黒仮面卿と兄への疑惑

【アリア視点】

「お、お姉ちゃん……っ! 私達、ど、どうして賢人の剣に呼び出されてるの……?」


「私が聞きたいくらいだ。やはり昨日の件なのか?」


 私とお姉ちゃんは魔法騎士団の急な呼び出しで、本部に来ていた。


 呼び出された理由は、賢人の剣が神隠し事件について話を聞きたいから。どうやら王国はこの事件に賢人の剣を投入することを正確に決めたらしい。


「わからないけど……とりあえず行こう!」


「ああそうだな。賢人の剣の人を待たせてはいけない」


 私達は呼び出された部屋の扉をノックして入る。


「失礼します。魔法騎士団、団員のアリア・ハートフォード。入ります」


「同じく団員、ノエル・ハートフォード入ります」


「よく来てくれましたね。どうぞそこに座ってください」


「…………」


 私達は大きな緊張を胸に、僅かな興奮を覚えていた。


 賢人の剣、第五席と第七席が並んで座っている……!


 賢人の剣はそれこそみんなの憧れだ。第五席、黒仮面卿は多くの魔法騎士から慕われている。


 そしてもう一人。第七席、天狼姫。あるいはステラ・フォン・キャメロット。第一王女にして、賢人の剣に所属している才女。


 彼女は、私達と同年代でありながらも、類まれなる才能と実力で賢人の剣に選ばれた。そのカリスマ性、見た目、能力から、私達同年代からの支持は厚い。


 私達はいつにも増してぎこちない動きで、案内された椅子に座る。


「さて。改めて自己紹介を。私は賢人の剣、第七席天狼姫。そしてこちらが賢人の剣、第五席の黒仮面卿です。本日はよろしくお願いしますね」


「…………」


 ニコリと微笑みながら話す天狼姫と、仮面の下で何を考えているのか無言を貫く黒仮面卿。


 天狼姫の言葉は耳心地がよく、素直になんでも話したくなる一方で、黒仮面卿の無言の圧が発言への責任、場の緊張感を高めている。


 正反対に見えて、この組み合わせはすごく相性がいいのかもしれない。


 だからなのか、私の胸の中でなにかモヤッとしたものを感じる。


「そう緊張しなくてもいいですよ。特にアリアさん、ことなんてしなくても」


「お、おいアリアっ! どうしたんだ?」


 たおやかに笑う天狼姫……慌てて止めようとするお姉ちゃん。


 わ、私……天狼姫のことを睨んでいたの……?


 む、むぅ。なんだろう、この胸の想い。


「すみません。あまりにも緊張してて……」


「ふふっ、大丈夫ですよ。では、これから神隠し事件についてのことを聞いていこうと思います。先ずは貴方たちの調査結果について聞かせてくれませんか?」


 私は気を取り直して、これまでお姉ちゃんと二人で調査したことを、天狼姫と黒仮面卿に話す。


 黒仮面卿は終始無反応だったが、天狼姫は頷きつつ、話に反応してくれてる感じだ。


「……なるほど。神隠し事件の被害者は、あるいはと判断したわけですね」


「はい。数名、神隠し事件に遭いながらも、保護された人物から聞いた様子ですとおそらくは」


 お姉ちゃんが報告をしていく。いつも冷静にこういったことをこなすお姉ちゃんも、今日は緊張のせいか声が震えていた。


「参考になりますね。被害者はどこで見つかったのか聞いても?」


「王国騎士団本部、並びに王国魔法師団本部の前です」


 神隠し事件。被害者はみんな魔力を持っている人だ。それも一定以上の。


 保護された人たちは魔力を大して持っておらず、代わりに魔力が込められたものを所持していた。


 そして保護された人はみんな、お姉ちゃんが言った通り、本部の前に放置されていた。不思議なことに誰が連れてきたとか、いつからそこにいたのか不明なまま。


 みんな保護された人がいつきたのか、目撃していないというのだ。そのとき、本部を哨戒していた人たち含めて。


「なるほど……。ありがとうございます。これはとても有益な情報として記録しますね」


 にこやかに笑うステラ王女様を見て、不思議と緊張が和らぐ。


 だからだろうか……。緊張が解けたことで、私は先ほどから感じていたけど、気にしていなかったことに意識が向いた。


「あれ……この匂い」


「おや? どうやら気が付いてくれましたか。少しでも緊張が和らげばいいなと思いまして、フェアリーローズの香水をつけてきたのですが、皆さん、萎縮してしまって中々効果が……」


「フェアリーローズの香水といえば入手困難で有名の……! 私も探しているのですが、中々見つからず……」


「この事件が解決した時にはいい商人を紹介しましょう。しかし、鉄の生徒会長にもそんな趣味があったんですね」


「いや……その名前はその……! やはり汗臭いというのはどうかと常々思っていまして」


 お姉ちゃんとステラ王女様が話に花を咲かせている頃、私は全然違うことを考えていた。


 この香水の匂い……、今朝


 フェアリーローズの香水が超レアものというのは、化粧品にイマイチ興味がない私でも知っていることだ。そんな中々手に入らない匂いを漂わせることなんてあるのだろうか……?


