第七席からの呼び出し

「ただいま……まだアリアは帰ってきてないか」


 帰り道で買い物を一通り終えた僕は、静かな家を見てそう呟く。


 魔法騎士としてあちこち走り回っているのだろう。朝から夜までご苦労なことだ。


「じゃあ、そんな頑張ってる二人のためにも、精力が出るような料理を作っておかないとねっ!」


 束の間とはいえ貴重な休日。普段家にいない分、二人のためにも腕を振るって料理をしてあげよう!


 そんな気分だから、ついつい高い肉にも手を出したくなる。


「エンシェントブルのヒレ肉……っ! つい奮発して買ってしまった……!!」


 濃厚な脂身とがっしりとした歯応えが特徴的な高級肉。賢人の剣でそれなりに稼いでいるとはいえ、忙しすぎてお金を使う暇がない。


 こういう時くらいしか贅沢できないのだ。


「材料を切って、煮込んで、香辛料を数種類混ぜたやつを入れて……よし、これでいいでしょ!!」


 人々の生活は魔道具によって成り立っている。


 ぐつぐつとビーフシチューを煮込んでいる鍋。これもまた魔道具で、魔力で駆動し、料理に合わせた適切な圧力や温度加減にしてくれる優れものだ。


 後は待つだけ。完成が待ち遠しい……なんて思ってたら、耳につけているイヤリングから声が聞こえてくる。


『今何をしているか当ててあげましょうか? シン君』


「……随分と嬉しそうな声だねステラさん」


『そりゃあもう、姉妹のために手料理なんて二人は恵まれているな〜〜と思いまして。普段、こき使われている私には何もありませんのにねえ?』


「…………すみません。いつか礼はします」


『ふふっ、よろしい』


 イヤリングから聞こえてくるのは、僕を揶揄って楽しげな声をあげるステラだった。


 通信型魔道具。微弱な魔力を使い、遠方の相手と会話できる魔道具だ。


 これは賢人の剣にしか渡されていない高性能機で、どんな状況でも通信ができる。


『さてさて、こうしてわざわざ連絡したということはどういうことか、わかりますよね? 黒仮面卿』


「……解析終わったと見て良さそうだね」


『えぇ、第二席の哲学者がやってくれましたよ。後伝言です。次破損した記録なぞ持ち込んだら、お前の頭を解剖してやると』


「やっぱ壊れてたか……。次からは上手くやるようにするよ」


 僕はそういった細々とした作業は得意ではなく、もっぱら戦闘専門だ。


 人形や魔道具に搭載されている魔力核には様々なことが記録されている。特に人形みたいな複雑な機構だと、記録されているものは膨大だ。


 その記録を取り出すだけでも一苦労。ましてや壊れた記録を復元するのはかなりの手間と聞く。


 第二席が怒るのも無理はないだろう。うちの戦闘専門はそういう、壊すしか脳がない人が多いから。


『それと、第一席、およびお父様が正式に決定しました。神隠し事件、第五席と第七席が主となり、支援要員として第二席を投入。速やかに事件の解決に当たれとのことです』


「僕、ステラさん、そして哲学者か……。まあ妥当といえば妥当なラインか」


『手が空いてるのはその三人だけですから。ちなみに早速お仕事ですよ黒仮面卿。今から貴方と私で数名の騎士へ事情聴取をしますよ』


 【賢人の剣】は王族直属の部隊ゆえに、そう簡単な事件には関与しない。


 組織として正式に関与するときは、リーダーである第一席、そして国王の承認が必要だ。


 これで僕らは使えるもの全てを使ってことにあたることができる。今までは単独行動だったけど、これからは組織の力を使えるということだ。


「……っていうか、今から? え? マジ?」


『大マジです。ビーフシチューは諦めてくださいね。今日から本部で缶詰ですよ、黒仮面卿』


「……だああああああ!!!! そんなことだとは思ったよちくしょう!!!」


 愉快げに話すステラの声を聞きつつ、僕は叫びを上げる。


 ビーフシチュー……楽しみにしていたのに!!


『ということで十秒以内に本部へ来てくださいね』


「転移使えっていうのか!? ああもう! 本当に今からじゃん!!」


『じゅーう、きゅーう』


「あ、やべ! カウンドダウン始めやがった!!」


 遅れたら何を言われるかわかったものじゃない。エプロンをつけたままだけど……今は一分一秒が惜しい!


 僕は転移魔法を発動し、本部へと転移する。ビーフシチューは魔道具が自動で調理してくれるから特に問題はないだろう。


「あ、書き置きだけ残しておこう」


 転移魔法を使いながら僕は書き置きを残していく。これで二人に心配をかけることはないはずだ。


「はーち、いちっ!」


「うおっ! あぶねぇ!! やっぱり真面目にカウンドダウンする気はなかったか!!」


「よく分かってますね。ふふっ、少し遅ければ面白いことができましたのに」


「残念がるのはやめてくれ……本当に肝が冷える」


 賢人の剣の本部。それも僕の部屋にステラはいた。ステラにも部屋は与えられているはずなのに、当たり前のように居座ってる……。


「まあですが私個人としては面白いことは起きますよ。なにせ、事情聴取の対象に貴方のお姉さんと妹さんが含まれていますから」


「…………マジ?」


「ええ、大マジです。それに彼女ら二人は襲撃を受け、無事に帰還した数少ない魔法騎士です。お話を聞く価値ありかと」


 マジか〜〜、助けたときはともかく、また黒仮面卿として二人と会わなくちゃいけないのか。


 まあでもステラの言う通りだ。二人に話を聞く価値はあるだろう。それにこれも仕事の一環。平和を守るためにやらなくちゃいけない。


「よし、事情聴取は僕と七席だけかい? 二席は?」


「来るつもりはないらしいですよ。ほら、あの人が来ると事情聴取が異端審問に変わってしまいますので」


「ああ……なるほど」


 第二席……哲学者はとにかく厳しい人だ。誰に対しても容赦がなく、下手なことをしたらゴリ詰めが始まってしまう。


 それに……みんなが、席次が賢者の剣の中での地位だと思い込んでいる節がある。第一席以外はそんなことないんだけど……。


 よって、第二席はいるだけで圧がかかるし、本人の性格上、ろくなことにならないのは目に見えている。


 だから参加しないのだろう。


「さて、仕事だ。手早く終わらせよう」


「やはり、シン君がその仮面をかぶると頼もしさ十倍増しですね」


「……こき使われなきゃ嬉しい言葉なんだとけどね」


 頼もしさ十倍増しということは、百倍頼られるということだ。少なくともステラの前では。


 そんな軽口を叩き合いながら、僕らは魔法騎士団本部へと向かうのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る