黒仮面卿の日常

「起きてくださいシン君。もうお昼すぎですよ。授業もサボっちゃって……」


「ご、ごめん。後五分くらい……」


「起きなければその無防備な唇を塞いでもいいんですよ」


「はい今起きました!!」


 僕――シン・ハートフォードは、からかうような声に叩き起こされる。


 椅子で寝ていた僕を起こし、その様子をくすくすと笑う薄い桃色の髪を伸ばした女の子を僕は見据える。


「ステラ王女様やめてください……。心臓に悪い冗談は」


 ステラ・フォン・キャメロット。それが僕の目の前にいる美少女の名前。


 薄い桃色の髪、宝石のような紫の瞳、人形と見間違うような精巧で、華奢な体つき。生まれつき身体が悪いためついている杖。


 見た目はどう考えても十代前半の少女なんだが、実年齢は僕と同じ十七で、纏っている雰囲気や風格はそれ以上の迫力だ。


「冗談ではないんですけどね。後、次王女様って言ったら本当に唇を塞ぎますよ」


「……すみません。ステラさん」


「うーん、少し思うところがありますが良しとしましょう。


 くすりと笑いながら、ステラは僕のもう一つの名前を呼ぶ。


 黒仮面卿。ステラが僕をそう呼ぶということは、魔法学園の学友としてではなく、僕の戦友として話をするときだけだ。


「……天狼姫てんろうひめ。何があったんだい?」


「厳めしい異名ですよね本当。七席と呼んでくれた方が好きなんですが」


「じゃあ七席で」


「ありがとうございます。そういう気が利くところが好きですよ黒仮面卿」


 できれば僕も黒仮面卿ではなく、五席と呼んでほしいんだけど……。ステラは何があってもそういう風には言わないんだろうなと思う。


 僕たちにはこうした異名と席次が与えられている。


 キャメロット王国を守護する最強の魔法騎士、魔法師団。その名も【賢人の剣】。僕たちは若くして、そこに所属することを許された魔法師と魔法騎士だ。


「最初はからかいに来ただけなんですけどね。どこかの授業をサボって眠っているお寝坊さんを」


「すみませんでした。昨日は徹夜で例の事件の調査と、後賊退治をしていて寝不足だったんです……」


「正直でよろしい。まあ分かっていますから先生にはうまくいっておきましたよ。安心してください」


 二コリと微笑むステラを見て、僕は内心ほっと息をつく。


 まあでもこの話が本題ではないことくらい、僕でもわかる。これはあんまりやりすぎるなよという彼女なりの助言とか、警告的なものだ。


 本題はこの後だろう。


「単刀直入に言います。先ほど、私の千里眼が貴方のお姉さん、妹さんを補足しました」


「……なんだって? あの二人なら大抵のことはなんとかなりそうだけど、そうじゃないんだね?」


「ええ。私が見た時は暗い地下を走ってるようでした。恐らく地下水路かと」


 僕には義姉と義妹がいる。


 二人とも魔法騎士団に所属しており、その実力は一線級と聞いている。魔法騎士団の若きエースとまで言われているほどらしい。


「だけど、確かに。地下水路だと相性が悪いか。救援要請も出てないんだろう?」


「そのようですね。突発的に見えた映像ですので、もしかしたらまだ起きていないだけかもしれませんが」


 閉所は魔法騎士の泣きどころだ。持っている武器を満足に振るうことができず、距離を詰められてしまうため魔法も使いにくい。


 特に地下水路で魔法を使って、崩落させた日にはどんな二次被害が起きるか想像できてしまう。


「じゃあ詳しく見て欲しい。お礼は必ずするから」


「そういうと思いましたよ。ほら近くに来てください」


 ステラは穏やかに笑うと、僕に手招きをする。


 僕はステラのそばに近寄り、膝をつく。ステラは僕の額に指を当てて、目を見開いた。


 千里眼。それはステラにしか持ちえない特殊な魔眼だ。現在と未来、二つを見ることができる魔眼は強力な分、制約が多い。


 先ずは自分に近しいものでなくては正確に見通すことができないという点。


 僕のことを見るのは簡単らしいが、僕の家族となると関わりが薄いため見るのは困難と聞く。


 ステラが僕を見て、姉妹の危機が見えたのは、かなりの偶然らしい。大きな危機が訪れている時に発生するとかなんとか……。僕も詳しいことは分からない。


「見えました。どうやら地下水路、二人は人形達と戦闘しているようですね。転移できるよう、魔力の繋がりは作りましたよ」


「助かる。さて、ここからは僕の仕事だ」


 僕は壁にかけてある黒い外套を羽織り、仮面を被る。真っ黒な仮面を。


「擬態開始」


 僕は自分が賢人の剣に所属していること、自分が黒仮面卿であることを隠している。知っているのは同僚と王族くらいだろう。


 魔法で背丈を変えて、声を擬態する。


「君も中々に手間をかけますよね。からといって、そこまでやる必要があるのですか?」


「必要だよ。僕の正体がバレたら二人にもっと危険が及ぶから」


 【賢人の剣】に所属しているメンバーは正体を隠したり隠さなかったり色々だ。


 僕が正体を隠している理由は、【賢人の剣】の中でも特に、多くの人に恨みを買われているから。


 僕らにはそれぞれ役割があって、ステラなら後方支援。僕は直接出向いての戦闘が主な役割だ。


 僕に敗北し牢獄にぶち込まれた人は数しれず。僕は畏怖と共に恨みを買われている。


 故に僕の正体が露見してはならない。


 僕の正体が露見すれば、狙われるのは僕ではなくその家族……ノエル義姉ねえさんやアリアになってしまうからだ。


 僕に敵わないとしって、彼女らを人質に取ろうとする輩は必ず出てくるだろう。だから僕は正体を隠している。


「まあですが賢人の剣として出向く以上、神隠し事件、何かしらの手がかりは掴んできてください。これは王族としての言葉です」


「……わかった。じゃあ行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい」


 僕は転移魔法を発動し、二人の元へ転移する。


 その後のことはわざわざ語るまでもないだろう。何故なら、【賢人の剣】が赴く戦場に敗北はありえないから。


 例え数百の人形が襲いかかってきても、僕らは圧倒することができる。


(ただ……ノエル義姉さんを傷つけてしまったことは不覚か)


 任務を終えた僕は本部へ転移する途中でそう心の中で呟く。


 ノエル義姉さんも、アリアも、二人とも疲労困憊の状態だった。自分が得意とする魔法を使えない彼女らは、強化魔法のみで自身の肉体を強化して耐久戦をしていたのだろう。


 並大抵の数ならなんともないが……、あの狭い地下水路に少なく見積もっても、数百体の人形がいた。


「神隠し事件……。しばらくのんびりは出来なさそうかな」


 本部……それも与えられた事務室に帰ってきた僕はそう呟く。仮面を外し、外套を脱ぎ、着替えてる時、ふと鏡に映った自分を見てしまう。


「……胸の傷。これを見たら二人はなんていうだろうな……」


 僕は三年前につけられた胸の傷に視線を落としながらそういうのであった。


 

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