義妹との朝食
「——っていうことが昨日あったんだ〜〜! 黒仮面卿かっこよかったな〜〜!!」
「ねえアリア。その話、今朝だけで何回するつもりなんだい?」
「そんなに私したかな? 二回くらいじゃない?」
「六回目だよその話……」
僕は肩を落としつつ、朝食のパンを頬張る。朝起きてからこっち、アリアは昨日の出来事をずっと語ってくるのだ。
「だってえ〜〜黒仮面卿かっこよかったんだもん! 使う魔法をずばばば〜〜って! それに多くを語らず去っていくところとか特にかっこいいなって!!」
「……そ、そうなんだ」
僕は目を輝かせながら黒仮面卿のことを語るアリアからそっと目を逸らす。
僕には血の繋がっていない姉妹がいる。ノエル義姉さんと妹のアリアだ。
僕が十七歳で、アリアが十六、ノエル義姉さんが十八という年齢差。アリアとノエル義姉さんは黒仮面卿にぞっこんだ。
なにせ三年前に命を救ってもらったとかで……。
「お兄ちゃんにも見て欲しかったなあ……。ねえ、お兄ちゃんっ! やっぱり魔法騎士団に入らない? 授業サボり気味だし……みんなからの評価を上げるにはうってつけじゃない?」
「やめておくよ。それに一つ訂正。サボってるわけじゃない。研究室で研究してるだけで、単位取得に問題ない程度に休んでるだけだ」
「それを人はサボるっていうんだよ」
ジト目で見てくるアリアに対して、僕はあははと笑う。
【賢人の剣】、実働担当の僕は、とにかく昼夜問わず駆り出されることが多い。
時には完徹を強いられることもあり、そういう時は大体本部で寝ているため、授業をサボりがちだ。
特に今は神隠し事件がある。連日徹夜で調査が日常になりつつあるのだ。
「あとちょっとお兄ちゃんに聞きたかったんだけど。昨日、女の人と会った? 香水の匂いがするんだけど……」
「……い、いや気のせい、じゃ、ないかな……」
さらにジト目を強くして、アリアはそう口にする。
お風呂に入って洗い流したはずなんだけど、あの香水結構いい匂いだから残ったのかな……。ステラがつけていたやつ。
「むぅ〜〜。もしかして授業サボって女遊びとかしてたの!? こんな可愛い妹が目の前にいるっていうのに!? お兄ちゃん! 私悲しいよ……およよよ」
「お、女遊び!? ち、違う誤解だ! そんなこと絶対するもんか!!」
泣くふりをするアリアに対して僕はそういう。
アリアが嗅ぎ取ったという香水は、ほぼ間違いなくステラがかけているものだろう。
数日前、こんな会話を彼女としたのを覚えている。
『シン君、シン君。レアモノの香水手に入れたので自慢しにきましたよ』
『男の僕に香水の自慢なんてするのはどうなんだ……? 他にいるでしょ……』
『それはそれ、これはこれです。フェアリーローズの香水。超レアモノなんですよ。特別に嗅ぐことを許しましょう。ほら、私の匂いを嗅ぎなさい?』
『…………それは異性に言う言葉なのか? いろいろ間違っていないか?』
『そういえばふと思い出したのですが、美少女同級生に授業サボった事情を説明させている引きこもり魔法騎士がいるらしいですね。今度会ってみたいものです』
『……すみません。言う通りにします』
こんなやりとりがあったのを思い出す。確かにいい香りがしたし、それを褒めたら次の日からその香水を惜しげなく使うようになった。
恐らく、昨日千里眼を使ってもらった時に匂いがついたのだろう。さて……どうやって誤魔化そうか。
「じゃあなんだって言うのさ。お兄ちゃん、嘘言ったらお姉ちゃんに言うからねっ!!」
「あ、あ〜〜そ、そう! 昨日、研究室に篭ってたんだ……! 恐らくその時の薬品の匂いじゃないかな……」
ジト目は継続……うぅ、視線が痛い!
