王女様と勉強会

「……随分と無口でしたね黒仮面卿」


「そりゃあ無口にもなるよ。話しすぎたら僕の正体がバレかねないからね」


 報告会が終わった後、ステラは僕へそんなことを聞いてくる。


 まあ別にノエル義姉さんとアリアの時だけ無口だったわけじゃない。基本的にああ言う場では人と話していることに長けているステラに任せていることが多い。


「ふふっ、それにしても随分と慕われていますね? 黒仮面卿」


「……同じような言葉、さっきも聞いた気がするんだけど」


 ステラはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる。


「憧れの黒仮面卿が実はいつもそばにいる優しいお兄ちゃんっ! もしくは弟っ! って分かった場合の彼女らの反応がぜひ見てみたいものですね」


「……それは少し考えたくないな」


 二人は貴族令嬢でありながら、何故か婚約相手がいないということで有名だ。


 アリアもノエル義姉さんも二人とも美少女中の美少女。魔法学園での人気は群を抜いている。


 なのにそういった話は聞かない……。なんか、そこらへんに嫌な予感がするんだよなあ。


「あら? 婚約相手がいないのは私も同じですよ?」


「……どうしてこう、僕の身の回りの女の子達はそろって婚約者がいないんだ」


「ふふっ、さてなんででしょうかね?」


 三人ともその気になれば作れるはずなのになんで作らないんだろうか……。これが永遠の謎だ。


 というか、さらりと心を読んできたなステラ。仮面をつけていないとはいえ、そんなにも顔に出ていたのかな?


「まま、浮かれたお話はここまでですよ。黒仮面卿。ここからは貴方の仕事です。報告会での報告、調査結果などを元に、犯人の活動区域を割り出しました。まずはここらへんを調査してもらいます」


「結構多い……っていうか、王都の地下含めてほぼ全域か。これは徹夜漬けかな」


 ステラが先ほどから何かを書き込んでいた地図を受け取る。


 それは王都の全域図。ステラはそれまでの魔法騎士、魔法師の調査結果を元に、そこへ犯人の活動区域を割り出していたのだ。


 地下まで含めるとほぼ全域。足を使っての調査はとにかく時間がかかる。


「あ、ちなみになんですけど。サボりまくってるシンくんは知らないと思うんですけど、今週から試験なんですよねうち」


「……今日はちゃんと全部出席したから知ってる……って、あ」


「あら珍しい……ってなんですか? 何か思い出したのですか?」


 や、やっべえ〜〜アリアに試験勉強を教える約束をしていたんだ!!


 どれだけ賢人の剣の活動が忙しかろうと、学業は降りかかってくる。


 試験で赤点なんて取った日には、目の前のステラと第一席からブチ切れられ、第二席の哲学者からは永遠と嫌味を言われ続けるだろう。


 それに僕は正体を隠して活動している側だ。


 神隠し事件の調査をしていて試験すっぽかしましたとなれば、勘のいい人たちは何かしら気がつくかもしれない……!


「あ〜〜いや、アリアと試験勉強することを忘れてたなって」


「ああ……。アリアさんって勉強苦手と聞きますしね。実技はとんでもなく優秀なんですが、学科試験の方はもっぱら低空飛行と」


「僕みたいに勉強をサボってるとかじゃなくて、不器用っていうかなんていうか。最終手段一夜漬けで仕込んでも、自力だと中の下くらいだ」


 アリアは自力で試験を受けると、後一点で赤点、内申点込みで赤点回避みたいな点数になってしまう。


 特に計算系は絶望的で、一夜漬けどころか、この辺が出るだろうという山を張って勉強してる始末。アリアの場合、その手の勘はよく当たるからなんとか赤点を取らずに済んでいるが……。


「……一瞬聞き捨てならないことを聞いた気がしますが、まあシンくんは授業サボりますけど、試験の点数はほぼ満点なので良しとしましょう。いや、学生としての私としては辛酸を舐められ続けているので複雑な気持ちですが」


 ステラは賢人の剣、王族としての公務をこなしながら、授業になんとか出ている。


 たまに休んだりするが、それで成績が落ちることはなし、多くの学生から尊敬の眼差しを向けられる模範生徒だ。


 そんなステラは、毎回試験で僕に負けている。


 試験は大体、学年一位が僕、二位がステラみたいな構図だ。僕がめっちゃ忙しい時は順位下がったりするけど。


「前々回くらいはステラさんが勝ってるじゃないか……。学力はそんなに差があるとは思えないけど」


「あの時はシン君、第二席と国外で活動して、ほぼ授業参加せず、帰ってきたのは試験の前日とかだったじゃないですか。私が有利な立場ですし、それでも君は二位ですからね」


 ……まあこういうところが正々堂々としてるというか。


 ステラは毎回、対等な条件で試験に勝ちたいと言ってる。試験に勝っても、僕が実働部隊としてめちゃめちゃ忙しく働いていたから、今回はノーカンとか言うのだ。


「逆に私が教えて欲しいですよ勉強」


「何も教えるようなことないじゃん。あとは凡ミス無くすくらいでしょ」


「まあそれはそうなのですが、時々の意地悪問題には……そうだ。シン君、勉強会やりませんか?」


 ステラはいいことを思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


 こんな提案されたのは魔法学園に入ってから一年くらい経つけど、初めてのことだ。


「私もアリアさんの勉強を見られますし、シン君の負担は減ります。これはいい提案なのではないでしょうか?」


「で……でもアリアは萎縮しないか? それに場所だって……」


「まあまあ、そこら辺は気にせずにっ! 場所はそうですね……シン君のお家というのはどうでしょう?」


 あまりにも唐突すぎる場所の提案に、僕は思わず飲んでいた珈琲を吹きそうになる。


「ん、ごほっ! い、いきなりすぎないかい!? ぼ、僕の家ぇ!?」


「いいではありませんか! それとも王城とかにします?」


「いやそれは勘弁……。いやいや魔法学園だってあるでしょ!」


 王城で勉強会とか集中できない……!


 仕事で行く時でさえいまだに緊張するっていうのに!


「学園ですと他の人の目がありますし、何よりもシン君の料理が食べられませんからね」


「くそっ、それが本音か!!」


「はいっ! ですのでお土産にいいものをお持ちしますのでよろしくお願いしますね」


「……まあいいや。僕の負担が減るならそれはそれで魅力的だし」


 アリアの勉強を見るのはかなり時間がかかる。


 それに神隠し事件のこともあるし……、ステラがいるなら神隠し事件に巻き込まれる心配も少ないだろう。


 なにせ、アリアとノエル義姉さんは、神隠し事件の被害者と同じ『魔力を持っている人間』で、犯人に一番近付いた人物だ。


 ある意味、次の被害者候補でもあるかもしれない。


 保険はかけてあるけど、ステラが一緒になってくれるならなお安心だ。


「決まりですねっ! 予定は早めに組んじゃいましょう。明日とかはどうですか?」


「僕、今から王都中駆け回る予定なんだけど……」


「明日が良さそうですねっ!」


「人の話聞いてた!?」


 ステラは容赦ないことで有名だ。いや、本当に国民に向けている慈悲の心を一割くらい僕に向けてほしい……。


 まあそんなこんなで予定を無理矢理詰められて……僕は王都を駆け回ることになるのであった。

 

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