ノエルのお手伝い

「シンじゃないか。真面目に授業に出ているとは偉いぞ。流石は私の弟だ」


「ノエル義姉ねえさん……。僕が悪いのは分かってるけど大声で言うのはやめてっ!!」


 どや顔で胸を張る義姉さんを見て、僕は顔を赤くしながらそう言う。


 僕の反応を見てか、義姉さんはいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。


「ふふっ、こう言われたくないのなら今度からは真面目に授業に出ることだな」


「極力努力します……」


「いつもそう言っているから、次は実行してほしいのだがな。成績トップが授業サボって落第とか洒落にならないぞ」


 まあ確かに義姉さんの言う通りだ。授業をサボりすぎというのも単位に関わる。


 ……神隠し事件が終わったら学業に専念したいところだ。そのためにも一刻も早く、神隠し事件は解決しないと!


「ところでアリアはどうした? 今日姿を見ていないんだが」


「アリアなら魔法騎士団の方に。なんでも神隠し事件の調査とかで」


「なるほど。まああんな襲撃の後だ。アリアなら上手くやるだろう。私は負傷でしばらく休めと命令されてしまってな。どうやら軽度な呪いがかけられていたらしい」


 義姉さんは視線をゆっくりと自分の腕に落とす。


 昨日の戦いで負った傷。傷は軽度なもので治療自体は簡単だったらしいが、一つ問題が残ってしまった。


 それはその傷にかけられた呪いだ。神経毒的な物らしく、感覚が一部鈍くなっているらしい。近接戦闘が主とする義姉さんにとって、それは大きなハンデとなる。


 よって命令で義姉さんは待機することになったそうだ。


 これは全部、ステラが秘密裏に教えてくれた。


「生徒会の仕事が積みあがっていたからな。これを機に消化しようと思う。シンはこれからどうするつもりだ?」


「特に予定はないから帰ろうと思ったけど……。うん、決めた。少しだけ手伝っていくことにするよ」


「いいのか? 久しぶりに時間が空いたのだろう? 偶には休んだ方が」


「気にしない気にしない。ノエル義姉さんこそ、無理は禁物だ。荷物持ちくらいならやるからさ」


 僕はそう言って義姉さんから鞄を取る。義姉さんは一瞬頬を赤く染めた後、僕から視線を背けて小さい声で言う。


「全く……そういうところは変わらないんだな。分かった。幾つかの資料がほしいんだ。シンにはそれを持ってきてもらおうかな」


「お任せあれ!」


 僕は義姉さんに案内されながら、生徒会の倉庫から指定された幾つかの資料を持って、それを生徒会室に運ぶ。


「すまない助かった。今後の予算会議で使いたくてな。今日の内に資料をまとめておこうと思うんだ」


「予算会議……あ」


 僕はふと研究室のことを思い出す。


 ノエル義姉さんが所属している魔法学園生徒会。ここは魔法学園の心臓部であり、脳みそだ。生徒の自主性に重きを置き、貴族としての公務を学ぶ場として、生徒会ではお金を動かす仕事を任される。


 そのうちの一つが予算会議。ざっくりいうと魔法学園にある無数の組織にどれだけのお金を分配するかというものだ。


 魔法学園には部活動、研究室、同好会など、無数の組織がある。


 基本的に規模の大きい組織から予算分配が決められていく。僕が所属する研究室はマイナーもマイナー。かなり小規模な研究室だから、予算は雀の涙ほどしかない。


「魚心あれば水心って言うじゃん? ノエル義姉さんに頼みたいことがあるんだよね」


「丸わかりだぞ。予算会議という言葉を聞いた瞬間、目が輝いていたからな。まあ労働に対する報酬。実績に応じた対価か……。あの研究室は、小規模ながら挙げている成果は確かなものだ。よかろう。予算会議では私からある程度口添えしておこうじゃないか」


「ありがとう!! ノエル義姉さん好きだよ!」


「な……ん、んん! あんまりそういうことを往来がある場で言うべきではないな」


 義姉さんが珍しく照れているのが分かる。いつも気丈に振舞っている義姉さんは、こういう風に褒めると弱いというのは分かっているんだよ。


「まあ、ここからは私一人で十分だ。ありがとうシン」


「どういたしまして。帰り際、夜ごはんの買い物だけ済ませようかなと思うんだけど、何か食べたいものはあるかい?」


 ハートフォード家は王国でも有数の公爵家。なのだが、僕ら三人は学園に近いところで親元を離れて暮らしている。


 その理由としてある程度の自活能力を鍛えるため……と、三人が三人とも自由に生きたいからというものだ。


 公爵家である以上、いずれは公務などをしなくてはいけない立場。しかし、親の方針と僕らの要望により、学生である間は自由に生きていいというお達しが来ている。ありがたいことに。


 なので、何を食べるにしても自由だけど、食べるものはこちらが用意しなくちゃいけない。我が家は基本的に手が空いている人が料理を用意する。


 今日は僕が一番暇なため、久しぶりに厨房に立とうと思ったのだ。


「ん~~じゃあビーフシチューが食べたいな。シンが作るビーフシチューは美味しいから」


「ビーフシチューね、了解。じゃあ作って待ってるよ」


「ああ。あまり遅くならないように帰るつもりだ。神隠し事件のこともあるしな」


「帰ってくるときは気を付けてね」


 僕はそう言って生徒会室を後にする。


 義姉さんが万全の状態ならなんの心配もいらないだろう。けれど、今の負傷と呪いにかけられた状態だと何があるか分からない。


「……使い魔くらいは放出しておくか。まあ後は転移用の小型魔法陣も仕込んでおけば……よしこれでいいだろう」


 生徒会室の前で僕は義姉さんに悟られないよう、幾つかの魔法を並列発動する。


 これで何があっても取り合えずは大丈夫だろう。この魔法を解除できるのも、賢人の剣でも早々いないはずだ。


「さーて、帰ったら料理でもするかな。まだ神隠し事件の進展はないようだし」


 今日一日、授業を受けながら調査の進展があるのか気にしていたけど……。結局一つもなかった。


 魔力核の解析に手間取っているのか……? 中にある記録を壊さない程度には手加減したはずだけど……もしかしたら記録が幾つか破損していたりして。


「…………ま、それを何とかするのが後方支援組の仕事だから。頼んだよ」


 僕はそう呟いて、ビーフシチューの材料を思い出しつつ帰路につくのであった。

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