 私はちらりと黒仮面卿を盗み見るようにして、様子をうかがう。


 話が横道に逸れて盛り上がっている二人を、黒仮面卿は気にすることなくただ無言のまま座っていた。


「おっと、話が逸れすぎましたね。では黒仮面卿。この紙に魔力の刻印を」


「……分かった」


 ステラ王女様が黒仮面卿に一枚の紙を渡す。あれは報告書を作ったりする際に使われる記録用の魔道具だ。


 魔力を流すことで録音、保存、再生が行なえるもので、複数人の魔力を流すことで、第三者が使うことを防止できるのだ。


 黒仮面卿が手袋を外す。その瞬間、漂ってきたのは仄かな。当たり前のことなんだけど、黒仮面卿もご飯を食べるんだ。


「ではこれで終わりです。貴女達は明日から通常通りの業務に。必要とあらば、またこちらから連絡しますね」


「はい、いつでも呼んでください。妹も、私もいつでも貴方たちの力になります」


「いつでも動けるように待機しています! 昨日、助けていただいた黒仮面卿のためにも、精一杯やれることはやりますので!」


「ふふっ、頼もしいですね。こんなに慕われているとは随分と幸せですね、黒仮面卿?」


「……余計なことを言いすぎだ。第七席。扉には転移の魔法をかけてある。行きたいところを念じればそこに繋がるだろう。君達の協力に感謝する」


 黒仮面卿の言う通り、扉には魔法陣が描かれていた。来た時には何もなかったはずだから……もしかして、この一瞬で転移の魔法をかけたの……?


 転移なんていう準備に時間を費やし、超高難度と言われていることを軽々しくやってのけるなんて……やっぱり、黒仮面卿は凄い!


 私とお姉ちゃんは一礼した後、扉を開きそこをくぐる。次の瞬間、私達は家の玄関にいた。


「……転移魔法って不思議な感覚だよね。もう、家にいるもん」


「何回か経験してるが、慣れないなこれは。……お腹減った。シンが夕食を準備しているはずだ。早く行こう」


「え!? 久しぶりにお兄ちゃんの料理が食べられるの? やったー! 今日はなんだろう!!」


 緊張も解けて、なんだか凄くお腹が空いてきちゃった。


 お兄ちゃんの作る料理は絶品だ。お兄ちゃんはどんな料理でも作れちゃう人だ。その気になれば料理一本で生計を立てられるくらいには料理がとにかく上手い。


 私とお姉ちゃんは、久しぶりのお兄ちゃんの料理に胸を躍らせながら、居間へと向かう。


 その時だ。私はそこにいるはずのお兄ちゃんの気配がないことに気付く。居間は無人で、居間と繋がっている厨房には自動調理の魔道具と、一枚のメモ書きだけが残されていた。


『研究室の呼び出しがあったので今日は帰りません。ノエル義姉さんの注文通りビーフシチューを作りました。二人で食べてください』


 間違いなくお兄ちゃんの筆跡だ。


「そうか。久しぶりに三人で夕食と思ったんだがな。まあ仕方ないか。私の注文を聞き届けてくれたから、あまりわがままは言えないな」


「あ、バゲットも用意してくれてる。お兄ちゃんこういうところが気が利くよね……ってあれ?」


 お姉ちゃんが自動調理の魔道具の蓋を開けた時だ。


 私はそこから漂ってきた匂いに思わず声をもらしてしまう。


 。それは先ほど黒仮面卿の手から漂ってきた匂いと同じで……。


「どうした? お腹減っているんだろう? 一緒に食べようじゃないか」


「あ、う、うん! 私バゲット焼いたりするね!」


 お姉ちゃんの言葉に引き戻される私。


 香水の匂いといい、今の匂いといい、もしかして黒仮面卿は……。


 いやいやないない! お兄ちゃんは戦うのが嫌いで、魔法を研究目的に使っている生粋の研究者タイプ。


 それに対して黒仮面卿は、実力者揃いの賢人の剣で最強と呼ばれるくらいの人だ。似ても似つかない!


 で、でも……もしかして、本当にお兄ちゃんが黒仮面卿だったら……私。


「あの時も、昨日も、お兄ちゃんが助けてくれたっていうことなの……?」


 自分の危機を二回も助けてくれた救世主。私達は今までお兄ちゃんがそうだとは知らずに、ずっと黒仮面卿への言葉の数々を言ってたっていうこと……!?


 そ、そう考えるとなんだか恥ずかしくなってきた!! い、いやいや待て待て。まだ確認する手段はあるじゃないか!!


「胸の傷……! そうお兄ちゃんの胸を確認すれば……!!」


 私はお姉ちゃんに聞こえないようにそう呟く。


 そう、私はあくまでお兄ちゃんの胸を確認するだけ。なんにもやましい気持ちはない。むしろ、胸に傷なんかあったら心配だな~~って、そういう善意の心から確認しようとしているだけだ。


「お兄ちゃん……! 今度帰ってきた時には、その胸を見てあげるんだから!!」


 私って、もしかすると貴族令嬢にあるまじきことを言っているのかもしれない……なあ。

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