにどうぞ! ……それでその学生さんは?」


「偶々、犯人が拉致しようとしたところと遭遇してな。救出してきた。一応目立った外傷などはないが、何があるか分からない。丁重に保護してやってくれ」


「分かりました。それで……その二体の人形は……?」


「君達が気にすることではない。……僕はもう行く。その子をくれぐれもよろしく頼む」


 僕はそう言って賢人の剣の本部へと転移する。


「黒仮面卿意外と早い帰宅ですね……ってまた色々と担いできましたね」


「色々あってね。夜遅いけど、哲学者に連絡してほしい。今すぐに解析してほしい人形があるって」


「分かりましたよ。そこは私が引き継ぎましょう。しかし、ふふっ、勉強会のためにやる気を出してくれたんですか?」


 今までなんの進展もなかった神隠し事件の調査に、大きな進展をもたらすかもしれない物を担いで帰ってきたのだ。


 ステラがニヤニヤと笑いながら、そう聞いてくるのも無理はないだろう。本当は偶々運が良かっただけだけど……。


「まあ……少しはそうかもね」


「嬉しいことを言ってくれますね。そんなにも私達と勉強するのが楽しみだなんて……シン君も欲張りさんですね」


「待った。なんだその欲張りさんは……? 一体なんのことなんだ?」


 首を傾げる僕にステラは楽し気な笑みを浮かべてこう口にする。


「ふふっ、秘密です」

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