アリアは数秒ジト目で僕を見つめて、根負けしたのか大きなため息をつく。
「嘘言ってないっぽいし、そう言うことにしておくよ。でも今度の試験大丈夫なの? 噂だとかなり範囲広いって聞いてるけど」
「それはアリアが心配すべきことなんじゃない? いつも赤点ギリギリだろう?」
「うぐ……。ま、また勉強教えてください」
「あいよ」
アリアは実技こそ得意だが、学科はボロボロだ。いつも赤点ギリギリで、一夜漬けで勉強してる。
「まあお兄ちゃんいれば安心だよねっ! お兄ちゃん一位だしっ! なんやかんやすごいっていうのは分かってるし!!」
「あんまり僕を頼りしないで欲しいな……。まあ頼まれた以上引き受けるけど」
「そんなお兄ちゃんが好きだよ! えへへ!」
アリアは子供のような笑みを浮かべる。時々見せる無邪気な笑顔にドキッとしてしまうのは内緒だ。
「じゃあ意地悪な質問、僕と黒仮面卿。どっちの方が好きなんだい? よくどっちも好き〜〜みたいなこと言うけど」
「あ、お兄ちゃん黒仮面卿に対抗意識を向けてるの? それだったら残念っ! お兄ちゃんのことはあくまで家族として好きなんだよっ! 黒仮面卿は別なんだからっ!」
「流石に戦力差がありすぎたか……」
「ふふん当然! 黒仮面卿は凄いんだからっ! 何事件をちょいちょいと解決して正体不明! そんなミステリアスなところや、さりげない気遣いができるところが、女の子から大人気なんだからっ!!」
そ、そこまで思われてるのか……。全部ステラが、『口数は減らした方がいいですよ。正体がバレたくないなら特に』って言ってたから減らしてるんだけど……。
もしかしてステラ、僕に冗談を吹き込んで実は裏で楽しんでいないか? ステラだけが普段の僕と黒仮面卿のギャップを知ってるわけだし。
「あ〜〜黒仮面卿にもう一度会いたいな! 今度こそこの胸の想いを伝えるんだ! かっこよくて優しくてミステリアスな私の王子様……」
恍惚とした表情を見せるアリアに僕はあははと笑うしかなくなる。
こ、こんなに愛が重たいのか……!
黒仮面卿本人としては少し背筋が寒くなるくらいの愛の重たさだ!
「またいつか会えるといいね。アリアが魔法騎士として活躍していけばそのうち会えるよ。応援はしてる」
「えへへ。そう言うことを言ってくれるお兄ちゃんも好きだよっ!」
まあ応援くらいはしてあげよう。賢人の剣は人手不足に悩まされている。アリアが優秀な魔法騎士になってくれればもしかしたら……。
僕はふと時間を確認する。そろそろ出ないとまずい時間帯だ。
「まあ僕はそろそろ行くよ」
僕は咳払いをした後、場の流れを断ち切るようにそう言う。
「今日も研究室行くの? あんまり授業サボらないようにね」
「研究室ちょっと行って、授業はちゃんと出るよ」
「そっか。じゃあ安心だね。私は魔法騎士団の活動があるからそろそろ行くね」
アリアは学生と魔法騎士を兼業してる。最近は魔法騎士の活動の方が忙しいらしい。どうやら神隠し事件の調査に奔走してるとのことだ。
昨日みたいなことがあると少し心配だ。保険をかけておこう。
「アリア、これを持っていくんだ」
「これは……?」
僕はアリアに首飾りを投げ渡しておく。
「お兄ちゃんの首飾り。でもなんで? これ気に入ってたんじゃないの?」
「お守り代わりさ。一応僕の魔力を込めている。昨日みたいなことがあった時、回復する手段は必要だろう? そう何回も使える物じゃないけど……魔力を回復したい時に使ってくれ」
「……えへへ。やっぱりお兄ちゃんって優しいね! ありがとっ! 昨日みたいな不覚は取らないようにするけど、嬉しいよっ!」
アリアは満足げに首飾りを身につける。
まあ言葉で説明した用途とは別の用途がそれにはあるのだが……、それを使うことがないことを願うばかりだ。
「じゃあ行ってきまーす! あ、お姉ちゃんには魔法騎士団の方に行ったって伝えておいといて!」
「分かった! じゃあ気をつけて!」
「うん! ありがと!」
アリアはそういうと駆け足で家を出ていく。
神隠し事件……あれはもう魔法騎士団には荷が重い事件になりつつあるけど、僕らはそう簡単に動けない。
今は被害を食い止めるためにも、魔法騎士団が街を警戒しているという状況が必要だ。これで少しは被害が収まればいいんだけど……。
「なんにせよ、僕らはあの魔力核が解析できるまで動けないか」
蜘蛛型人形から奪い取った魔力核。
それの解析が終わるまで賢人の剣は公にこの事件に関わることを禁止されている。
関わるとしてもバレないように、自己責任でやれというお達しだ。
「早ければ今夜か明日には解析が終わるでしょ。そこからは僕の仕事だ……。それまではアリアとノエル義姉さんに任せるとしますか。それよりも授業のことを考えないと……!」
そろそろステラの堪忍袋の緒が爆発四散する頃だ。ステラにサボりの言い訳をさせ続けるわけにもいかない。
僕は授業の準備をして、魔法学園へと急ぐのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます